第70話 悪者

 

 足早にイルファの元に駆け寄ると耳元に囁く。


『ルシアが現在、絶賛大号泣中だ。このまま、ルシアが泣いているのを放置すると、俺の精神に変調をきたす可能性が高いので、この村の奴等を屋敷に連れ帰り、ルシアの飯を喰わせてやることにした』

『ほんなこつツクル様は、ルシア様に甘か人やなあ。まぁ、アタシもこん人等にルシア様のご飯ば食べさせちゃるんには賛成ですが。で、どうすっと?』

『ああ、とりあえず全員奴隷にすると伝えて強制的に屋敷に連れていく。嫌がる者もいるだろうが、こんな砂漠のど真ん中で物資なし、食料なしではいずれ死ぬ。屋敷で飯食わせた後は本人達に今後のことを決めさせてやるつもりだ。あの辺なら食料と種を分けてやれば『兎人族』なら生きていけるだろうしな』

『なるほど、奴隷として屋敷に引き立てて飯ば喰わせて解放する言うことと。元々、生活力の高か『兎人族』達なら、あん辺りであれば自活しきるやろうね。ばってん、ルシア様の食事ば食べたら、絶対に屋敷に住み着くばい。大人しゅうて勤勉な『兎人族』であれば、ルシア様のお世話や畑の管理ば任せて、ツクル様の手間も省くことになるて思う』

『ああ、そうなると本当に奴隷にした気がするが、飯を喰わせてから今後のことは本人達に決めさせる。多少の『縁』を持ってしまった以上、死なれると寝覚めが悪いからな。それに俺の秘密を守ってくれるなら、新しい村を作るのを手伝ってもいいと思っている』

『ツクル様は甘か人やなあ。この世界は弱肉強食。搾取さるっか、するかしかおらんのに……』

『俺としては、ルシアが泣き止むために取る手段でしかないぞ。そこに慈悲はない。すべては俺の精神の安定を満たすためだけだ。どうだ、この上なく自己都合な理由だろう』

『はぁ……ルシア様は幸せ者ばい……』


 イルファが一瞬、顔を曇らせたが、すぐに元の顔に戻り、平伏する『兎人族』の男に向って盗賊団の首領のような言葉を口にしていく。


「まだ、お前等に納められる物があるのを発見した。お前等には悪いが、『命』を頂くことにしたぞ」


 平伏したままの男はビクンと身体を震わせていた。死の覚悟はできているのだろうが、実際に殺されるかと思うと恐怖が湧いているのだろう。


「『命』と言っても、殺してはアタシに旨味が無い。そこで旨味を出すために全員奴隷として引き立てさせてもらうことにした。異議は認めぬ!」

「お願いですっ! 見逃してくださいっ! この上、身を奴隷として売られるのは耐えられない! お願いします」

「くどい! 大人しく奴隷として引き立てられろっ!」


 平伏していた男はイルファに縋りつくように足を掴み、奴隷落ちを必死で回避しようとしているが、俺がインベントリから取り出した布と縄を使い、目隠しと自決防止の猿轡、そして縄で拘束すると諦めたのかすすり泣く声しか出さなくなった。その様子をルシアが心配そうに見ていた。


「ルリ、ハチ、家の木戸をぶち破っていいから、住民を追い立ててこい。従わぬ者は引きずってでもこの場に連れてくるようにっ!! ツクルも引き立てるのを手伝ってやってくれ」


 イルファは魔王軍士官として上司を装っているため、俺を呼び捨てにして部下として扱ってきていた。引き立て役を任されたので、ルリとハチを引き連れて木槌片手に一軒ずつ家に押し入ることにした。


 ハチがクンクンと匂いを嗅いで、人がいる家の前で立ち止まると、ビルダーの力で木戸を素材化して、家の中に押し入る。すると、家の中では三人の『兎人族』が身を寄せ合って震えていた。姿形から両親二人と子供一人であろうと予測できたが、三人とも非常にやせ衰えており、特に子供の『兎人族』は栄養が足りていないようで、虚ろな目をしていた。


「聞こえていたかと思うが、お前等はイルファ様の奴隷として引き立てられることが決まった。大人しく出てこれば手荒なことはしない。さぁ、諦めて出てこい」


 身を寄せ合って震える三人であったが、男の方が意を決して俺に襲いかかってきた。


「どうせ死ぬんだっ!! 奴隷にされるくらいならっ! ここで死んでやるっ!! うぁあああぁっ!」

「抵抗するなと言われているでしょ。大人しく、あたし達についてきなさい!」


 ガリガリに痩せた『兎人族』の男は鬼気迫る顔で殴りかかってきたが、ルリが放った鉄鎖に身体を巻き取られると、抵抗虚しく家から引きずり出されていった。残された母親はもはやこれまでと思ったのか、隠し持っていたナイフを子供に突き立てようと、ナイフを持つ手を振り上げた。


 ちぃ、馬鹿がっ! 子供に手をかけるなっ!!!


 虚ろな目で天井を見ている子供は、母親がしようとしていることを理解していない様子だった。


「ハチっ! ナイフをとりあげろっ!」

「合点承知っ!!!」


 ナイフを振り上げた母親に向って、ハチが矢のように飛び出していくと、間一髪のところでナイフを奪うことに成功した。俺は母親の行動に苛立ちを覚え、近づくと平手で強めに頬を叩いた。


「馬鹿野郎……母親がガキに手をかけるんじゃねえよっ! それよりか、ガキを生かす方を選択しやがれ! 親が子供の未来を奪っちゃいけねえぞっ! 何様のつもりだっ!!!」


 そんなに怒る気もなかったはずだが、母親の身勝手な行動を思い出すと腹の底が沸々と煮えたぎってくる。


 ……なぜだ。母親なんていつも身勝手だっただろう……俺は何にイラついているんだ……クソ、クールになれ。俺!


 いつも仕事で忙しそうにしていた記憶の中の母親に覚えた苛立ちが、目の前の『兎人族』の母親の行動で思い起こされて、苛立ったか分からなかった。だが、とにかく不快な気分に陥りそうだったので、母親を縛り上げるとハチに引き立てさせた。そして、残った子供に水とルシア特製の【塩飴】を含ませる。毛皮は汚れ、顔や手足はやせ細り、お腹周りだけぽっこりと膨らんだ姿は栄養失調そのものだった。


 ……このガキは衰弱が酷いな……なんで、こんな状態になるまで、こんな場所で暮らしやがったんだ……。


 【塩飴】を溶かした水を抱きかかえた子供がコクコクと飲み下していく。すると、虚ろだった目に少しだけ力が戻ってきたような感じがした。


「しょっぱあまーい……でも、おいしいや……おじさん……誰?」

「小僧、俺はお兄さんだ。言い直しを求めるぞ」

「あ、はい。ごめんなさい……それでお兄さんは誰? お父さんの友達?」


 子供はさきほどの事態を把握しておらず、俺のことを父親の知り合いだと思っているようだ。言わなくていい事は黙っておくべきと思ったので、子供の勘違いに話を合わせる。


「ああ、君のお父さんのお友達だ。困っていると相談されてね。新しいお家に引っ越すことになった。君はちょっと疲れてるようだから、特別にお兄さんがおぶっていくことにしたよ。だから、そのお水を飲んだらちょっとだけ、寝ていていいぞ。目が覚めたら、新しいお家にいるはずだからね」


 子供はキョトンとした顔をしていたが、お椀に残った水を飲み干すとニッコリと笑った。


「そっか……新しいお家に引っ越すんだね……今度のお家では美味しい物食べられる……か……な……すぅ、すぅ」


 塩分と水分と糖分を補給した子供はすぐさま寝息を立てていた。命を繋ぐ応急的な処置はできたが、栄養不良による衰弱が激しいので、早いところ屋敷に移して栄養状態を回復させないと本格的にやばそうだ。


 ……小僧。死ぬなよ。


 子供をおんぶすると、ルシアの待つ広場に向かい家を出ていった。



 村には彼等家族の他には、最初に掴まった男の家族が暮らしているだけであった。総数にして七名、村の建物数を考えるともっと住人はいたと思わるが魔王軍の物資略奪後にかなりの数が亡くなり、村は壊滅寸前だったものと思われた。


 捜索中、村人の死骸を発見するかと思ったが、死骸は無く、村の裏に墓と思われる木の印が多数突き立っていた。イルファ曰く、この世界の住人は生命活動を停止すると、魔物と同じように肉体の存在が消え去るようで、墓には思い出の品を入れるのが一般的になっていると教えられた。

  

「さて、村の者は全員捕らえたな。では、ツクル、例の物を頼む」


 村の捜索を終えて、子供以外を目隠しして数珠つなぎにすると、イルファが転移ゲートを出すように促してきた。すでに日は落ちており、魔物の襲来の恐れ、村の建物に少し手を加えて転移ゲートを大急ぎで設置した。そして、設置を終えるとゲートを起動させる。紫の膜がゲート表面を覆い、転移が可能になったことを伝えてきていた。


「イルファ様、準備完了しました。いつでもいけます」

「ルシア、先に行ってくれ!」


 先に預けた『兎人族』の子供の様子をピヨちゃんと見守っていたルシアが、俺のウィンクを見て、どうするつもりか理解してくれたようで、子供を乗せたピヨちゃんを引いて転移ゲートに向った。


「ツクルにーはん!! 先に帰って準備してますからね!!」


 足早に転移ゲートを設置した建物へ姿を消したルシアを見送ると、数珠つなぎになった大人達を引き連れて、ゆっくりと歩き出す。大人達は目隠しされているため足元が見えず、更には未だに奴隷になることを納得できずに抵抗の気配を見せるものがいた。そういった奴には小突いてでも無理矢理に歩かせていった。

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