第91話 フェンチネル


最高の休養日を終え、翌日からはラストサン砦に残した転移ゲートから、フェンチネルを目指して移動を開始していた。途中の村々は他の村と同じようにラストサン砦の連中によって荒らされ、村人達は荒れた村を放棄し、辺境の交易都市であるフェンチネルに向っている人達と出会うことが多かった。彼らは着の身着のままで、食料も持たずにフェンチネルを目指している者が多く、行き倒れている人を見つけては、ルシア特製の食事を与え、ラストサン砦の連中から取り戻した金銀から当座の路銀として必要額を手渡していった。


「あ、ありがとうございます。この御恩は一生忘れませんから、せめてお名前だけでもお教えください」


 犬頭族の男性が地面に擦り付けるように平伏していた。彼はさきほどまで、街道の横で食料が尽きて行き倒れていた男だった。


 名前を教えると、それが噂を呼んで魔王軍に眼を付けられてしまうかもしれないので、旅の商人を押し通すことにした。


「しがない旅商人なので、名乗る名はありませんよ。ただ、私の所属する商会の名はクリエイト商会と申します。フェンチネルに店を構えろと上役に申し付かりまして、わたくし共が店舗探しに行く途中なのですよ。あちらで店を構えられましたら、お引き立てをよろしくお願いします」

「クリエイト商会……ここらでは聞かない名の商会ですな。南の方の商会ですかな?」

「え、ええ。かなり南から長く旅をしてきまして。ようやくフェンチネル目前にたどり着いたんですよ。いやー、遠かった」


 オレは犬頭族の男が勘違いしているようなので、その話に合わせ、南の方から来た新興商会に所属する商人としてフェンチネルに支店開設を仰せつかったということにしておいた。


 既存商会の名を出せばすぐに疑われるし、かといって自分が店を開くと言えば、年齢からみて怪しまれることは間違いないので、架空の商会に所属している雇われ商人としておけば、不審がる者も少ないと思えた。


「クリエイト商会ですな。私もフェンチネルまで行けば伝手はあるので、その際は恩返しの意味合いも込めて、色々とお手伝いさせてもらいますよ」

「ありがとうございます。私どもは先を急ぎますゆえ、貴方様は身体を労わり回復されたらゆるりと来られるとよろしいかと。では、お先に」


 男に一礼すると、待っていてくれた皆と一緒にフェンチネルへ向けて歩き出していった。翌日には、目的地である西の交易都市であるフェンチネルの城壁が見える場所まできていた。


「ここが、フェンチネルばい。ああ、懐かしか。砦に居た時はここで休暇ば過ごすんくらいしか楽しみがなかった」

「そうか。イルファは元ラストサン砦に所属してたな。これだけ遠いと休暇取るのも一苦労だな」

「休暇申請ば出した時に、上司が一ヶ月はバカンスば楽しんで来いて言うとったけん随分と楽しめたけど?」


 それって戦力外だから帰って来なくてもいいぜ的なバカンスなのではと思ったが、イルファが落ち込むとタマが怒るのでそっと胸の奥にしまい込むことにした。


「じゃあ、ワシとイルファはフェンチネルでイチャイチャバカンスを楽しむとするかニャ。この前、砦の連中を退治した分け前で懐は温かいニャ。なんぞ、イルファに似合う首輪でも買おうかと思うニャ」

 

 イルファの胸から飛び出してきたタマが怪しげな発言をしている。人身変化を使えるようになったタマは事あるごとに和装イケメン猫男子になって、モジモジしているイルファにオラオラ君っぽく迫っているのを目撃していた。イルファもタマの押しの強さを嫌がる素振りをみせず、むしろ喜んでいる節が端々に見て取れたので、二人の事はルシアと相談して温かく見守ることにしていた。


 イルファもオレの二号さんよりもタマのオラオラされてた方が幸せそうだしな。オレとしてもルシア以外に眼をかける余裕はほぼないのだ。ただ、おっぱいは惜しいことをした。


 その時、二の腕をギュッとつねられた。


「ツクルにーはん。今、イルファはんのおっぱいはもったいないことをしたなとか考えはってたでしょ?」


 ファッーーーー!! ルシアたんがエスパーになっている。オレの心を丸裸にしないで。アレはタマのもの。オレはルシアたんのおっぱいだけあればいいの。


「か、考えておりませんっ!」

「ツクルにーはんはうちので我慢してな……」


 ぽつりとそんなことを言うのは非常に反則だと思います。そして、二の腕におっぱいを当ててくるのは嬉しいのですが、色々とマズいことに。


「おほん。まぁ、何はともあれ。ようやく目的地に着いたね」


 ルシアのおっぱいの誘惑から真面目モードに切り替えようとすると、先行してハチが駆け戻ってきていた。


「ツクル様! たぁーへんだて! フェンチネルの中に入れんがね。入市税が払えなかった難民が暴徒化して門番を襲ったらしく、城門が閉ざされているわ」


 慌てて戻ってきたハチからの報告は、オレの目論見を根底から崩す内容だった。交易都市であるフェンチネルが門を閉ざしているというのは想定外であった。


 急いで城門の前にまで行くと、多くの難民たちが閉ざされた城門を恨めし気に見上げて座り込んでいた。すでに幾張りからのテントも立てられているが、多くの人が野外に露営している有様であった。


 近くで座り込んでいる男性に事情を聞いてみる。


「す、すみません。どうして城門が閉まっているんですか? ここは交易都市フェンチネルですよね?」


 疲れ切った顔の男性は面倒臭そうに顔をあげると、事情を話し始めていた。


「フェンチネルに入る金が払えなかった奴らが門番と諍いを起こして、それが周りを巻き込んだ大事になっていって、衛兵隊によって暴徒は鎮圧され、それ以後、門が閉ざされちまった。おかげで俺達はここで三日も待ちぼうけだ」


 ハチが報告してきたようにフェンチネルで難民と門番の小競り合いがあって、それが元で暴徒化したのは間違いないらしい。なんとかして、街の中に入りたいが街側も一度暴徒化したこの難民達を受け入れるのは相当な決断を下さなければならない案件だった。


 まずいな。街の中に入れないと商売の拠点が作れない。


「ツクルにーはん。皆さん、お腹を空かせているようやし、炊き出し用の食料出してもろてええですか?」


 慈愛の塊であるルシアは疲れ切った難民達を見て、もうすでに炊き出しをする気が満々であった。とりあえず、街側の出方を見ないとどうにもならなそうなので、まずは難民側の懐柔をしていくことにした。


 『倉庫袋』っぽい袋で偽装し、インベントリから炊き出し用の食材を次々に取り出していく。すでに鍋釜は難民達が持っていたものをルシアが確保したようで、調理の準備をイルファと共に始めていた。その匂いにつられて辺りに散らばっていた難民達がルシア達の元に群がってきていた。

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