第87話 ツクル式殲滅籠城作戦
「もう少しで見えて参ります。後少し進めば……」
先導役を任された俺とルシアは、ラストサン砦にいた兵士達千名を率いたザイードを誘導し、脱落者なく屋敷の近くまで来ていた。砦の連中は弛み切っており、隊伍は乱れ、脱落しそうになる者が多数出るかと思ったが、案外と真面目に行軍していた。だが、彼らの真面目さを支えているのは、俺が流した屋敷にあるという金銀財宝話によってであり、ザイードに指揮能力があるわけではない。
「前方に屋敷らしきものが見えます!!」
最前列の士官から屋敷を見つけたとの報告があがる。
「ザイード将軍! このまま、攻めれば被害は甚大になるでしょう。そこで一計を案じたいのでございますが?」
「そうか、お主のような知恵者の考える策を聞いてみたいぞ。申してみよ」
ここまでの行軍の間にザイードには色々と知恵を授けて、問題を解決してやってきていたため、すっかりと俺を信用して重用してくれるようになっていた。おかげで、怪しまれずに屋敷に入り、迎撃の準備ができるというものだ。
「では、失礼して……。このまま攻めると家主も必死になって迎撃してくるでしょうし、日も落ちると思います。ですから、私と妻が再び屋敷に来訪したように装い、歓待中にこの睡眠薬を食事に垂らして家の者達を眠らせ、成功したら城壁にて松明にて合図を送ります。もし、夜が更けても合図がなければ失敗したと思ってもらい、奇襲をかけてもらえればいいかと」
「ふむ……兵はこの林の中に伏せておくべきか?」
「そうですね。発見されれば家主も警戒するでしょうし、炊煙も控えて日が暮れるのをお待ちいただけるとありがたい」
屋敷まではあと一キロ程度であり、ここから先は俺が念入りに整備したトラップゾーンが拡がっているので、彼らに気付かれたくない。そのため、ザイードの提案をそのまま実行してもらうことにした。
「よかろう。お前の策が成就するのをここで待たせてもらう」
「ははっ! では、行ってまいります。成功の合図をお待ちくださいませ」
気分よく頷いたザイードに頭を下げると、ルシアを伴って屋敷へと向って歩いていった。そして、屋敷の門に到着すると門番君が扉を開いてくれたので、そのまま屋敷に入っていく。
俺の姿を見つけたバニィーがこちらへ向けて走ってきた。
「ツクル様、ルシア様、お帰りなさいませ。しばらくぶりですね。有翼人の子供達がルシア様のご飯が食べられなくて若干ふてくされていますよ」
しばらく、ザイードと行動を供にしていたので、その間の食事は兎人族奥様達の担当だったようだ。
「そら、あの子達には悪いことしたわ。ツクルにーはん、うちはちょっとご飯の用意をしてきますね」
彼女もこの後で起きる魔王軍の兵士達の惨劇を知っているので、努めて普通の態度を装っていた。悪党達とはいえ千名近い命を散らす行為であるため、俺としても気が重い。だが、事態は動き出しているため、ここで踏みとどまる訳にはいかなかった。
「ああ、夜食も準備しておいてくれると助かる。しばらく、ゴタゴタすると思うけど、気にせずにあいつらに飯を喰わせてやってくれ」
「は、はい。ツクルにーはん……気を付けてなぁ……」
一瞬心配そうな顔をしたルシアの耳をモフモフしていく。途端に顔を赤くして俺の胸に頭を傾ける。ギュッと抱きしめるとルシアの匂いをめいいっぱい吸い込んでいった。
……ルシアと暮らすためなら、何だってしてやる。それが、たとえ強大な相手に喧嘩を売ることであろうが……。世界を救うことであろうが、多くの敵を殺すことであろうが、やってみせるぜ。
「分かってる」
「飛び切りの夜食を準備して待ってますね」
俺の腕の中から抜け出したルシアが屋敷に向って駆けていった。
「ツクル様……ここからが本番ですからね。そういえば、ラストサン砦はイルファさん達が陥落させて、囚われていた女性達を解放しましたよ。その中で頼る先の無い人はこちらに住みたいと申し出ていて保護しています。二〇名ほどです」
砦に残していたイルファ達が、少数残された兵士達を制圧して、囚われていた女性達を助け出すのに成功していたそうだ。砦の連中が暴虐の限りを尽くしたことで、壊滅した村が多数あったが、村を追われた人達はフェンチネルに難民として雪崩れ込んでいるかもしれない。それにしても二〇名も保護するとなると、屋敷の大幅な改築を要するな。
「そうか……とりあえず、外の連中を片付けたら砦の資材を流用して大規模改築するよ」
「今は母屋に居てもらっています。今回の件が終わったら私もお手伝いしますので、よろしくお願いしますね」
「ああ、色々とバージョンアップさせるつもりだ。それよりももうすぐ日が暮れるから、暮れたら戦の開始だ。それまでに全員が母屋に避難するように。ここから先は俺と門番君シリーズと鉄人形隊の仕事だからね」
「承りました。ご武運を祈ります」
バニィーも頭を下げると、屋外に出ていた住人たちに声をかけて母屋の方へ駆けていった。俺は城壁の上に登り、試作で作った大砲を魔王軍が進んでくる方向に向けて設置していく。そして、門番君シリーズをスリープモードにして彫像化させると、鉄人形隊のみ移動させてバリスタや連弩を準備させていった。
こうして準備を整え直すと、日が落ちるのを待つことにした。
日が完全に暮れたのと、住人たちが母屋に避難したのを確認すると、戦闘用の装備に着替え、商人の外套を上から羽織った。すでに女性達を解放したイルファ達も帰ってきており、いつでも戦いに挑める準備も終えている。そして、鉄人形隊にはバリスタの巻き上げと連弩のセットを完了させ、強烈な光で照らす投光器もセットを終わっていた。
そろそろ、ザイードに合図を送ることにするか。
かがり火から、火の燃え盛る松明を取り出し、暗闇の先に向けて、大きくグルグルと回して合図を送っていく。しばらくすると、林の奥がザワザワと動き始め、無音で兵士達が屋敷に向ってきていた。
無音の闇の中で、人が落ちる音や悲鳴がそこかしこで上がり始めていた。死の庭園に足を踏み入れた兵士達が、虎バサミや落とし穴に引っ掛かり悲鳴をあげているものと思われる。味方の悲鳴にも怯まず闇の中で兵士達は屋敷に向けてヒタヒタと進んできた。
次のゾーンに到着しそうだな。ギリギリまで屋敷に近づけて一気に片付けるか。
腹に響く重低音とともに屋敷の近くで火柱があがる。兵士の誰かが地面に埋められていた対人地雷を踏んで爆発に巻き込まれたようだ。『火薬』の製造したことで生産できるようになり、屋敷の防衛力向上のために庭園内に数百個仕込んであった。その後、幾つも地雷が火を噴いても兵士達の士気は衰えず、狂ったように屋敷を目指して駆けてきていた。
悪党の癖に根性座っているな……そろそろ折れるかと思ったが……。
最前列の兵士が死の庭園を潜り抜けて屋敷の外堀に達した。そこまで到達したことで俺はゴーレムと鉄人形隊に指示を出していく。
ゴーレム達を操るための宝玉を取り出し命令を伝える。
「門番君シリーズ及び、鉄人形隊に告げる! 侵入者を一人残らず完全排除せよ!」
外堀近くに彫像として動きを止めていた門番君シリーズの眼が赤く光る。スリープモードが解除されて排除モードに入ったことで、近接武器を手にした門番君シリーズが動き始めた。
「う、うわぁああぁあ!! 彫像が動き始め……ぐふぅ……」
門番君の近くにいた兵士が槍を腹から生やして絶命していく。動き出した門番君シリーズは近くにいた兵士達を手当たり次第に攻撃し始めて、次々と兵士達を斃していった。
「鉄人形隊! 投光器及び、バリスタ、連弩で任意射撃開始! 敵を殲滅せよ!」
数台の投光器が闇夜を照らし出し、死の庭園を進んできていた兵士達の姿を浮かび上がらせていった。そして、バリスタの太い矢が空気を引き裂きながら飛び出していき、ニ~三人の兵士を貫くと地面に縫い止めていた。一緒に発射された連弩の矢は雨のように降り注ぎ、次々と兵士達を矢だらけにしていった。
ここまでくると、兵士達も恐慌状態に陥り、士気が崩壊しかけているが、前線の兵士達は後退しようにも、後ろの兵士達が戦意と欲を漲らせて押し出してくるため押し合いは始まっていた。
「イルファ、ハチ、ルリ、ピヨちゃん達は、裏に回って逃げ出した兵士のとどめを頼む。砲撃も始めるから林より後ろの戦うようにね」
「心得たばい」
「お任せください。屋敷を攻めたことを後悔させながらあの世に送ってあげます。女性をあのように弄ぶ奴らに手加減など不要ですからね」
普段冷静なルリが珍しく怒りのオーラを纏っていた。砦の連中が捕らえていた女性達に行った行為に憤激をしていたとバニィーから聞かされていた。
どうやらセクハラに厳しいのはピヨちゃんだけじゃなかったようだ。ルリも意外と女性の扱いに関しては手厳しい。『ハーレム最高だぜ』とか言って悦に入っていると、ルリからもお仕置きが飛んでくる可能性があった。
「任せた。奴らに鉄槌を下してくれ」
イルファ達が別の門から飛び出していったのを見送ると、混乱の極致にある場所に向け、城壁の上にセットした七五ミリ三〇口径野砲に砲弾を詰めてりゅう縄を引く。飛び出した砲弾は押し合いをしていた兵士達の近くに着弾して爆発の衝撃波で一気に彼らを吹き飛ばしていった。
すまんな。悪党に同情する情けは持ち合わせていない。自らが行った悪行の報いだと思え……。
砲尾栓を開き、空の薬きょうを輩出し、次の砲弾をセットする。先ほどより少しだけ方向を変えてりゅう縄を勢いよく引いた。着弾した砲弾は土を掘り返しながら兵士達を吹き飛ばし、無慈悲に命を奪っていく。これで完全に士気が折れた兵士達は混乱し、逃げようとする者が押し出そうとする者を殺そうと同士討ちを始めていった。その戦いの最中に馬に乗ったザイードの姿を発見する。彼を砲撃で仕留めて、更に混乱を長引かせて壊滅に追い込むことにしていった。三度、砲弾をセットしてザイードのいる場所へ狙いを定めていく。
ここでお前の役目は終わりだ。見事に俺の策略にかかってくれてありがとう。お礼の品を受け取れ!
狙いを定めた野砲のりゅう縄を引くと、撃ち出された砲弾が馬に乗っていたザイードに直撃し、木っ端みじんに吹き飛び、近侍していた士官達も一緒に肉片と化していた。
こうして、屋敷に攻め込んだラストサン砦の連中は夜が明ける前にすべての者がその命を失い地に倒れ、素材を残して消え去っていた。
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