第85話 有翼人の村
クアロスと別れた翌日には、霧の大森林を抜けることができ、昼前には例の有翼人の集落が視界に入ってきた。しかし、先頭を進むハチからはもたらされたのは不穏な報告だった。
「ツクル様……あの村の方角から血の匂いが漂ってくるんだわ……それも結構な量の匂いがする……」
血の匂いがすると言われて嫌な予感が脳裏をよぎる。一応、ハチに敵の存在がないかだけ念入りに調べさせることにした。
「ハチ、敵がいないかしっかりと調べてくれ! 魔物に襲われたかもしれん」
ゲームでは魔物は街や集落を襲わないように設定してあるが、クソ魔王が弄ったこの世界では勝手に襲う仕様に変更されているかもしれない。我が家のように高防衛力と高火力にて撃退できるのであれば問題ないが、大概の集落は木の柵があるだけの貧弱な作りになっていたはずだ。
「……とりあえず、村には魔物の匂いはしないようだわ」
「よし、じゃあ。各自、辺りに気を付けて村に近づくぞ。とりあえず、俺達は旅商人だからね」
「「「「はい」」」」
辺りに警戒しながら集落へ近づいていくと、兎人族のバニィー達の村と同じように略奪されたような跡が家々に残っていた。
まさか……また魔王軍の略奪かよ……。ラストサン砦も近い村からも徴発しているか……。
村の中を警戒しながら進んでいく。村には血の乾いた跡や即席の墓が十数基ほど作られており、激しく抵抗を示したことを示唆していた。
「ツクルにーはん……これって……」
「ああ、バニィー達と同じ目にあった村だな……徹底的に物資を略奪してやがる。ここが砂漠じゃなくて食料豊富な霧の大森林近くであることが救いだな」
ルシアが心配そうに村を見ていた時、不意に矢が俺に向けて飛んできた。
「ツクル様! 危ない!」
間に立ったイルファが飛んできた矢を叩き落していく。矢が飛んでくる先に眼を凝らすと数名の有翼人と思われる物体が浮かんでいた。
生き残りがいたか。それにしても身体が小さいな? 有翼人は小柄な種族じゃなかったはずだが……。
「ルシア、あの子達を保護するぞ。ちょっと手荒だが風の魔術で叩き落してくれ。ハチ、ピヨちゃんいくぞ」
「急に魔術と言わはれても……ああ、もう。ツクルにーはん、うちも心の準備があるし、手加減するのは難しいんよ」
「俺のルシアならきっとできる。任せるからね」
「もう、ツクルにーはんのいけず~」
なんやかんや言っているルシアだが、すでにLVはベテランに近づいており、魔術の腕は確かなものを持っている。援護をルシアに任せた俺はハチとピヨちゃんを連れて、矢を放つ有翼人達がいる方へと駆け出していった。
近づくと、ルシアがちょうど魔術を発動させたようで上空を飛んでいた有翼人達は気流を乱されて、ホバリングを維持できなくなってこちらに墜落してきた。
「うぁあああぁあぁ。落ちるぅう」
数名の有翼人が上空から落ちてきたところを俺とハチとピヨちゃんでキャッチしていく。中でもピヨちゃんは背中に二人とくちばしに一人を咥えるといった活躍を見せた。落ちてきた有翼人達はどう見ても子供にしか見えない若い有翼人であった。
「おい、小僧ども。人様に弓矢を向けたらどうなるか知っているだろうな?」
見くびられないように高圧的な態度で話しかける。体躯のデカくなったヘルハウンドのハチと、元々威圧感十分なピヨちゃんが俺の傍に控えているので、有翼人の子供達はガタガタと震えてこちらを見ていた。
「知ってる。魔王軍に歯向かったら殺されても文句言えない……でも、お前等は親の仇だ」
子供たちの中で一番の年上と思われる少年が手にした弓を俺に突き付けて粋がっている。
こいつら、俺達を魔王軍だと勘違いしてるのか…………あながち、間違っていないか……ヘルハウンド、フェンリル、コカトリスを連れて、竜人族のイルファがいたら、普通は魔王軍の幹部と思われても仕方ないな……武装もしているし。
「まぁ、待て。俺達はこんななりをしているが旅の商人だ。とりあえず、お近づきの挨拶にこれをやろう」
職業商人を持つ者が得るという特技の『倉庫袋』の物入れを真似たデザインの袋に手を突っ込みインベントリからイチゴキャンディーを取り出していく。面倒な作業だが、俺がビルダーであることを隠す必要があるため、商人の持つ『倉庫袋』から取り出すといった風に偽装しているのだ。
取り出したイチゴキャンディーを一人一つずつ口に放り込んでやる。ルシア謹製のイチゴシロップを使用した特別仕様の飴玉であるので、味の保証は太鼓判付きである。
口内に放り込まれた飴玉を怪訝そうな顔で舐めた有翼人の子供達が、すぐさまほっぺに手を当てて、ルシアたんの作りたもうた美味に心と味覚を鷲掴みにされていった。
「あまーーい」
「兄ちゃん。これ美味しいよ」
「もうなくなっちゃった……」
「うめえ……」
「こ、こんなので買収されないからな」
ルシア謹製のイチゴキャンディーで有翼人の子供達は堕ちた。口では反発しているものの、ルシアたんの作ったものを食した者は味覚を作り変えられてしまい、やがてルシアたんの食事なしでは生きていけない身体になることを彼らはまだ知らない。
……というか、本当に何かヤバイ薬使ってないよね? 確かに美味いんだけどね。
俺も一粒を見せびらかすように口内に放り込んでいく。すでに食べ終えた子供達からは物欲しそうな視線が突き刺さっていた。
「君等が、俺達を魔王軍だと勘違いしているという誤解は解けただろうか?」
「うるさい。飴玉一つで買収されると思うなよ。ちょうどいい! 持っている飴玉をもっと出せ!」
リーダー格の少年が反発心から盗賊に早変わりした。勘違いされているのも癪なので、ルシアたんの珠玉の飴玉をもう一つずつ子供達に放り込んでやる。
「兄ちゃん。この人たちいい人じゃないの? こんなに美味しい物くれるよ」
「馬鹿! こうやって俺達を油断させてるんだよ」
二粒目を食べた子供たちはもはやルシアの食事がなければ、満足できない身体になりつつあるはずであった。それほどにこの飴玉の威力は強烈である。食べている俺自身がそろそろ帰宅してルシアたんの昼飯を食べたい気持ちが抑えられなくなってきていたからだ。
「フフフ、この飴玉を二つも食べたお前等はもう一生解けない呪いに感染したはずだ。これでもうマズい飯では満足できないという呪いにかかっているぞ」
脅かすように妖しい笑いをして二粒目を食している子供達を脅していく。
「ひぅ!」
「兄ちゃん! どうしよう。呪いだって!」
年少の子供達は怯えたようにリーダー格の少年に縋りついていた。そのリーダー格の少年も呪いと聞いてプルプルと小刻みに震えて怯えているのが見て取れた。
「ツクルにーはん、子供達を苛めたらあかんよ! 坊やたち、このにーはんの言ったことは嘘だから安心してな」
追いついてきたルシアに子供達に対してやり過ぎと怒られてしまった。
だが、ルシアたんよ。彼らが中毒者になったのは君の作ったイチゴキャンディーのせいだと思うのだが……。というのは心の奥深くにしまっておく。なにせ、ルシアの料理は世界一なのだから。つまりは俺への愛情がたっぷりと投入された世界最高の料理だということなのだよ。
「ところで、君等はなんで魔王軍を目の敵にしているんだ。もしかして、ここの村を略奪したのは魔王軍か?」
ルシアが現れたことで安堵した有翼人の子供達は態度を軟化させていた。
「そうだ。急に来て『特別徴収』だとか言って家からありったけの物を奪っていった。それを止めようとした父さんをあいつらは『敵対者の仲間だ』と言って斬り捨てたんだ。その後は奴等のやりたい放題だった。逆らう者は撫で斬りにして奪った物資と姉さん達を連れ去っていった。残されたのは俺達だけだったんだ。五十人近くいて俺達だけなんだ」
リーダー格の少年は悔し涙を浮かべて顔を俯かせていた。思っていた通り、この集落は魔王軍の略奪を受けて住民が連れ去られているようだ。クアロス達は数日前から姿が見えなくなったと言っていたので、略奪はつい最近に行われたのであろう。
……ラストサン砦の連中だな……あそこは魔王軍でも吹き溜まりになってるから、規律が緩みまくっているからなぁ……それに魔王軍が敵対者探しを始めたことは俺達が修練のダンジョンを解放しているということと関係している気もする。いっそのこと、ラストサン砦の連中を我が家に誘引して全滅させて砦ごと素材化して更地にした方がいいか……。この村も住民がいなくなって廃墟とするより素材化して我が家の拡張に使用するべきか。
「なるほどな。君等は魔王軍に復讐したいのか?」
泣いている少年にド直球の質問を投げかけてみる。魔王が統治するこの世界で魔王軍に復讐したいと公言すれば、敵対者として真っ先に殺されてしまう時世であるのに、その質問を投げ掛けてやった。
「ああ、復讐できるならなんだってやるつもりだ」
少年の眼には決意のこもった意志の輝きが見て取れた。
危ない……こいつらを野放しにしておくとラストサン砦にまで乗り込みかねないな……そうなれば、こいつらが確実に死ぬことになってしまう。となると……。
振り向いた先にいたルシアが目から大粒の涙を流して、ハンカチを目に押し当てて号泣していた。
ファッーーー! やっぱりぃーー! ルシアたんが泣いてる! こうなると思ったんだよ。至急、彼らを屋敷に拉致っていかなければ……すまぬ、小僧ども許せ。これもルシアたんのためだ。
「なら、俺について来い。これから行く場所は反乱軍拠点だ。お前等はそこで反乱軍の一員として働いてもらうことにした。みんな、覚悟はイイな? ちなみに先程食べた美味い飴みたいな食事が出るぞ」
「「「はいっ! 行きます!!」」」
子供達は眼をキラキラとさせて返事をしたが、ご飯に釣られたのか、復讐できることに釣られたのかは定かではなかった。
という訳で転移ゲートを開設し、彼らを屋敷に送り届けると、ルシアに昼飯での接待を任せ、俺は墓だけを残して有翼人の村の解体素材化を始めていった。
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