第78話 挑め、修練のダンジョン

 次の修練のダンジョンは、砂漠のど真ん中にあった。タマのいた最初の修練のダンジョンと同じ小さな祠の後ろにピラミッドのような建物が立っており、例の如く大きな入り口が口を開けて侵入者を待ち受けていた。


「ルシア、今回のダンジョン推奨レベルはどれくらいになっている?」


 俺が祠に書いてある字を読めないため、ルシアに頼んで読んでもらっているのだが、相変わらず素敵な尻尾をフリフリと左右に揺らして字を読み取っていた。ルシアの尻尾のお手入れは朝の俺の仕事として、同じく朝の羽の毛繕いとバーターによりピヨちゃんからも正式に許可を得ることに成功し、最高級の毛繕いブラシを作成して、フサフサになるように丁寧に優しく丹念にブラッシングをするようにしていた。


 その際、ルシアが悩ましい声を漏らすことがあるが、そこはグッと我慢して毛先の白い部分から順にブラシをかけていくと、寝癖で跳ねている毛も綺麗に整えられていくのだ。その綺麗になった時の快感たるや癖になりそうなほどの気持ち良さで、中毒性を獲得する可能性もあった。


「ツクルにーはん。ここは一〇~一五レベル推奨と書かれてはりますよ。うちらはその倍近いレベルやから、結構余裕やね」

「ワシのダンジョンを忘れたのか? 推奨LV一~五レベルでワシがボスだったんだぞ。油断は禁物。ボスはワシらと同じLVかそれ以上かと思っておかねば、痛い目に会うぞ」


 レースがフリフリの付いた髪飾りとレースの服は、俺製の物ではなく、手芸が趣味であったイルファが手すきの時間に裁縫箱と綿糸を使って編み上げた物で、ルシアも出来栄えを見て腕飾りを作ってくれるように頼んでいた。LVが上がりチート戦士化が著しいイルファだが、子供の時からどん臭いことでイラナイ子扱いされることが多かったため、屋敷で手芸に耽る時間が増えて今の腕前を手にしたと言っていた。


「アタシとタマちゃんがいれば、大抵の敵は片手であしらえますばい。ボスがどんだけ強かろうと即死せんば、タマちゃんの癒しで耐えられるけん、前とは段違いにみんなも強うなっとるけん連携すりゃ倒せん敵はおらんばい」


 特大の槍を肩に担いだイルファが胸元から頭を出した格好のタマの頭を撫でていた。確かに中盤の敵でも今の俺達であれば余裕で対応できる強さになっているが、初見殺しを狙っていると思われる修練のダンジョンは一瞬の油断が全滅を招くと思われた。


「とりあえず、慎重に攻略するよ。一応試してみるけど。多分、修練のダンジョン入ると転移ゲートは使えなくなるから、食料、回復系のポーションは各自が一定数持つようにね」


 インベントリから取り出した各種ポーションを皆に配っていく。砂漠での特訓で自らが麻痺した際にインベントリからポーションが取り出せなかった苦い思い出を繰り返さないためだ。それぞれのポーチに回復系ポーションと食料を分けていく。


 身体のデカくなったルリとハチも背中に背負えるタイプのポーチを作り、万が一の時に備え、色々と持ち歩いてもらうことにしていた。


「ツクル様、おいら達じゃポーション使えねえけど、ええのきゃ?」

「ルシアかイルファが健在ならサポートできるはず。ルリとハチのはストック用だ。念には念を入れておかないとな」


 ハチは背負ったポーチが気になるようで背中を見ようと、クルクルとその場で走り回っているのをルリが呆れた顔で眺めている。だが、寝室において、二人は熱々なので、放っておいても大丈夫だと思われた。


「さぁ、修練のダンジョンを攻略するぞ!」

「「「「おー」」」


 前回のように物見遊山ではなく、ガチ攻略を目指し、装備を充実させた完全アタックモードの挑戦であるため、できればこの修練のダンジョンは苦戦せずにクリアができるとありがたい。そして、俺達は大きく口を開けたピラミッドの中へと歩みを進めていった。



 ピラミッドの内部に入ると前回のように入り口が閉まり、中に閉じ込められた。一度経験をしているため、慌てることなく、新しく制作したカンテラに火を点して周囲を確認していく。壁はやはり以前と同じような材質でできており、木槌で叩いても素材化はしない物になっている。そして、転移ゲートも一応試してみたが、予想通り起動しなかった。出発前にバニィー達にはいつ帰れるか分からないから、屋敷のことを任せてきてあるので、最悪俺達が戻れなくても残りの数ヵ月は安楽に暮らせるだろうと思う。


 そう、俺達がこのダンジョンに封じられているイクリプスの像を破壊しないと、この世界は数か月後にすべて『なかった事リセット』されることになっているのだ。その事をこのダンジョンに来る前に屋敷に住む者達、全員に伝えてきたが、全員が揃って『なら、ダンジョンクリアして像をぶっ壊せばいい』と意見の一致を得ていた。素晴らしく前向きなご意見を頂いた事で、世界の危機を救わなければならないという巨大なプレッシャーにも、こいつらと一緒なら立ち向かっていけると思えるようになっていた。その決意で今回の単ジョンに乗り込んでいく。


「よし、予定通り。いっちょ、このダンジョンをクリアして世界を救ってやることにしようか。じゃあ、行くぞ」


 俺はルシアがイルファと共に、俺に似せて作ってくれたフェルトのお守り人形をギュッと握ると、カンテラの照らし出す通路の奥へと足を踏み入れていく。


ダンジョン探索の隊列は敵発見の嗅覚を増したハチを先頭に、最強兵器イルファ&タマ、回復薬使いで盾役の俺、ピヨちゃん&ルシア、最後尾がルリと形で通路を進んでいった。


「今回はえらく罠が多そうだぎゃ。油くさぁーで、そこの出っ張り踏むと、多分、仕掛けが発動するでね。気を付けてちょー」


 戦闘を進むハチがイルファの灯すカンテラの光を頼りに匂いから罠の存在を確かめていく。ハチの指摘した場所は確かに他の場所に比べて少し出っ張っており、踏むと何らかの罠が発動するものと思われた。慎重にその場所を避けて先に進んでいく。しばらく進むとハチが立ち止まり、盛んに尻尾を振っていた。


 ……尻尾振り……敵か……。


 すでに数週間、戦いを重ねてきたため、ハチの尻尾が振り回されると、皆がそれぞれの荷物を降ろし、得物を構えて戦闘態勢に入る。接敵までは尻尾が触れてから数分程度の余裕はあるので、慌てずに戦闘態勢に着いていく。


「ハチちゃん、敵は何が来てるの?」

「嗅いだことあるのが、リザードマンとスコピオンの二種類で二十体くらい。もう一つは初めての奴だぎゃ。砂漠で出会わんかった奴」


 ハチが察知した敵集団は鰐の頭をした人型生物のリザードマンと、サソリの下半身と人の上半身を持った人型生物のスコピオンを含む集団であるようだ。共に自我を持ち、野外でコミュニティーを作り生活している。奴等は、領域を犯すか敵対行動をしない限り、襲ってくることをしないが、この修練のダンジョンは『クリエイト・ワールド』の理の外にあるダンジョンであるため説得は通じないものと思われた。


「とりあえず、イルファに交渉役を任せよう。竜人族からの説得に応じるなら無駄な殺生はする必要ないが、説得が不調に終われば、倒すしかないよね」

「心得たばい」


 イルファが迫ってくる敵集団の前に出て、呼びかけを始めていた。


「我が名はイルファ・ベランザール。竜人族の者である。怪しき者ではない。我らに敵対の意志はないので通過させて欲しい。返答なくば、実力行使で通らせてもらうことにする!」


 イルファが大きな声で呼びかけるが、カンテラの明かりが届くところにまで来た敵集団は、眼を赤く光らせて唸り声を上げるだけで、対話ができる状態ではないのをすぐに察知することができた。


「戦闘開始! 敵は殲滅だ。一体も残すな」


 号令を下したことで、一番素早いハチがすぐさま反応する。【神速化】を発動させ敵集団をすり抜けざまに猛毒の鉤爪で切り裂いて猛毒を付与していく。そして、怯んだ敵集団の中に大きな槍を構えたイルファが身を躍らせると、胸元から顔を飛び出させたタマが火球を撃ち込み、イルファを巻き込みながら、周囲の敵を吹き飛ばしていた。リザードマンとスコピオン達に紛れ、身体中に包帯を巻きつけたマミーが炎に引火して叫び声をあげている。


 タマが分からなかった匂いはマミーか。このピラミッドなら、そういった敵もいそうだな。火に弱いからよく燃えて松明代わりになるぞ。


 火球により、身体に炎が引火したマミーは辺りを明るく照らし出し、戦況を確認しやすくさせてくれていた。


「ルシア、炎の矢であの包帯男マミーを燃やしてやってくれ。ピヨちゃんも俺と一緒にあいつら突きにいく。ルリ、ルシアの護衛は頼むぞ。前は通さないつもりだが、後ろには気を付けてくれ」

「はーい。あたしはルシア様の身柄を護ってればいいんですね。ルシア様、背中に腰かけていいですよ」

「あら、そうですかぁ。うちばっかり楽してすんまへんなぁ」

「ルシア様が疲れちゃうと美味しいスイーツにあり付けなくなるもの。戦闘はみんなに任せておけばいいですよ」


 ルリの大きくなった身体にちょこんと腰を掛けたルシアが炎の矢で、次々とマミーを狙い撃ちにして松明代わりに身体を燃え上がらせてく。マミーが松明化したため、明るくなったことで敵集団の数が三〇体程度だということが判明した。


 俺は星光の剣を握ると、ピヨちゃんとともに混乱する敵集団に乱入していく。すると、タマが俺を巻き込む形で火球を撃ち込んでくるのが見えたので、慌ててピヨちゃんを俺の後ろに下げて反射の盾を翳していく。俺を巻き込んで発動した火球は反射の盾によって反射された威力を増した形で周囲の敵に爆風と熱風を送り込んでいき、次々と四肢を吹き飛ばされて動けなくなっていった。


「タマ! 俺を殺す気か! 俺はイルファみたく魔術は固くねえぞ! 次やったらイルファによる辱め洗体の刑を申し渡すからな」


 俺に向けて誤爆の火球を放ったタマはイルファの谷間に隠れていたが、辱め洗体の刑と聞いて頭を出して抗議してきた。


「なっ!? にゃんでだ。ワシは敵を退治しようとしただけニャ!? 辱め洗体だけは断固反対ニャ!! イルファに餌を与えるな」


 辱め洗体の刑と聞いたイルファの顔が締まりなく垂れさがっていく。ようは、お風呂場でイルファがタマを好きなように洗って良い権利を与えることで、つい最近に悪戯したタマへの懲罰として刑の執行を申し渡したところ、風呂から出たイルファの肌がツヤツヤとしているのを確認していた。反対にタマはゲッソリとした顔でブルブルと小刻みに震えて意味不明の言葉を発していることから、相当に厳しい刑が執行されたものと推測された。


「はぁふん。タマちゃんと一緒ば風呂……じゅるり」

「こ、こら! よだれがワシに掛かってきておるニャ! うわっぷ」

「なら、刑の執行を免除できるような活躍を期待するぞ」

「ニャーー! 猫使い荒いニャ―! 断固、刑の執行を拒否するために敵を狩るニャ」


 イルファのよだれでベトベトになったタマが慌てるように、周囲の敵に火球を投げつけていく。イルファも顔は締まらないままだったが、槍の先は次々にリザードマンやスコピオンの心臓を刺し貫いていく。


「ピヨちゃん。あれが、欲望に憑りつかれた人の顔だからね」


 俄然ヤル気出した二人の姿をピヨちゃんと並んで見ていた。そして、敵の集団はハチの影の活躍と、欲望と恐怖に塗れた最強コンビによってほどなく討伐が完了することとなった。

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