第86話 悪党に人権は・・・

 数日後、俺達はラストサン砦の前に来ていた。あの日に保護した有翼人の子供達はルシアの料理の虜になっており、バニィーやモニィーの指示の元、ミックとともに牧場の牧童として牛乳を搾ったり、卵を集めたり、毛皮を刈ったりして働いていた。


 我が家では子供といえども甘やかしたりはせず、キチンと労働をしてもらうことにしている。後々に教師も迎え入れるつもりなので、半日働いて、半日勉強という教育方針を導入するつもりであった。


 『働かざる者喰うべからず』という方針を打ち出したのは、ルシアであり幼少時から祖母に口が酸っぱくなるほど言われたそうなので、我が国家の基本方針として採用されているのだ。そして、あと一つ、我が国の決まりとして制定されたのは『すべての食事を女神イクリプスに感謝の辞を述べて食べる』というルールだった。これも、ルシアの鶴の一声で制定されたルールで、俺に出会わしてくれた女神様に感謝の気持ちを伝えたいと制定されていた。

 

 あの無能女神には勿体ない祈りかと思うが、俺をこの世界に転生させて、運命の相手であるルシアに出会わせてくれたことだけは感謝しているので、食事の際はそれだけを感謝して祈っていた。


 兎人族も有翼人の子供達も庭に作ったイクリプスの神像に朝晩祈りを捧げているため、俺もあえてイクリプスの実情を暴露するのはやめておいた。


 ちなみに朝晩の礼拝はルシアたんが三角巾を被り、綺麗な割烹着を着て、食事を供え、祈りを捧げている姿はとても神秘的であった。個人的にはイクリプスではなく、ルシアたんに祈りを捧げていると言って過言でなかった。ルシアたん尊い……。


「ツクルにーはん? どうかされはった?」


 旅商人の妻を装うために旅装用の外套を纏った姿で顔を寄せてきている。お揃いの外套を着ているため、どっからどう見ても旅商人の若い夫婦に見えるに違いなかった。


 これを既成事実にして……ルシアたんにそろそろプロポーズしてもいいかな……。ああ、でも断られたら立ち直れない……。プロポーズの件はもう少し様子見だな……。


「ん? いや何でもないよ。ところで、みんな作戦の内容は覚えてるね」

「覚えとるがね。おいら達が砦の連中を言いくるめて、屋敷まで引き寄せて、一気に殲滅したら、屋敷の転移ゲートから砦に戻って囚われてる人たちを解放という手順だがね」

「ハチちゃんがキチンと覚えているなら、他の人達が大丈夫ですよ」


 このごろ、ルリはハチに手厳しいがそれは裏を返せば、ハチに立派な男になってもらいたい気持ちなので、風呂で同じなった時にハチにはよく言って聞かせておいた。その際にハチからも外じゃキツイことを言われるけど、寝床ではカワイイ嫁だからと惚気話も出ていたので、近々子供が生まれるかもしれないと密かに期待している。


「分かってるなら、説明は不要だね。あいつらは近隣の村から徴発した物資で宴会し、若い女の子達をいいように弄んでいる。そんな奴に同情する必要はない」


 みんなが無言でうなずいていた。ここにくるまでに三つほど集落があったが、すべて有翼人の村と同じように略奪されつくされ、住民は離散して廃墟と化していたのだ。奴らは敵対者を見つけ出すと名分で好き放題にしていることが判明していた。縁故を頼って逃げていた者と道で出会った時は魔王軍への怨嗟の声を呟いていた。


 クソ魔王は自分の軍すらまともに掌握できてねえのかよ。本当に腹が立つ野郎だ。


 絶対的権力者であるはずの魔王が領民達に無関心過ぎることに凄く腹が立っていた。まるで、弱者がどうなろうが俺の知ったことではないと思っているのかもしれない。


「さぁ、悪党はのさばらせちゃいけないからな。行くか」


 こうして、俺は悪党たちの巣であるラストサン砦に旅商人の一行として入城することとなった。



 砦では奪った物資で飲めや歌えやの宴会が繰り広げられており、あちこちで引っ立てた若い女性に酒の酌をさせている。明らかに無理矢理に連れてこられた女性達だと思われた。そんな中を衛兵の後を付いて、砦の責任者であるザイード将軍の元へ連れていかれた。


 俺とルシアとイルファだけが砦の奥にある個室にゆうどうされ、部屋につくとドアを衛兵がノックしたら中から返事返ってくる。衛兵がドアを開けると中では綺麗な着飾った女性がでっぷりと太った男に酒を注いでいた。


「お前等が、敵対者の隠れ家を見たことがあるという旅商人の者達か?」


 でっぷりと肥えた男が酒で濁った眼でこちらを見ていた。人相を掴まれないように、みな外套を目深にまとっており、声も普段より押し殺した感じで喋るようにした。


「これはザイード将軍にお目通りできるとは望外の喜び。今回の件を境に私ともより良き関係を築いていけたら幸いです」

「旅商人風情がワシと対等な関係を築けると思うなよ。今回はお前等が敵対者の隠れ家を見つけたということで、特別に会ってやることにしたのだ。で、お前等が見つけた隠れ家とやらの場所はどこだ? どれだけの人がいた? 武装は?」


 女に酌をさせながら横柄な態度でザイードが地図を拡げさせていく。典型的な悪役顔のザイードのおかげで、こいつらを全滅させることに対しての罪悪感がかなり低減されていた。


 悪党に人権は無いと誰かが言ってた気がしていたが、俺もその意見には全くもって同意である。悪党は滅ぼさねばならない。それは、俺の自己満足なのかもしれないが、本来は国が代行して行うべき仕事であった。


「はぁ……でしたら、その……報奨金などは……頂けるのでありましょうか?」


 ザイードに疑われないように、商人らしく金の話をチラつかせる。途端に酒で濁ったザイードに目にあざけりの色が浮かんでいた。変に警戒されるより侮られていた方が話が進めやすい。


「フン! お前の言った場所にキチンとあれば出してやろう。魔王様も敵対者には容赦するなとお達しがあったからな。で、場所を早く教えろ」


 女に注がせた酒を一気に呷りながら、場所を教えろと急かしてくる。こういった手合いは余り焦らすとキレだす可能性があるので、テーブルに拡げられた地図から俺の屋敷の位置を探していく。


 地図には有翼人の村や霧の大森林も載っていたが、予想していた通り途中で地図が途切れていた。辺境のそのまた辺境にある俺の屋敷は魔王軍の地図にすら載っていない場所にあった。


「すみません。どうやら、地図には載ってないようですね。霧の大森林の向こう側にあったのですよ。残念だが、この地図では説明できないですね」

「なに! 霧の大森林の向こう側だと!! 冗談も休み休みに言え!! あの向こう側など、無人地帯ではないかっ!! そんな場所に敵対者がいるわけがない!!


 地図に載っていない場所だと言われたザイードが持っていた酒杯を俺に投げ付けてきた。頭に当たった酒杯から酒が外套に染み込んでいく。ザイードも霧の大森林の向こう側に人が住んでいるとは思えなかったようで、胡散臭げに俺の方を睨んできていた。


「お疑いは分かりますが、私が霧の大森林で迷い抜けた先で見つけたのです。方角で行くと霧の大森林を抜け、東に進んだ方角だったと思います。そこに屋敷があり、数十人が隠れてくらしておりまして、怪しいと思いながらも家主に挨拶をして歓待を受けたのです」


 ザイードは怒りの表情を緩め、俺の話に耳を傾け始めていた。ある程度リアリティを持たせて喋っているので、ザイードも俺がその家主だとは思っていないだろう。


「無人地帯に屋敷だと……それで、どんな奴が住んでいた」

「ははっ、そこの家主は四十絡みの黒髪の壮年でありまして、何やら不思議な力を持っていると吹聴しておりました。気になったので、私も見せてもらったのですが、木槌で地面を叩くとブロック状のモノに変化させていました。あれがビルダーの奇跡というものでしょう」


 木槌でブロック状に物体に変化させるというのは、ビルダーの特殊能力であることは知れ渡っており、その言葉を聞いたザイードの顔色が一気に変わっていた。


「ほ、本当か!? そいつは本当に地面を変化させたんだな」

「はい。本当でございます」


 ザイードが身を乗り出して話を聞こうとしている。魔王から見た敵対者がビルダーであるのはイクリプスから告げられているので、彼らが魔王から捜索を命じられている者達はビルダーである俺に違いなかったはずだ。


「お前の言うことが、仮に本当でもおいそれと軍は出せないぞ。ここから霧の大森林を抜けるにしても一週間以上はかかるはずだ。そのような軍費を調達することなど出来ぬ」

「ならばこれをお使いくださいませ」


 そう言って、俺は『倉庫袋』風の袋からインベントリに残っていた金銀宝石類をザイードのテーブルの上に置いていく。すべての貴金属をテーブルに出し終えると、数千の軍を何ヵ月も養える資金になっている。途端にザイードの眼の色が変わり、手柄の加算と遠征費を抜いた儲けを猛烈に計算し始めていた。


 まぁ、残念な事にこれは後で俺が回収させてもらうんだけどね。精々皮算用してくれたまえ。


 目の色が銭マークになっていそうなザイードにとどめの言葉を囁いていく。


「実は……その屋敷にはこれに勝る金銀宝石を納めた宝物庫があり、家主がとても自慢して私に見せてくれていたのです。屋敷を攻略した後で私にも分け前をいただけるのであれば、これぐらいの出費は惜しみませぬ。サイード将軍……いかがでしょうか?」


 ズイッと膝を突いて頭低くしたまま、ザイードとの距離を詰めていく。完全に俺も悪役商人になりきって下卑た笑いを顔に貼り付けていた。


「よかろう! すぐに兵を出す! お前が軍を先導しろ。場所はキッチリと覚えているのだろう」

「ありがとうございます。私の見たところ彼の屋敷は高い城塞を築いており、攻略するとなればこの砦の兵全てを率いていかねば攻略できぬと思われます」

「わかった。すべて出す! ワシ自らが陣頭指揮」


 砦全部の兵を出せと言ったらしり込みするかと思ったが、ザイードは金に目が眩んでいるのか、俺の言葉をすべて鵜呑みにしていった。欲望に囚われたザイードの指示の元、宴会で酔いつぶれていた兵達を叩き起こして、その日のうちに軍勢を整えて俺とルシアの先導で屋敷に向けて出発していった。


 砦を出る前に目立たない場所に転移ゲートを設置して屋敷と行き来ができるようにセットしておいてある。そして、砦に残ったルリ、ハチ、ピヨちゃん、タマ、イルファの五人には、数日したら残った兵を撃退し囚われている女性達を解放するように伝えてあった。

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