第71話 建国MOD


 大人達を引き連れて転移ゲートをくぐり屋敷に戻ると、先に子供達と戻っていたルシアが出発前に作り置きしていた水飴を棒に差し、子供たちに舐めさせて夕食作りに入っていた。


 帰る際に眠っていたあの子供も他の二人の子と一緒に椅子に座りながら、一心不乱に大きな飴玉を舐めていた。


 かなり衰弱していたから、栄養になりやすい糖分を先に与えて身体の状態を良くしないと普通の食事は厳しいだろうな。多分ルシアのことだから、麦粥とか消化にいい物を作ってくれているはずだろうし。


 母親に殺されかけた子が俺を見つけると声を掛けてきていた。あっちであった時よりは幾分か顔の血色も良くなったようだが、まだ安心はできない。


「あ~……さっきのオジサンだぁ……僕ね……起きたら……凄いいい所にきてたんだ……ほら、こんなに甘い物が綺麗なお姉さんからもらえたんだぁ。……いいでしょ……」

「小僧。オジサンじゃないといったはずだ。訂正を求める」

「あ~、ごめんなさい。お兄さん……ここが僕らの新しいお家なのかな? 凄く立派なお家のような気がするけど……」

「ここは、俺とあの綺麗なお姉さんの家だ。特別にしばらくは泊っていいぞ。小僧が元気になったら、新しい家を作ってやる」


 棒に刺さった水飴を美味しそうにゆっくりと舐める兎人族の子供の頭をワシャワシャと撫で回す。


 ……しまったな……情が移りそうだ……とりあえず、飯を喰わせて体力を回復させたら、代表の男と話し合うか……。


 >ナショナル・シンボルがイベントスタートしました。国家名を記入してください。


 子供と話していたら、急に目の前にポップアップ画面が表示され、何かのイベントが始まったとの表示がされていた。


 ……これってイクリプスが無断で導入した魔王MODじゃねえか。確か建国MODだとか言っていたような気がしたが、なにゆえにこのタイミングでイベントがスタートするんだ?


 突如始まったイベントに狼狽して、ポップアップを消そうと意識するが、キャンセルを受け付けないようで、国家名を決めなければ表示され続ける仕様のようであった。

 

 ……んだよっ! クソMODめっ! 内容が分からねえMODなんて一番タチが悪いじゃねえかっ! けど、表示され続けたら、邪魔でしょうがねえ……国家名だけでも決めておくか……。


 ポップアップ表示が消えないことに苛立ちを覚え、表示を消すために急遽国家名を考えなければならなかった。


 国の名前なんてのは、適当でいいんだよ。『ルシアとイチャイチャ王国』と……完璧だろ。名は体を表すだ。これが俺の建国の志よ。


 >公序良俗違反する国家名のため不承認。再入力をお願いします。


 ファッーーーーー!! 拒否しやがった!! 手前! 機械の分際で俺の崇高な志を推し量るのかっ! クソ、舐めやがって『ルシアたんと一緒王国』これならどうだ。

 

 >世界観を逸脱した国家名のため不承認。再入力をお願いします。


 ファッーーーーーーー!! 世界観持ち出してきやがった!! 何様、二回も拒否するなんて、お前何様だよ。ちくしょう、機械に馬鹿にされたままで引き下がれるか『激☆ルシアたん神聖帝国』で決めてやる。


 >一部使用不能な文字がある国家名のため不承認。三度、不承認が発生したためMOD内のライブラリからランダムに選択させてもらいます。


 >ランダム結果『神聖イクリプス帝国』となりました。承認許可を願います。


 機械が提示した国家名に無言で不許可を選択する。あの無能女神の名を冠する国家など百害あって一利なしだ。断固拒否する。


 >承認許可確認。国家名『神聖イクリプス帝国』と決まりました。おめでとうございます。


 ファッーーーーーーーーーーーー!! 馬鹿野郎っ!! 不許可を選んだじゃねえかっ!! 何で勝手に許可してやがる! さてはあの女神とグルか、というかイクリプス! 手前がこのMOD動かしてやがるだろうっ!


 >ご想像にお任せします。では、ナショナル・シンボルのクエスト頑張ってクリアしていってください。


 待て!! おいこら!! そうやってまた人に変な仕事を押し付けて逃げるな!


 国家名を勝手に決めたらポップアップは消え去っていた。絶対にあのMOD動かしていたのはデバック作業中のイクリプス本人に違いないと感じられた。


 今度、修練のダンジョン突破した時に絶対文句を付けてやる。クソ、『神聖イクリプリス帝国』ってなんだよっ! クソみてーな国の名前にしやがって……。

 

 突如、割り込んだポップアップによる、テロ行為級の国家名決定通知を出され、機先を削がれたが、今はそれどころではないので、連れてきた大人達の拘束を解くことにした。


「とりあえず、大人達も拘束を解いてやることにしようか」

「そうやなあ。転移ゲートも切ってあるんやし、逃げようとしてん外はツクル様の庭園があるんやけんね」


 イルファの言う通り、転移ゲートは転移時のみ空間を繋ぐようにしており、今は起動していないので、俺が繋がない限りあの場所に帰ることもできない。そして、逃亡しようとすれば死の庭園の餌食になる可能性もあるのだ。


「そうだな。まだ、門番君にも伝えてないから、門を出た瞬間に即時肉塊に……」


 俺とイルファの話に聞き耳を立てていた大人の兎人族達がビクビクと震えていた。目隠し、猿轡で拘束された兎人達は跪いていた。ルシアの食事が完成し始めているようなので、拘束を解き放っていった。


「……はっ! ここはどこなんですか……私達は砂漠のど真ん中にいたはず……それにそんなに歩いていないはずだ……まさか、もう殺されて……」


 村の代表の男が屋敷の中を見回して不可思議な現象に襲われたことを認識できずにいた。その他の者達も一様に屋敷内を見回して訝しんでいる。


「殺しゃんて言うたであろう。ここは、ツクル様とルシア様の屋敷や。きさんたちは光栄にもツクル様とルシア様のお慈悲により、救うていただくことになった。喜べ、もうじきルシア様の食事がでける。なに、遠慮はせんちゃよかぞ。ていうか、残した者は厳罰に処すると心得れ!!」

「イルファの言う通りだ。お前等の身柄は俺が預かった。別に俺はお前等を救いたかったわけじゃないぞ。俺の大事なルシアがお前等に同情して泣いている姿を見ているのが辛かったから助けただけだ。飯を喰って体調を整えたら、新しい村の候補地探しも手伝ってやる。この辺は食料も豊富だ。お前等なら上手く自活できるだろう」


 無邪気に飴を舐めている子供達とは好対照に、身を寄せ合って震えている大人の顔色は蒼白になっていた。


「こ、こんなことをして何の得があるのですか……私達はあの地で生を終えるはずだった」


 代表の男はあの地で死ぬ覚悟を決めていたようで、今の状況を受け入れられないようだった。


「得はないが、ルシアのためだ。それに俺のためでもある。俺の無能な上司がちょっとした手違いでお前等をあの不毛の地に送り出したかと思うと、申し訳がないと思う気持ちが募ってな。今回の件は罪滅ぼしもかねている。だから、遠慮は無用だ」

「そうだがね。ルシア様の飯は最高においしいがや。お前さん達も食べたら病みつきになるにちがいなゃーで」

「そうね。はぁ、今日はよく歩いたからお腹空いたわ……」


 ルリやハチ達がルシアの方へ行って、味見という前提でつまみ食いを催促していく。その様子を見ていた大人の兎人族達はゴクリと唾を呑み込んでいた。


「ほ、本当に食事を頂けるか」

「ああ、飯は食わせてやる。子供達の体力が回復したら、住む場所を一緒に探してやる。それぐらいは手伝わさせろ。お前等、『兎人族』は本来草原に住む種族のはずだ。上司の手違いであのような過酷な血で多くの犠牲を出したことには哀悼の意を表すぞ。すまんかった」


 俺は代表の男に頭を下げていた。けして、俺が行った行為で彼らがあの地に住むことになった訳ではないが、そうなった裏事情を知っている俺からすると謝りたくてしょうがないのだ。


 すまんな……あの無能女神に今度あったらキッチリと落とし前はつけさせてやる。多くの仲間や家族を失いながら、あの地で何百年も生きてきたのだろう……本当にスマン。


 致命的なバグの発生が近づいていることも、今回の『兎人族』達の生息域範囲マップがおかしくなってることも、元をたどれば管理能力皆無の女神のせいである。世界の崩壊を阻止したら、絶対にひん剥いて吊るす予定であった。


「おぉ……本当に本当なのか……では、食事の件ありがたく頂くことにする」

「おお、食料は豊富にあるから遠慮はいらん。腹いっぱい食え。子供にも一杯食わせてやれ」


 男の肩を叩くと、夕食ができたことをルシアが伝えてきた。俺は男と一緒に立ち上ると湯気の立つ食事の待つ食卓に歩き出した。

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