第79話 ぬか喜び仕様


 敵集団のドロップした物は、やはり通常ドロップではありえない物が落ちていた。【鰐人の鱗】、【蠍人の毒針】、【汚れた包帯】は通常ドロップだが、それ以外にレアドロップでしか出ない、【魔結晶】よりも多くの魔力を秘めた【中魔結晶】、指定魔術を強化できる【魔術大全】、更には特技を指定強化できる【特技大全】という激レアなドロップ品が紛れ込んでいたのだ。すぐさま、タマの特技である【治癒】と、ルシアの魔術である【瞬雷】をそれぞれランクをアイテムを消費して上昇させてみた。


 タマの【治癒】は【治癒+1】となり、対象範囲が三名にまで拡がるという効果を付与された。回復役は幾らいても困らないので、非常に助かる。次にルシアの【瞬雷】を【瞬雷+1】に変化させると、これも対象が三体に拡大されることとなった。麻痺属性を付与できる魔術なので複数化は非常にありがたい。


 こうして、ドロップ品で戦力を更に拡充させた俺達は、ピラミッドの奥へと更に足を進めていく。幾つかのトラップはハチがしっかりと注意を喚起してくれたため、引っ掛からずに進むことができ、初めて現れた小部屋を探索しようと中に入ると、前回の修練のダンジョンと同じように部屋の中央に宝箱が鎮座した部屋に行きついた。


「ハチちゃん。今回は開けたらダメよ。開けたら、尻尾の毛を毟っちゃうからね」

「わかっとりゃーす。おいらもアホじゃにゃーで、前回の失敗はせんがや」


 前回、見事に警報の罠に引っ掛かったハチは、帰還した後、寝室でこっぴどくルリちゃんに怒られたようで、あれ以来、箱に入った物を勝手に開けようとはしなくなっていた。


「さて、こんなときこそ、ツクル謹製、土のゴーレムで作った『トラップこじ開け君』が活躍する時だ。さぁ、みんなはドアを開けて部屋の外出ててくれ」

「ツクルにーはん、きーつけてな。ゴーレムはんに任せて、にーはんも早うこっちにきてや」


 他のメンバー達が部屋の外に出ると、ゴーレム生成器で作っておいた身長1メートルほどの土のゴーレムをインベントリから取り出す。そして、目の前の宝箱を開けるように指示を出すと全速で部屋外に出て、土ゴーレムの行く末を見守ることにした。土のゴーレムはトコトコと宝箱に近づいていくと宝箱に手を掛け、箱を開けようとした瞬間に箱によって噛み砕かれていた。


「ミミック! みんな戦闘準備しろ」

 

 『トラップこじ開け君』の尊い犠牲により、宝箱ではなく、擬態魔物であるミミックと判明したため、遠慮なく叩き壊すことを選択した。すぐさま呪文の詠唱を終えたルシアが先制の【瞬雷】をミミック喰らわす。轟音と閃光が走り、雷光の直撃を受けたミミックは箱の縁から舌のようなものを出し、身体が麻痺したものと思われた。


「ナイス! ルシア! さすが俺の嫁だ! 世界一の魔術師かもしれないな」

「ば、馬鹿ぁ! ツクルにーはん! 『俺の嫁』だなんて言わはれたら、恥ずかしゅうて困るわぁ」


 ルシアは俺に嫁認定されたことをとても恥ずかしがっている様子で、両手を頬に当ててクネクネと身体を捩らせていた。だが、昨今のルシア研究で嬉しい時はピンと立っているはずの狐耳が垂れて、尻尾がパタパタと左右に振れるのだ。現状はその二症状が確認できているため、喜びの状態であることを確認できていた。


 ファッーーーー! しまった。つい調子に乗って『お前は俺の嫁な』宣言してしまった。はっ! 違う、今のは口が滑っただけ、全国二千五百万人のルシアたんファンである君達を敵に回す気はないさ。身の程はちゃんとわきまえている。ちょっとお口からポロリと出ちゃっただけなのぉ!!


 テンションが上がり過ぎて、つい『嫁』宣言してしまったが、現状はまだ恋人同士であり、将来的にはそういった関係になりたいのであるが、それはルシアが俺のプロポーズを受けてから言うべきであったと反省していた。あたふたとしている俺を横目に修羅の形相をしたイルファが竜鱗の大身槍でミミックを差し貫くと、突き刺したまま地面に叩きつけて粉々に粉砕して絶命させていた。


「ふぅ! ツクル様、ルシア様もイチャつく場所ばわきまえてくれんば、困る。戦場で油断すりゃ死が待っとるんやけんね」


 眉根に皺を寄せたイルファが、俺を射殺しそうな視線を向ける。いつもなら、ルシアと姉妹のように仲良くしているイルファだが、最近はルシアとイチャついていると急に不機嫌になってしまうことが多々あった。そういった日の夜は必ずと言っていいほど、密着して夜の添い寝をしてくるので、色々と耐えるのが大変だが、隣にルシアが寝ているので鉄の自制心を発揮して眠ることにしていた。


「思わず口をついて出ちゃっただけさ。イルファもありがとな」


 とりあえず、こういった機嫌の悪いイルファは頭を撫でてやると、機嫌を取り戻せる時もあった。


「アタシはツクル様の奴隷やけん。役に立つのは当たり前」


 頭を撫でられたイルファの機嫌はすぐに良くなり、いつものにこやかな笑顔が戻ってきていた。


「ふぅー。ありゃあ、ツクル様もいつかどっちかに刺殺されるでねーか。どう見ても……ふぐぅ」


 ハチが俺の苦労を台無しにしようとしたため、ヘッドロックを極めて、反省を促すことにした。しばらくして、恭順の意を表したハチを解放すると、あらためてミミックがドロップした品物を確認していく。まずは通常ドロップである金の地金が集まった【金塊】と、擬態効果を発揮するアクセサリに必要なレア素材【擬態膜】をドロップしていた。やはり、修練のダンジョンは高レア素材の宝庫であり、非常に旨味のあるダンジョンであるが、最後のボスがクソゲークラスの強ボスというぬか喜び仕様となっていて腹立たしさを感じていた。


 その後も、修行で強化された俺達一行は、ファントム、ファントムナイト、デスアーマー、オオコウモリ、レッドスコーピオンといった魔物を退治しながら、トラップの掛かった宝箱や隠し部屋を発見するなどといった感じで次々と攻略をしていく。


 その間に手に入れた素材は【亡霊の霊核】、【亡霊騎士の剣】、【死鎧の欠片】、【蝙蝠の翼】、【赤蠍のハサミ】といった通常ドロップ品に加え、【中魔結晶】に始まり、魔素マナをエネルギーにして動力となる【魔燃機関】、一定範囲に魔導障壁を発生させる【護り宝玉】といったレア素材や希少金属、宝石類を手に入れることに成功していた。


 そして、体内時間で二日ほどかけてグルグルと回り道をした先のピラミッドの最奥にあるラスボスの広間に到着することができた。


「ツクル様……マミーとファントムナイトがよーさん隠れとりますで、気を付けてちょーだ。あと、やたらと変な匂いが充満してあんまり詳しく分からん所もあるでね」


 広間に入る前にハチが敵の襲撃に気を付けるように注意を促してくれた。ここから先はクソ仕様の超無理ゲーが設定されていると思われるので、今一度メンバー達の状態を確認する。


「分かった。みんな、体調は大丈夫か?」


 顔を見回したメンバーからは大丈夫との頷きが帰ってきた。出発前に渡した回復系ポーションも補充は済んでいるため、準備は万端整った。


「よし! ラスボス戦だ! 油断せずいくぞ!」

「「「「おー」」」」


 それぞれ、得物を構えると、しっかりと隊列を組んでラスボスが待つ祭壇の間に進むことにした。


 

 だだっ広い空間がひろがる祭壇の間に入ると、雑魚敵であるマミーとファントムナイトが大挙して襲ってきたが、襲撃を予想していた俺達は接敵される前に次々に敵を退治していき、悠然と広間の中央にある祭壇を目指して歩き出していた。そして、祭壇の中央に到着すると、例のメンテナンス権を封じたイクリプスの神像が抹香ような独特の匂いを放つ煙と魔術の光に照らされて浮かび上がっていた。周りを見渡してもラスボスと思われる敵がいなかったため、木槌を取り出して神像目がけてぶん投げてみた。


 しかし、ぶん投げた木槌は途中で何かにぶち当たったかのように弾かれて、地面に転がっていった。


「我が領域に踏み込みし者たちよ。死の準備はできたか? まぁ、どちらでもよい。久ぶりの客人だ。精々楽しませてもらうことにしよう」


 雑魚敵を討伐したことで誰もいないはずの広間に甲高い男の声が響き渡っているが、その姿を確認することはできなかった。すると、急に腹部に鈍痛が走り、強化した鎧をキシミ音を発してへこんだかと思うと、顎にも衝撃を感じると同時に地面を転がっていた。


 ……いってえ……なんだ……はっ!? まさか見えない敵か……。


 急いでインベントリからカンテラを出して辺りを捜索するが、やはり人影は俺達以外に誰一人も見つけられなかった。


「ツクル様。何かおるみたいだな。けど、おいらの鼻もあの抹香の匂いで効かんわ……きゃう……」


 ハチが誰かに蹴飛ばされたように大きく弾き飛ばされ、広間の広大な空間をゴロゴロと転がっていった。しかし、この敵はタマのように攻撃力が異常に高く付与されている様子はなく、LVアップした俺達には致命的なダメージを与えられる相手ではなさそうだ。しかし、まったく姿も気配も匂いも感じられず、攻撃がどこから飛んでくるのかも分からない相手との戦いは困難を極めるだろう。なにせ、いつどこで、どういった攻撃が繰り出されるのかがさっぱり分からないのだ。


「ハチちゃん!? きゃあ!?」


 今度は後衛にいるルリが何者かに弾き飛ばされた。敵は自在に動いて、どこからでも誰でも狙える位置に移動できてしまう。まったくもって、クソみてーなボスキャラはまた配置してやがった。


「ルシア、ピヨちゃん。二人は俺の近く来い。イルファ、巻き込み覚悟でタマに火球を撃たせろ。俺は盾で弾き返す」

「わかったばい。タマちゃん仕事の時間やけん」

「おう、任せろ! 最大範囲で火球を放ってやるニャ」


 邪悪な笑みを浮かべたタマがイルファの胸元から顔を出すと、以前のダンジョンにいた時と同じような巨大な火球を生成して、俺達に向けて投げ付けてきた。眼の前に迫る火球を反射するため、ルシアとピヨちゃんを庇うように盾を捧げ持つことにした。

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