第75話 大ピンチ


 牧場を完成させた翌日には、ミックも体調が大分回復したため、バニィーの元の村に転移して必要な物を持ち出すことにした。元々、物資はほとんど残っていなかったが、亡くなった村人の思い出の品や道具を持ち出すことができると、二人とも喜んでいた。


 その姿を見ていたルシアが、本日も朝から大号泣していたため、俺の胸に抱き寄せて絶賛狐耳をモフリ中であった。ピヨちゃんの手前もあるため、控えめなモフリに留めておいたのは大人の保身術というものだった。


「んんっ! ツクル様、朝からルシア様と抱き合うて、狐耳ば触るんなどうかて思うけど」


 イルファがジト目で俺の方を見てくるが、自室を作ってやったのに、昨夜も結局は俺のベッドでタマとともに寝て、今朝、タマが寝ぼけて俺の額に爪を立てて目覚めるという最悪な朝を経験させてくれていた。


「タマに朝から引っ掻かれてブルーな気持ちをルシアに癒してもらっているの。結構ガッツリと爪たてられたよ」

「すまん。イルファの胸で溺れる夢を見てな。ワシとしたことが、若造みたく爪が飛び出してしまった」


 イルファの胸に納まったタマが申し訳なさそうな顔をしていた。


「ツクルにーはん……バニィーはん達が戻ってこらはれましたよ。きっと、遺品の回収を終えられたんやわぁ」


 俺の胸で泣いていたと思っていたルシアが、バニィー達が戻ってきたのを見つけていた。


「ツクル様……ありがとうございます。おかげで村人達の遺品を収集することができました。生きて彼等をあの約束の地へ連れて行けなかったのは心苦しいですが、せめてあの豊かな地で眠らせてやることができそうです」


 砂漠の地に散った仲間の遺品を胸に大量に抱いたバニィーとモニィーが、目にうっすらと涙を浮かべて会釈していた。


「ああ、そうだな。墓地も牧場の近くに作っていいぞ。あそこなら、日もよく当たるし、水も豊富だ。亡くなった方も喜んでくれるだろう」

「重ね重ねの配慮ありがとうございます」

「気にするな。それよりも、俺達はしばらくこの辺りで修行をするから、日中の屋敷の管理を頼むぞ」

「はい。お任せください。能力はツクル様の足元にも及びませんが、精一杯仕事に精励いたします」

「頼んだぞ」


 バニィー達が頭をもう一度下げると、転移ゲートの中に消えていった。


「ツクルにーはん……うちがワガママ言うて、堪忍なぁ……でも、バニィーはん達のこと見てたら我慢できしまへんでした……おばーはんがうちに『困っとる人を見過ごすことは人にあらず』と厳しくいわはれたもんやさかい、どうしても見過ごすことができしまへんでした」

「別に気にしなくてもいいさ。バニィー達と出会うのは『縁』だったのと思えばいい。『縁』した人が困れば助けるのは、人として当たり前のこと」

「ツクルにーはん……」


 俺はルシアの頭をワシャワシャと撫でると、本日の目標を皆に発表した。


「とりあえず、今日はこの村をベースに砂漠の敵を狩猟しまくるぞ。素材を集めて皆の装備もパワーアップさせたいからね」

「「「「はーい」」」」


 みんなのレベル的に、この砂漠地帯の敵くらいが苦戦せずに効率よく経験値を稼げて、武器や防具を強化する魔物素材も手に入ると思われた。そして、砂漠地帯に入り、ほどなくしてサソリの大群に出会うこととなった。



「ルシア、タマ、ルリは魔術援護、イルファは俺と正面で敵を食い止める。ピヨちゃんは右から好きに食い破れ、ハチは左からだっ!!」


 だだっ広い砂漠で体長一メートル級の大サソリ達で、五〇匹を越える集団を相手に戦いを挑んでいく。大サソリは毒の尻尾とハサミに気を付ければ、どうという魔物ではないが、油断すれば毒の尻尾に刺されることもある。なので、襲ってくる大サソリ達をルシアに近づけさせないように進路に立ち塞がっていく。隣ではイルファがおっぱいを揺らして愛用の鉄槍を突き出しては大サソリの中枢を貫いてトドメを刺していた。


 イルファはやっぱりTUEE……このまま、レベル上がると、俺なんか簡単に捻り殺されるのではなかろうか……。


 危なげなく大サソリの尻尾やハサミを捌き、隙を見つけると一瞬で急所を貫くイルファの槍術は芸術的な領域までに無駄を削ぎ落した戦い方だった。


「ツクル様、アタシの胸ばかり見とらんで、キチンと敵ばブロックしてくれんばい。後衛に浸透されたらルシア様達が危のうなるんやけんね」

「あ、はいっ!」


 別にイルファの胸に見惚れていたわけではないが、お叱りの注意を受けてしまったので、今一度気合を入れ直して大サソリに向っていく。カサカサと砂漠の上を滑るように移動している大サソリは盛んに尻尾を持ち上げて威嚇を続けてきていた。


 そんな、見え見えの攻撃に当たってたまるかよ。


 尻尾を持ち上げたまま近づいた大サソリの攻撃をサイドステップで避けると、鉄の剣で尻尾の付け根を斬り飛ばした。尻尾を失った大サソリは怒り狂ったように今度はハサミで俺を掴まえようと突進してくる。


 甘い。不用意に前に来ると、これの餌食だぜ。


 左手に構えた鉄の盾を突進してきた大サソリに向けて勢いよく叩き付け、シールドバッシュを決めると、大サソリは仰け反り動きが止まった。その隙をついて頭部に剣を突き立てると、ビクビクと震え、体液を垂れ流しながら生命活動を終えていった。


「いっちょあがり。お次は誰が死にたい? ちなみに俺にかかってこなくても……」


 俺の目の前に集まっていた大サソリ達の元に、タマの放ったと思われる火球が着弾すると、直撃を受けた大サソリが四肢を吹き飛ばされて爆散した。そして、炎を纏った爆風が周りの大サソリを巻き込みながら燃え上がり、俺の方にも炎が飛び散ってきた。


「あー、タマ君や。もう少し奥に火球を投げ込んでくれたまえ。あの位置だと私が巻き込まれるのだが。わざとやっているなら、あとでイルファからお仕置きをしてもらうことにするぞ」

「ニャニャニャ! 違うにゃ! ワシの身体が縮んでちょっとだけ距離感がおかしくなっただけだぞ。イルファのお仕置きは断固拒否する!」

「タマちゃーん。おかしゃんが後でご褒美あげるからねー。ウフフ」

「ひぃいーー! いらんわっ!」


 ルリにしがみついたタマが、イルファの熱視線を受けて身体を震わせていた。


「はぁ、イルファさんのタマちゃん好きにも困りますね。ルシア様、あたし達もそろそろ、援護しましょうか」

「へぇ、そやね。ツクルにーはんによーさん敵が群がってはるから、あの辺の敵を狙い撃ちにしましょう」


 ルリとルシアも俺の周辺に群がる大サソリに向けて、援護の魔術を次々と放ち、氷の槍で刺し貫かれて絶命するものや、炎の矢の直撃を受けて爆散するものが大量に出てきた。仲間が多く蹴散らされたことで大サソリの集団は向きを変えて逃げ出し始めたが、すでに両翼から敵を喰い散らしてきたハチとピヨちゃんによって退路を断たれ、間合いを詰めた俺達による魔術攻撃や物理攻撃によってその数を急速に減らしていった。


 そして、残り数匹となったところでその事件は起きてしまった。ルシア達から離れ、俺一人で逃げ出そうとしている大サソリを追って砂丘を走っていたら、柔らかい砂地に足を取られて転倒してしまい、好機と見た大サソリの尻尾が首元の鎧の無い部分に突き立ってしまっていた。


 うげぇえ、いてぇえ……。


 すぐさま、大サソリの尻尾を斬り飛ばし、頭部に剣を突き立て絶命させたが、即効性毒液を注入されたようで身体が動かなくなり、剣を取り落として砂漠にぶっ倒れてしまった。


「ツクル様っ!!! 大丈夫と!?」

「すまん……毒針に刺された。毒消し出そうにも身体が痺れてインベントリが開けないようだ」

「えっ!? じゃあ、ツクル様はどうなると?」

「毒が消えればいいが……最悪死ぬかもな……我ながら油断した」


 俺としては痺れているだけなので、命に関わることはないと思っているが、心配そうなイルファの顔を見ていたら、ちょっとだけ意地悪をしたくなって、死ぬかもしれないような演出をしてみた。その瞬間にイルファの眼から大粒の涙が大量に零れ落ちて、倒れている俺の顔に降り注いできた。


「何、馬鹿なことば言いよるんか。ツクル様が死ぬわけなかやろう。ていうか、アタシが死なせん。さぁ、今から毒抜きするけん、鎧ば脱ごう。絶対に死なせんけん!」


 俺を抱き起したイルファが、痺れて動かない俺の身体から鎧を脱がせていくと、尻尾が皮膚を貫いて、血が流れている傷の場所に唇を押し当てて、チューチューと血を吸い始めた。


 ファッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!! ラメェエエェエェ!! 癖になっちゃうぅううううん!! お口でチューチューしちゃラメェエぇ!! ふぁ!? 違うんだ! これはその、イルファが自主的にやってることで俺の心はいつもルシアたんの元にあるのだよ。なに、顔がニヤケているだって、仕方ないだろう、綺麗でおっぱいの大きな女の子が俺の傷口をチューチューしているんだぞ! 男ならこの気持ちわかってくれるだろう! 待て、血の涙を流して釘バットやスタンガンを握るな! 暴力イクナイ! ここで、俺を手にかけると、今後ルシアたんのムフフな姿やイルファのポロリも拝めなくなるのだぞ。それでも、君等が俺を殺りたいなら好きにしたまえ。ふぅ、そうだ。分かればいい。今後とも君達とはいいパートナーでいたいと思っているよ。


 イルファが懸命に傷口から侵入した毒物を吸い出そうとしているが、傍から見れば男を襲っている痴女のにしか見えないシチュエーションであった。


「ツ、ツクルにーはん!? イルファさんと何をしてはるの!?」


 動かしにくい首を砂丘の上に無理矢理向けると、そこには手にしていたと思われる樫の杖を取り落として茫然としているルシアの姿が目に飛び込んできた。


 ファッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!! 絶対に何か勘違いしてるぅううっ!!


 明らかにショックを受けているルシアに弁明の言葉を述べようと、動かしにくくなった口を開いていく。


「ああ、ああ、る、るし、あ、これは、ち、ちが、」


 弁明しようと必死に口を動かすが、大サソリの注入した麻痺毒で口がしっかりと動かせずにキチンと喋れる状況ではなくなっていた。

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