第64話 魔王の影

 三人称視点


 魔王城の最上階にある古の祭壇の間に一人の男がいた。長く伸びた黒髪が目元を隠し、不健康そうな色白い肌をして、痩せこけた頬や絹の豪華な衣服から突き出した筋張った手足を豪奢な椅子に沈め、目の前の祭壇に灯るイクリプスの神像群をぼんやりと眺めていた。男の名はユウヤ。イクリプスにより最初に転生させられ、この世界を創り直した男である。


 ユウヤは管理者として未熟であったイクリプスを上手く言いくるめて、神としての力であるメンテナンス権を色々な理由を付けて奪っていき、ついにはほぼすべての機能を奪うことに成功した。その力を使い、不死の生命を得ると世界再構築の仲間であったビルダー達を次々に討ち倒し、魔王を名乗り改造データを使い、国を拡げ、遂には世界を征服した男であった。


 魔王となり、世界を征服したユウヤは世界を再構築することに飽き、自らの改造データの使用権限とイクリプスのメンテナンス権を世界各地に建設した修練のダンジョンに封印した。その後は国の政務は適当な者に任せ、イクリプスがビルダーを送り込んできた時のみ目覚め、ビルダーを殺すと眠りにつく生活をしていた。


 今回もツクルがイクリプスによって転生させられて送り込まれた気配を察知したユウヤは目覚め、ツクルの動向を監視していた。


 すると、神像群のうち一つの燈明の火がフッと消えた。


「イクリプスのババア……今度こそはまともな奴を連れてきたようだな。オレが作ったこの世界は効率厨やデータ厨じゃクリアできねえ仕様にしてあるんだよ。ククク、今度のビルダーは楽しめそうだぜ」


 目の前の神像の燈明が消えたのを心の底から喜んでいるユウヤであった。久方ぶりの骨のあるビルダーの到来に、不死の命を持て余していたユウヤは、自らの改造データで作り上げたぶっ壊れたこの世界で、ツクルがどれだけ生き残れるのか興味が湧いていた。


「あのツクルとかいう男が、どこまでやれるか見極めてやろう。どうせ、メンテナンスの滞ったこの世界の寿命は後少しだ。オレが死ぬまでの間の良い暇つぶしになってくれよ。ツクル君……ククク」


 ユウヤは自分が作った改造データ群により、この世界が崩壊の危機にあることを知っていた。イクリプスの力を盗み、不死の命となった彼は死ぬ事ができなくなり、何度も人生を終わらせようとしたが、どうやっても復活してしまうため、やり込みつくしたゲーマーのようにこの世界に飽きてしまっていた。


 そこで、イクリプスの力を使い、致命的なバグを仕込んだ改造データを導入し、世界ごと終わらせる選択を選んでいた。あと数日で致命的なバグが発生し、世界はすべてなかったことにされる所まできていたが、目の前の神像の燈明が消えたことで世界が消える日が数ヵ月先に延ばされていた。


「しかし、次の修練のダンジョンは一筋縄ではクリアできないぜ……ククク、精々頑張ることだな。オレを楽しませてくれよ。フハハハハっ!!」


 ユウヤはボサボサの前髪を掻き上げると、ギラギラと血走った眼で神像群を見つめて哄笑をしていた。



 ツクル視点


 日が落ちる前に我が家に帰り着くと、ルシアとイルファは夕食作り、ピヨちゃんは畑で夕食採り、ルリとハチはお部屋でお説教タイムが始まるようであった。


 俺も大雪原で手に入れた苗を畑に植え終えると、夕食ができるまでの時間を使って、色々と制作することした。


 まずは大雪原に行った最大の目標である【冷蔵庫】の制作に取り掛かることにして、冷却能力の大元となる【冷却石】を作成する。


 【冷却石】……周囲に冷気を発して冷やす石 消費素材 氷結晶:2 氷:10


 ボフッ!


 完成した【冷却石】は白い靄を発し、氷のように透き通っているが、溶ける気配を見せない石となっている。これを使って【冷蔵庫】を制作する。


 【冷蔵庫】……冷却石により保冷され鮮度を保つことができる容れ物 消費素材 木材:2 鉄のインゴット:2 銅のインゴット:2 冷却石:1


 ボフッ! 


 作業台の上に現れた冷蔵庫は、転生前の見慣れた白い冷蔵庫ではなく、木材を使用した昔のタイプの冷蔵庫だった。


「そーいえば、ここはファンタジー世界だったな。白物家電は雰囲気には合わないよね。でも、これでルシアに食材の管理をしてもらえるようになった。割と大き目で収納力も多そうだ」


 完成した【冷蔵庫】をインベントリへしまうと、続いて『クリエイト・ワールド』の攻略掲示板ではドコデモゲートと揶揄されていた【転移ゲート】の生成に取りかかる。この【転移ゲート】は本来の使用法は拠点となる場所とゲート設置場所との往来するために使われるのだが、なぜか木槌で何度も再設置できる仕様にされていた。そのため、遠征先に設置して拠点と行き来できるようになり、素材を持ち帰るのに便利すぎると言われて、ドコデモゲートと揶揄される存在になっていた。


 この【転移ゲート】さえ完成すれば、移動の時間を大幅に短縮でき、素材収集や魔物討伐の効率も飛躍的に向上が期待できるようになる。【転移石】の数が増えれば、何個もゲートを作り常設ゲート設置していくのが良いと思われるな。


 しかし、手持ちはタマのダンジョンのクリア報酬である一個のみなので早めに次なる【転移石】も手に入れたい。次なる【転移石】のことに思いを馳せながら、作業台メニューから【転移ゲート】を選択する。


 【転移ゲート】×2……【転移石】を使用し、一瞬でゲート同士を移動できる 消費素材 転移石:1 石材:5 魔結晶:10


 ボフッ!


 完成した【転移ゲート】は二つであり、一つを帰還先であるこの屋敷の作業スペースに設置しておく。そして、残りの一つはインベントリにしまい持ち歩くことにした。こうしておけば、日暮れまでに帰れない地域への進出も楽になり、レア素材や魔物討伐も格段にしやすくなる。


「これで、生き帰りの時間を節約できるぞ。これで、LV上げに集中して次の修練のダンジョンへの準備を進めていかないとな」


 イクリプスより聞かされている猶予期間は数ヵ月あるとはいえ、ダンジョンマスターの異常な強さは恐怖でしかない。そのため、なるべく時間を掛けて実力を付けてから次の修練のダンジョンへ挑戦しようと思っていた。幸い、イクリプスの話した世界の危機の件はタマも知らないようで、今のところは俺一人だけが知っている状況であった。


 ……死んでも言えねぇな……けど、修練のダンジョンに一緒に潜ってくれる仲間に対して、教えないのは卑怯な気もする……はぁ、クソっ! あのポンコツ女神めっ! 自分が送り込んだ転生者くらいキチンと管理しやがれって言うんだっ!


 改めて世界の危機を思い出すと、イクリプスの無能さに腹立ちを感じてしまう。転生女神やデバッカーとして非常に優秀なのだろうが、世界の管理者としては無能を通り越して害悪でしかない気がする。あやつに世界を管理させるとトンデモ世界が作り上げられてしまう可能性があるので、古の魔王ユウヤから世界を取り戻したら、俺が寿命を全うするまでにイクリプス色々と物申す権利を貰っておくべきだと感じていた。


「ふぅ。無能な上司を戴くと下は大変だぜ。なんとしても、この世界を存続させて、破綻なく俺とルシアたんとのイチャラブ生活を過ごせる世界にするぜ!」


 とりあえず、世界の危機については次の修練のダンジョンへ入る前に皆に伝え、その上で協力を仰いで行くことにした。それまでは、今まで通りの生活を続けていく。もちろん、皆には強くなってもらうし、俺もビルダーとして成長していくつもりだ。


「さて、あとはゴーレム生成器と魔術書の祭壇を作れば一通りの物は揃うな。それにしても修練のダンジョンはいいアイテムが落ちる」


 修練のダンジョンで手に入れたアイテムを使って序盤では作成できない道具を作成していく。


 【ゴーレム生成器】……ゴーレムを生成できるようになる祭壇 消費素材 魂石:1 石材:5 銅のインゴット:1 金のインゴット:1 銀のインゴット:1


 【魔術書の祭壇】……魔術書を生成できる祭壇 消費素材 水晶球:1 石材:5 金のインゴット:1 銀のインゴット:1


 ボフッ! ボフッ!


 作業台からはみ出した【ゴーレム生成器】は石材をベースにした一メートル四方の石のテーブルで、卓上には色々な図形が彫り込まれていた。一方、【魔術書の祭壇】は水晶球が中央に置かれた祭壇器具がドンと鎮座している。


「意外と大きいな……」


 作業スペースに【ゴーレム生成器】、【魔術書の祭壇】を設置していった。

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