第81話 魔王軍始動


 ※三人称視点


 魔王城のユウヤの寝室にある神像群の燈明がまた一つ消えた。五つあるうちの二つまでが消えたことで、眼をギラつかせたユウヤは苛立ちを隠せなくなっていた。


「あのビルダーめっ! ツクルとか言ったか! オレがせっかくこの世界を滅ぼそうと何百年もかけて細工してきたことを無にしようとしてやがる! こんなクソみてーな世界を生き延びさせてどうすんだよっ!」


 ツクルへの怒りの感情によって、すべてに対しやる気を失っていたユウヤの顔は精機を取り戻し始めていた。


「許さねえ、許さねえぞ! 見つけ出して完全に捻り潰してやる」


 不死のため、命こそ長らえているものの、食事を断ち、長らく動くこともしてこなかった身体は針金のように細くなり、少し動くだけで息が切れてしまうようになっていた。


 ユウヤは身の回りの世話をさせる場合に使う、呼び鈴を鳴らしていた。


 しばらくすると、メイド服を着た女性が部屋の中に入ってくる。


「飯を持ってこい。オレは力を取り戻さねばならぬ。それと、夜伽の相手もだ! 魔王のヒューレックも呼び出せ。早くしろ」


 恭しく頭を下げていたメイドに指示を出すと、追い返すように手で追い出す仕草をする。部屋から出たメイドが魔王ヒューレックにそのことを報告すると俄かに王城内が騒がしくなっていく。


 呼び出された魔王がユウヤの部屋に現れるまでにそれほど時間は経過しなかった。


「ご機嫌麗しいようで何よりです」


 総白髪に立派な口ひげを生やした初老の男がユウヤに頭を垂れる。初老の男こそが竜人族長であり、現魔王ヒューレック・オブラハムその人であった。


「麗しいものか! オレは今、猛烈に腹が立っている! 古のビルダー達をぶち殺した時でもここまでの怒りは感じなかったほどの怒りだ!」

「ほぅ。ユウヤ様がそこまでの怒りを表されるのは、この老骨も初めて見ますな」

「クソ忌々しいイクリプスが送り込んだ最後のビルダーが、オレの世界をオレに無断で改編し始めやがった。これが怒りを感じずにいられるか!」


 針金のような身体のユウヤから瘴気のような黒い靄が漏れ出していた。


「それはまた大変なことで……ユウヤ様のおつくりになられたこの世界を壊す者が現れたということですな」

「ああ、オレの理想郷をぶち壊しにきた。そこでだ。全土に緊急指令を出して、その者達の発見に全力をあげよ。見つけた者には領地をくれてやれ! そして、見つけたら全員皆殺しにしろ一人も生かすな!」

「ははっ! 承りました。怪しい者達はすべてひっ捕らえます」


 拝礼をして部屋を辞去する魔王ヒューレックと入れ替わるように綺麗に着飾った女性達が食事と共にユウヤの寝室に入り、その夜部屋からは女達の嬌声が途切れることはなかった。



 ――――数時間後


「というわけだ。魔王陛下より全土に戒厳令と、国家転覆を企てる者達の取り締まり強化を申し伝えられた。我がラストサン砦も幾つかの村を捜索して敵対する者を探し出す」


 王国の辺境に位置する最果ての砦であるラストサン砦にも、魔王が発した戒厳令と取り締まりの強化は魔導通信を通じて即時に伝えられていた。


 その魔王からの指令を聞いた砦の者達が管理者である将軍にニヤニヤした顔で質問を返した。


「将軍! 敵対する者・・・・・はこっちで自由に判断していいんすかね? 詳細な姿が分からないんで怪しいと感じたら捕らえて事情を確認すればいいですか?」


 ニヤニヤした顔をしている男の質問に将軍は下卑た笑いを張り付けて答える。


「ああ、それは我々が決めていい。公の略奪許可だ。邪魔する者は叩き斬っても罪に問われぬ。こんな辺境の勤務なんだ。多少の役得がなければやってられまい」

「さすが将軍。話が早くて助かりますぜ」


 参集していたラストサン砦に所属する士官達は一様にニヤニヤと顔を緩ませていた。


「よし、村々に戒厳令の布告と、敵対者の捜索の開始する。特別徴収略奪敵対者捜索女達の収奪を各隊開始せよ」

「「「「「おう」」」」」


 指示を受けた士官達は部屋から足早に飛び出していった。


 

 ラストサン砦を出発した魔王軍士官フラシスは、兵三〇と荷車二〇台を引き連れて砦から東に向かった先にある霧の大森林に近い、有翼族の集落を訪れていた。有翼族は背に羽を生やし飛行ができる種族であるが、男女ともに美形が多いということでも知られている種族である。


 フラシスは村長を呼び出すと村の者達をすべて集めさせた。村人は五〇人にも満たなかった。


「魔王陛下よりの布告を命ずる。現時刻を持って戒厳令を発し、戦時体制に移行することが正式に決定した。これにより、特別徴収を行う。それと併せて敵対者の洗い出しも行わせてもらうため、村人達は全員子供も含めて、面通しに参加するよう通告する。もし、拒否する者は敵対者とみなしその場で切り捨てる! よいな!」


 フラシスの言葉に村人達から動揺した声が上がり始める。


「静まれ! まず特別徴収を始める。全員その場から動くな!」


 兵のうち一五名ほどが村人に武器を突き付けていく。残りの兵達が家々の扉をぶち破り、食料から金属製品やら一切合切を持ち出して荷車に載せていった。


「ああ、困ります! ただでさえギリギリの生活をしている我等が食料を失えば生きて行けぬのです……」

「うるせえ! じじい!」


 止めさせようと足に縋りついてきた村長を抜き放った剣で刺し貫く。


「うがぁ……これが長年税を納めてきた魔王軍の仕打ちか……グハ……」

「じじいは敵対者の一味だった。俺はそれを成敗しただけだ。この村は敵対者に手を貸す者がたくさんいそうだな」


 ビクビクと痙攣している村長から剣を引き抜いたフラシスは血で濡れた剣で村人達を脅していく。怯えた村人達は動けずに成り行きを見守るだけであった。


 それからは魔王軍達のやりたい放題だった。美しい娘や妻がいれば、敵対者のレッテルを貼り、連行すると言って捕縛し、抵抗した家族の者や旦那を撫で斬りにするといった悪行を重ねた。彼らが去った後に残されたのは廃墟となった村と大人達の死体、そして数名の子供達だけであった。

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