第74話 牧場作り


 作業を終えて戻ってきていたバニィー達に部屋を案内すると、目を点にして驚いていた。


「ツクル様!? へ、部屋ができてます!! 今朝がた私達が農作業に出ていった時には無かったはずの部屋があるのですよ!!」


 絶句している他の兎人族を代表して、バニィーが驚いていたが、子供達もあんぐりと口を開けて部屋を見ていた。


「ああ、とりあえず必要とされる最低限の物は置いてある。この部屋はお前等の労働の対価として与えるから自由にしていいぞ。足りない物は書き出しておいてくれば暇を見て作る」

「え、えあ!? ええ」


 言葉を理解できていなさそうに答えるバニィーに部屋の中を紹介していくことにした。


「あー、この部屋一つが一家用だ。同じものがもう一部屋あるからな。家族ごとに使ってくれ」

「あ、あの。やたらと広くて立派なお部屋なんですが……本当に私たちが使って……」


 バニィーの嫁であるミモザが、おずおずと部屋の使用許可を求めていた。彼女の子供で姉妹であるリロとリラもジッとこっちを見ていた。


「いいぞ。こっちはバニィー家で使え、モニィー家も同じ間取りの部屋があるから、ララとミックでそっちを使うように」


 モニィーは、バニィーの弟でミックの父親であった。兄とは違い万事控えめで黙々と作業をこなす男であることを昨日の夕食の際にバニィーから聞き出していた。


「ああ、お母さん!? 窓ついているよ。木戸じゃないんだね。わぁああ、お外が見える。すごーい。緑がいっぱい見えるよーー!」

「リラ! ツクル様の前ですよ。お行儀良くしなさい! リロも一緒に見てないでリラを窓から降ろしなさい」

「えーー。おかあさん。本当に凄いよ。壁の外には凄い緑がいっぱいあるのー」


 ちびっこ二人組が窓枠にへばりついて外の様子を見ているのを見て、転落しないように木枠を付ける事にした。


「お嬢ちゃん方、ちょっとばかしどいてくれ」


 ちびっ子二人をどけると転落防止用に木柵を窓枠にはめ込む。


「よし、これで覗いてもいいぞ」

「わーい。ツクルおじさんありがとうー」

「ちびっ子ども、訂正を求めるツクルおにーさんだ。いいか」

「はーい。ツクルおにーさんありがとー」


 ちびっ子二人は窓にかじりつきで外の様子を窺うことに夢中になっていた。


「す、すみません。以後、口の利き方は気を付けさせますので……お許しを」


 ミモザが娘二人の無礼を謝ってきたが、子供は基本的に無礼な生物であることを理解しているので、いちいち目くじらを立てるつもりはないが、絶対に『おじさん』だけは許さない。二十代前半で『おじさん』は精神的にきついので、必ず訂正させてもらう。子供は訂正をしないとインプットした言葉を連呼するものだ。ちびっ子軍団に『おじさん』連呼されたら、繊細な俺のハートがブレイクしてしまうこと請け合いだ。


「ああ、別に気にしていないが、くれぐれも私のことは『おじさん』と呼ばせないように頼む」

「心得ました」


 ミモザが頭を下げると、部屋の片づけは奥様連中に任せ、バニィーとモニィーを引き連れて、改めて俺の屋敷の色々とアレなところを説明することにした。


 まず、作業スペースに連れていき、各種の道具を見せる。


「ここにある道具は自由に使っていいからな。壊れた場合は必ず申し出てくれ。別に怒りはしないからな。鍛冶道具から裁縫道具から大概の物は揃っている」

「はぁ……凄い設備ですね……。私たちはツクル様みたいに即時完成させることはできませんが、普通に作ることはできるので、色々と使わせてもらいます」


 二人とも作業スペースの設備を見て歎息を漏らしていた。続いて、温泉へ案内する。目隠しの木戸をくぐると適温の湯が崖上から流れ落ち、溜まったお湯から湯気が立ち上っていた。


「ここが浴室だ。常時湯が張られているから、作業後に自由に入っていいぞ。男女混浴になっている。ただし、入浴着を着用して入らないと我が家の風紀委員長がお怒りになるので、ルールは守るように。後で入浴着は届ける」


 砂漠地帯で過ごしていた二人にとっては、水を常時垂れ流して風呂に入るということは理解の範疇を越えていたのであろう。二人とも湯に手を付けて感動をしていた。


「兄者……畑も凄かったが、水がこんなにも豊富に……ここは我等の先祖が口伝してきた約束の地なのだろうか……」

 

 これまで押し黙っていたモニィーが水を触りながら泣いていた。


「モニィー、口伝に残されたビルダーであるツクル様のために働けば、我等は約束の地を与えられることになるはず。骨身を惜しまず働く事にしよう」


 泣いているモニィーの肩に手を当てているバニィーも目頭に涙を溜めていた。不毛の地で自然と戦い続けて男達の眼には、この地は夢のような豊穣な大地に感じられているようだ。


「まぁ、そんなにバリバリ働かなくてもいいぞ。まったりといこう」


 二人を引き連れ、水車小屋等を紹介し、門まで来ると外に出て、門番をしている『門番君一号』に二人を味方だと認識させる。とりあえず、女房とちびっ子軍団だけでは外出させないつもりなので、この二人を門番君に認識させればお出かけもできるようになる。


「とりあえず、新たな住人だ。この二人の連れている同行者は家に入れていいぞ」


 ヴォオオ。


 バニィーとモニィーを認識した門番君の眼が発光していた。その様子を二人は恐る恐る眺めていたが、俺が大丈夫だというと一緒に外に出た。


「ここは、俺が管理する庭園になっているが、実際は外敵避けのトラップゾーンになっている。花が植えて場所と通路以外は歩かない方がいい。ゴブリンとコボルトを大量に血祭りにあげているから効果は抜群だ。だが、このことはルシアには秘密にしておくように」


 普通に歩いていた二人がギョッとした顔で地面を注視し始めた。


「あ、え!?」

「そこ、踏まない」

「え? ああ」


 虎ばさみを踏みそうだったバニィーに注意を促す。綺麗に見える庭園も一歩足を踏み外したら、奈落の底や鉄串やらが飛び出してくる地獄なのである。トラップゾーンを抜けて水源のある崖の上にあがると、牧場の建設予定地に考えていたなだらかな斜面に到着した。


「ここに牧場を作ろうと思う。牛、豚、羊、山羊、鶏を飼おうと思っている」

「牧草にも困らないし、広さにも困らない。ちょうど良いですね」

「そうか。なら、早速作ろう。何、昼までには作れるはずだ」

「え!? 本当ですか」


 昼までに作れると断言した俺に驚きながらも二人は俺が出した鎌で伸びている雑草を刈り始めていた。大量に作っておいた木柵をインベントリから取り出し、次々に地面に突きたてて連結していく。手早く柵を作り周囲一キロを囲うのに一時間も要しなかったように思える。


 そして、各動物達を収容する小屋を建てていく。鶏だけは飛んで逃げないように網をかぶせて逃げられないように囲っておいた。


「うし、これで完成。ほらな。昼前にはできただろ?」


 驚くべき作業スピードを目撃した二人は、口をパクパクさせて驚いている。


「あぁあ、兄者。ツクル様はとんでもない人だったようだ。こんなに立派な牧場が瞬く間に作り上げれた……」

「ああ、私たちは本当にとんでもない人に助けてもらったようだ……」


 二人は俺が手早く完成させた牧場を眺めて、放心状態に陥っていた。


 その後、昼食を食べるとバニィーとモニィー、そして食後の散歩のためにルリとハチを連れて、草原や森で野生化していた角ウサギ、双角鹿、毛長牛、白毛羊、苔猪豚、大にわとり、白髭山羊などを小麦や干し草で手なずけて、一番いにして牧場となった場所へ追い込むことに成功し、後は世話をしていけば個体数が増え、各種素材を入手できるようになると思うので、バーニィーとモニィーには頑張ってもらうことにしておいた。


 もちろん、頑張ってくれれば、頑張った分の対価は与えるつもりなので、こんどイルファに兎人族の喜びそうな物を聞き出しておく必要があった。

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