第72話 兎人族の処遇


 食卓に大鍋で置かれたのは、麦の粥と味噌の匂いが漂う味噌汁であった。麦粥からは今日見つけて素材化したオリーブオイルの匂いやニンニクや玉ねぎの甘い匂いが漂い、猛烈にお腹を刺激する。一方、こちらも大鍋にて作られた味噌汁かと思ったが、ネギと豚肉が入った豚汁風にしてあった。


「さぁ、あとはフルーツの盛り合わせですよ。ぎょーさんあるから、みんな残さずに食べてくださいなぁ」


 フルーツを切って盛り付けた大皿が食卓に並ぶと、イルファが兎人族達に麦粥と豚汁を配っていく。目の前に置かれた食事を見て兎人族達は目をキョロキョロとさせて、辺りの様子を窺っていた。


「さぁ、喰え。ルシアがしばらく食事をしていないであろう、お前達を気遣って胃ショックを与え過ぎない食事にしてくれたようだ。もし足らないなら、肉を焼いてもらうぞ」

「こ、こんなにたくさん食べてよろしいのですか? 我々には思いもよらないご馳走なのですが……」

「遠慮をするなと言っている。というか、ルシアの作った物を残す輩は俺が成敗する。腹が破裂するまで喰え」


 遠慮して手を付けようとしない大人達を見た子供達も、目の前の食事に手を付けずに我慢していた。しかし、俺の脅した言葉によって、代表の男が食事に手を伸ばし食べ始めると、すぐさま皆も食事に手を付けていった。


「あぁあぁ……美味い……こんな美味い粥は初めてだ……麦粥はもっと味のない粥かと思っていたが、ニンニクや玉ねぎなどの香味野菜やオリーブのオイルが味の奥行きを出している。それに……この味は……チーズも入っているのか……ああぁ、こんな贅沢な麦粥があっていいのだろうか……」


 ルシアの作った麦粥を食べた男が美味さのあまりに声を上げて泣き出していた。その他の大人達も同様に麦粥を頬張ると涙を流して、味を堪能しているように思える。


 やばい……ルシアの料理が兎人族達を堕としていくのが、手に取るように分かるぞ。


「おじさん……お姉ちゃんの作ったお粥、凄い美味しいや。もっと食べていいの……」


 一番衰弱していたと思われる兎人族の子供がルシアに介助されながら、ゆっくりと麦粥を食べて笑顔になっていた。


「小僧。お兄さんだ。訂正を求める」

「あっ、ごめんなさい。お兄さん、このご飯美味しいからもっと食べていい?」

「ああ、子供が食事の遠慮をするな。足らなかったらルシアがもっと作ってくれるから、遠慮せずに喰え」

「わぁああ! お兄さんありがとう」

「ただし、お腹を壊さないように。お姉さんの言う事を守ること」

「ツクルにーはんの言う通りやわぁ。あんまり、一気に食べるとお腹壊すから時間かけてゆっくりと食べましょか」


 ルシアがあーんと兎人族の子供に麦粥を食べさせていく。その姿を見ていると、将来俺とルシアに子供ができたら、こうやって家族団らんの食事をとることになるかと思うと何だか不思議な気分に陥っていた。


 ふむ、これは絶対に致命的バグを回避して、ルシアとの子を設けて家族団欒をやり遂げねばならんな。


 イルファやルシアは子供達にご飯を食べさせている間、ルリとハチは別に焼いてもらった肉を麦粥や豚汁とともに食べて腹を満たすと、ダイニングでピヨちゃんとともに丸くなって後から出てくるであろうスイーツを狙っていた。


「それよりか、タマよ。子供に食べさせてもらうのはどうかと思うぞ」


 顔を麦粥でドロドロにしたタマに向けてジト目を送る。


「ワシも好きで食べさせてもらっているわけじゃない。このガキ達が面白がって食べさせてくるからつい……むがぁ。こら、ワシを殺す気か」

「イルファお姉さん。タマちゃんが怒ったー」

「タマちゃんな照れとる。こん子は嫌がっとる風に見せてじつはたいぎゃ喜んどるんばい」


 比較的衰弱していなかった子供達が食卓の上にいたタマに食事を食べさせようと、スプーンに掬った麦粥を口へグイグイと押し付けて、無理矢理に食べさせようとしていた。タマは嫌がる素振りを見せているが、押し付けられた食事を渋々と口に運んでいる。


 ……タマ……不憫な子。それが己の宿命と悟ることだな。


 顔を麦粥だらけにしたタマへ合掌をすると、食事を終えた代表の男を作業スペースに呼び出すことにした。



「飯は十分に喰えたか?」

「え、ええ。久しぶりに腹いっぱい食事ができました。本当にありがとうございます」


 男は膨らんだ腹をさすってみせた。この分なら満足するほど食べられたであろう。


「それは良かった。ところで、名をまだ聞いてなかったな。俺はツクル。とりあえず、この屋敷の家主だが、諸々の決定権は食事を作ってくれた妖狐族のルシアが持っている」

「は、はぁ。決定権を持たない家主のツクル様ですね。私はバニィーと申します。あの村の最後の村長でした」

「すまんな。強制的にでも移住させないと、お前等が死ぬかと思って、強引な手段で強制移住させたことは詫びる」

「いえ、逆に助けていただき感謝しております。魔王軍に少ない物資を略奪され、村は廃れ自暴自棄になっていましたから、ツクル様のお慈悲はありがたかったです」


 バニィーは涙目で頭を下げると、握手を求めてきた。その手を握り返すとゴツゴツとした豆がたくさんできた農耕従事者の手をしている。あの不毛な砂漠で自然と格闘し、生き延びてきた男の手は分厚く、ごつかった。


 ……あの無能女神に無理ゲーさせられたのに、文句も言わずに日々を一生懸命に過ごしてきた男なんだろうな……。


 バニィーの過ごした日々のことを想像すると、過酷すぎて眩暈を感じそうになる。もし、俺がビルダーの能力を持たずに、この地に投げ出されていたら、彼と同じような苦しみを味わっていたかと思うと、自分はツイていたと思わざるを得ない。


「ああ、気にするな。幸い、子供達も危険な病状の子はいないみたいだから、ニ~三日ゆっくりしておけば、回復するだろさ」

「は、はい。そ、その。できれば、この屋敷の使用人として我々を使って頂けないでしょうか……。一から村を作るには村人が少なくなり過ぎました。お屋敷の片隅に自分達で雨露をしのぐ小屋を建てますし、食事も何とか自給自足しますので、何卒、お使いくださいませんでしょうか」


 バニィーが切り出そうとしていた話を先に振ってきてくれた。総数七名の兎人族を屋敷の外で生活させるのは、不憫だと感じ始めていたので、彼の申し出は渡りに船だと思った。


「そういった話なら、飯と住む場所は俺が用意する。その代りにお前達には屋敷の掃除と、畑の農作物の管理、そして新しく牧場を作ろうと思っているから、そういった雑用を頼みたいのだがやってくれるか? 無論、報酬が欲しいなら対価を渡すが、この屋敷はかなりの僻地で周りに街がないので無用の長物になりかねない。だから、必要だと思った物は作ってやるからそれを報酬代わりにしてもらえるだろうか?」


 話を聞いたバニィーは、目をキョトンとさせている。どうにも説明しづらいので、作業台に連れていき、彼らの眠るための簡易的な【干し草のベッド】を生成した。


 ボフッ!

 

「はぁ!? あぁあぁ!? ええ!?」


 虚空より白煙とともに現れたベッドにバニィーは腰を抜かした。


「という事で、俺が伝説の職業であるビルダーだと理解していただけただろうか?」

「ええ、ええ。あっ、はい。あの何でも作り出せるという伝説に語り継がれる職業ですよね。魔王軍がすべて滅ぼしたと聞かされていましたが……ツクル様がそのビルダーだったとは……」

「まぁ、色々と訳ありなんだがな。とりあえず、体調が戻ったらバニィー達は使用人として働いてもらえるだろうか?」

「は、はい! 是非、お願いしたい」


 腰が抜けたままのバニィーを助け起こすと、二人でダイニングに戻っていった。こうして、砂漠の村で無理ゲーをさせられていた『兎人族』の家族は我が家の使用人として、新たに住み着くことになった。

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