第73話 添い寝の権利


 チチチ……チュン、チュン。チチチ……。


 天井から朝日が差し込み、瞼に日の光が当たると、意識が覚醒した。しかし、まだ瞼は開けない。なぜなら、俺の鼻先をモフモフした毛がくすぐっていたからだ。そして、いつものように下半身にはプニプニとした嬉しい感触が感じられている。


 また、ルシアが上下逆になって寝ているのだろう。ということは、鼻先をくすぐる毛は尻尾だな。


 鼻先をくすぐる毛を掴まえようと、目を閉じたまま手を動かし、フサフサの尻尾と思われる毛を掴まえた。


 ……なんだか、微妙に弾力のある尻尾のような……あれ、ルシアの尻尾ってこんなだっけ??


 尻尾だと思って掴まえた物体は程よく弾力があり、揉むと反発を返してきていた。


「……誰……僕の耳触っているの……まだ、眠たいよ……お父さん?」


 明らかにルシアとは違う声がして、思わず動揺してしまい、すぐさま目を見開くと、俺の胸の上でルシアと折り重なるように寝ていたのは、昨日助けて、兎人族の兎小僧だった。


 ファッーーーーーーーーーーーーーー!! お兄さん何もしてないよ。無実だよ。ノータッチオッケーだよ。ハッ! やぁ、ルシアたんファンのみんな久しぶり、暑いけど夏バテしてないかい? なんだろう、みんなから氷のような視線を感じて非常にひんやりとするのだが、俺の身体がおかしいのだろうか。ひゃあ!? 待て、ドライアイスはいかんぞ、直接肌につけると凍傷したようになるからね。良い子のみんなは俺で夏休み自由研究をしないように。グッド、理解の早い子達は好きだぞ。


 寝る前の記憶を思い返していると、兎のぬいぐるみのような『兎人族』の子供は、ルシアが病状を慮ってベッドでの就寝を勧められ、俺が許可していたのであった。そして、俺が揉んでいたのはその『兎人族』の子供である『ミック』の耳だった。


 ピピピ、ピョ。ピピピ。ピピィイイ!!


 寝ぼけ眼のピヨちゃんが、ミックの耳を揉んでいる俺の手元を見て跳ね起きていた。


 やばい……なんか、怒っていらっしゃる。ああぁ、ミック、ルシア、それにイルファもどいてくれないと、俺はこのままピヨちゃんによって処刑されてしまう。


 ゴゴゴと背後に獄炎をまとったピヨちゃんがズシン、ズシンと足音を立てて近寄ってくる。その圧力に威圧された俺はミックの耳から手が放せずにいた。そして、ピヨちゃんのくちばしの先が俺の額に狙いを付けていた。


「ピヨちゃん。これは、これは事故なのだよ。けして、私は風紀を乱そうとしてる訳では無いのだよ。そこの所を理解してもらえるとひじょーに助かる」


 ギランと光ったピヨちゃんの眼は、問答無用と言っているようで、彼女のくちばしは無慈悲に俺の額へ振り下ろされることになった。


「あんぎゃーーーーーーーす」


 寝室に俺の魂の絶叫が響き渡っていった。



「ツクルにーはんも、えろう災難でしたな。ピヨちゃんもえろう怒ってはったし、ミック君の耳はもう揉んじゃダメですよ。ツクルにーはんが、どうしても耳が触りたいなら、うちのがあるですやろ……」

「ふぁい。おでこが痛いのでルシアに撫でてもらうお返しに、ルシアの耳を揉まさせてもらいます」

「あふぅ……ツクルにーはん……はぁ、はぁ。優しく……」

「んんっ!! お二人とも仲睦まじいことはよろしかんやが、ここは皆がおる場所ばいけん、少しは遠慮ばしていただくとありがたか。ねぇ、タマちゃん」


 痛む額をルシアにさすってもらいながら、狐耳を揉んでいると、朝食の給仕をしてくれていたイルファが咳払いで注意を促していた。


「だな。朝からイチャイチャされると、ワシがイルファの嫉妬の……ムグゥウウウ……これ! ワシを窒息死させる気か。うわっぷ」

「タマちゃーん。いらんことば喋らん方が身のためばい。いたらんことば喋るとお口にチャックばしてしまうばい。うふふ」


 何か言おうとしたタマをおっぱいの中に押し込んだイルファが朝食をテーブルに並べてくれていた。


「あれ? バニィー達はどこいったのさ?」


 ふとこのダイニングで寝ているはずのバニィーを始めとした兎人族の大人達の姿が見えなかったので、イルファに問いかけた。


「あの方達は働かんば申し訳なかて言われ、食事もそこそけにピヨちゃんと一緒に菜園の管理にでておらる。ミック以外の子も昨日の食事でだいぶ回復したごたって、ピヨちゃんと元気に外へ出かけていったばい」


 ミックはまだ体調が戻っていないようで、俺のベッド休養中であるが、彼以外は昨日の食事と睡眠によりある程度の体調を取り戻しているらしい。


「なら、早いところ家を作ってやらんとな。色々と揃えてやりたいし。今日は大工の日かな。牧場も作っておきたいぞ」

「相変わらず、ツクルにーはんは仕事が早いですなぁ。それで、バニィーはん達のお部屋はどこに作らはれるの?」


 ルシアに部屋の場所を聞かれたので、どうせならこの屋敷に連結した場所に建てるべきだと考えていた。ジッと室内を見回すと、作業スペースの上部が空いているのに気が付き、あそこに二階を作ってやれば、二家族分七名がゆったりと暮らせる部屋が建設できると目算していた。


「よし、飯食ったら、バニィー達の部屋と牧場作るとしよう。今日の遠征はお休みにするから、自由にしていていいよ」

「そうですかぁ。じゃあ、うちは色々とごはんの下ごしらえをしときますわぁ。ぎょーさん、食べる人が増えたさかいに下ごしらえもシッカリしとかないと」


 ルシアがそういってキッチンに入っていった。イルファもルシアを手伝うようだったので、俺は用意された朝食で腹ごしらえをした。



 朝食後、木槌を担いで屋外から作業スペースの天井に昇ると、眼下の菜園ではバニィー達がピヨちゃんと一緒に採取や水やり、種とりなどの作業をしている。ビルダーの能力で開墾した畑は生育スピードが恐ろしく早いので、バニィー達が驚かないですむように後でキチンと伝えておこう。


 気を取り直して屋敷の増築作業に入っていく。作業スペースの屋根を二階の床として使い、レンガの壁を組み立て、窓を取りつけていく。二階の部屋は兎人族の二家族と、ついでにイルファの部屋も作ることにした。とりあえず、タマとイチャイチャできるであろう部屋を欲していると思われるので、とりいそぎ設置することにした。


 壁と窓の設置を終え、屋根も設置し終えると、作業スペースと同じ100畳ほどの広い空間が完成した。その中を壁で仕切って35畳の部屋二つと20畳の部屋を一つ設置して、各部屋に干し草のベッド、燭台、クローゼット、テーブル、椅子を設置していった。


「ふぅ。よしこれで後は灯りを付けて階段を付ければ完成だ」


 照明代わりの松明を付けて、手早くダイニングと作業スペースへ降りられる場所へ木槌で穴を開けると木製の階段を据え付けていく。ダイニングの突き当りに降りられるようになり、作業スペースとダイニングを行き来するのにちょうどいい導線となった。


「よし。完成。イルファ、とりあえずお前の部屋も作ったからな。タマとイチャイチャする時はその部屋を使うように」


 ルシアの手伝いをしていたイルファが、『部屋』という単語を聞いてこちらへ走り込んできた。


「アタシの部屋!! 奴隷のうちに部屋ばくれるんか。タマちゃんとはイチャイチャしよごたるばってん、ツクル様のことやけん、ずっと添い寝させてくるって思うとったんに、後生やけん、添い寝するんだけは認めてくれん」


 タマが入ったままの胸を押し付けるように添い寝を志願するイルファの顔は不安を感じているようで、いつもの明るさは持ち合わせていなかった。イルファのあまりの剣幕に思わずたじろぎ、添い寝の件は押し切られるように認めてしまった。


「あ、ああ。イルファが、そっちがいいというなら、別に俺は……いいぞ」


 俺が添い寝を許可すると、イルファは安堵したような顔で胸に抱きついてきていた。


 ……なんだよ。イルファの奴……そんな顔するなよ……意識しちまうじゃねえか……俺はルシア一筋だからな……。


「あー、イルファ君。タマが窒息しかけているので、離れた方がいいと思うが」

「ああ、すみまっせん。失礼した。タマちゃーん。ごめんばい。痛かったね。お母しゃんが悪かった」

「お前のおっぱいでワシが窒息すると、毎回言っておるだろう。いい加減学習しろ」


 谷間でおぼれるタマに悪態をつかれたイルファがしょんぼりとしていたが、この後、部屋に案内してやったら見事に復活していつもの笑顔にもどってくれた。その後はタマとイルファが二人っきりになった室内から、タマの魂の慟哭のような叫び声が響き渡ったのが耳に届いていた。

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