第58話 ダンジョンウマー


 第一階層はスラッジスライム、オオカミ、ゴブリン、コボルトなどの敵が出てくるだけで苦戦することなく退治して【魔結晶】を多く手に入れ、イルファがまたLVアップしていた。


 そして壁伝いに進み、第二階層への階段を見つけると地下に降りていく。しばらく歩くと小部屋のような部屋があり、扉を開けると部屋の中央に宝箱らしきものが置かれていた。


「……あきらかにおかしいよね。アレ」


「そうと? ただの箱だと思うけど、どこが怪しかんやか?」


「どう見ても罠でしょ?」


「そうきゃ? 別に変な匂いはしにゃーぎゃ」


 ハチがクンクンと匂いを嗅ぐと、罠を気にする素振りも見せず鼻先でガタンと宝箱を開けていた。


 ファッーーーーーー!! ハチ君っ!! 勝手に開けちゃダメぇええええ!!!


 咄嗟に地面に身を屈めて伏せたが、何も起きず、俺だけ地面に伏せたのがちょー恥ずかしかった。


 クスン。だって、部屋の中央に宝箱なんて絶対に罠だと思うじゃないか。大概のゲームではそういった場所の宝箱にはミミックとか、爆発のトラップとかしかけられているんだぜ。


 宝箱の中をガサゴソと探っていたハチが丸い球体を咥えて戻ってきていた。


 この手際の良さ。ハチめ、意外と優秀な盗賊になれるのではなかろうか……。鍵開けとかはできそうにないけど。


 ハチから手渡された球体は【水晶球】だった。石英を加工した球体で、魔術書を生成する祭壇を作るのに必要な道具の一つである。これは、普通なら序盤以降の魔王軍の砦から発見されることもある貴重品であった。


 マジかぁ!! なんでこんなレアな素材がトラップなしの宝箱にしまい込まれているんだよっ! 半端ねえなぁ!! 修練のダンジョンすげえ!!


 レアな素材との邂逅にテンションが一気に上がる。


「こんなレアな物がノートラップで置かれているだなんて……だが、ハチよ。宝箱を開ける際は絶対に俺達に声を掛けるんだ。爆弾とか毒ガスとか設置されている可能性があるからな」


「わかっとりゃーす。今回は油の匂いも変な匂いもせんかったら開けただけだがや。怪しいと感じたらツクル様に報告するがね」


 ハチの鼻は魔物探知や罠判別に役立つようで、意外と戦闘とともにスカウトとしても役に立つ奴かもしれなかった。


 ファン、ファン、ファン、ファン、ファン。


 ……前言撤回。ハチよ。後でルリちゃんにお仕置きしてもらうからな……。


 宝箱のあった小部屋の四隅に設置されていた球体が赤い光を発してけたたましい音を発していた。完全に警報の罠に引っ掛かったと思われる。


「罠だな。ハチ、後でルリちゃんにお仕置き決定。みんな敵がやってくるぞ。武器を構えろ!!」


「あらら、ハチちゃんもおいたが過ぎたようやわぁ~」


「敵が大量にこようが、ルシア様ば襲おうとする魔物はアタシが全部倒してやる」


「ハチチャ~ン。あとであたしとよく話し合おうかぁ?」


 ルリがハチに対して威嚇するように目を吊り上げていた。


「大いに反省しとるがね。今後は勝手に宝箱を開けません……」


 尻尾を丸めて項垂れるハチの背を叩くと、俺と共にドアの方へ出ていく。ドアを開けると、ゴブリンを一回りゴツクしたボブゴブリンとゴブリンアーチャーの集団が待ち構えていた。


「先頭のデカいのをやる。ルシアとルリは後ろのアーチャーを狙え!!」


 剣を引き抜くと、一番手前にいたボブゴブリンの腕を斬りつけながら、通路に出て乱戦に持ち込む。そうしないとルシアやルリがゴブリンアーチャーに狙われてしまうからだ。続けてハチ、ピヨちゃん、イルファもルシア達の盾になるように通路に出て、ボブゴブリンとゴブリンアーチャー達を巻き込んでの肉弾戦に持ち込んでいく。ボブゴブリンは強靭ではあったが、俺達にダメージを与えられるほどの強さではなく、棍棒を避けられるとイルファの槍に貫かれたり、俺の剣で首を刺し貫かれて絶命していく。そして、ゴブリンアーチャー達はピヨちゃんに額を貫かれて骸を晒したり、ハチの爪に切り裂かれて倒れていった。


 一気に形勢が逆転したかと思ったが、警報を聞いた新手が駆け付けてくる。今度はスケルトンとスケルトンウォーリアーの集団が現れた。ルリが氷の息でスケルトンを凍らせると、ルシアがスケルトンウォーリアーへ炎の矢を放つ。

 

 ドガガッ!


 しかし、敵の数が増えすぎており、スケルトンの錆びた手斧が俺の肩口を軽く裂いて痛みを与えてきていた。傷口は浅かったが、血を失って動けなくなると困るのでインベントリから瓶に入った【回復薬】を取り出し中身を一気に身体に流し込んいく。


「ぷはぁーーー!! まずーーいっ!」


 【回復薬】の効果が身体に漲ると、緑色の光に包まれて肩口の傷の痛みが和らぎ、やがて出血が塞がった。その間も敵は斧や剣を振るって、こちらの命を奪おうとしている。すでにハチもかなりの手傷を負っており、ピヨちゃんもフワモコの羽毛が一部血に濡れて固まっていた。


 前衛で肉弾戦をしているメンバーは、集団に囲まれるとどうしてもかわし切れずに手傷を負ってしまう。傷も負わずに魔物の集団を瞬殺させるなんていうのは、ライトノベルの主人公達くらいで、実際の魔物との戦闘は泥臭く、地道で派手さのない戦闘の連続であった。


 ある程度、敵が倒れ手すきの者が出てきたので、傷を負った者に注意を促す。


「手傷を負った者は【回復薬】を飲むように。血を失って動けなくなる前に傷口を塞ぐんだ」


 傷を負っていたハチとピヨちゃんに【回復薬】を飲ませると、効果を発揮したことを教える緑色の光に包まれる。


「まずーいがやっ!!」


 ピヨ、ピイピピ!!


 傷を癒した二人は再び敵を倒しに向かっていく。俺も自分に向かってきていた敵のスケルトンに対し、木こり斧に持ち替えて力いっぱいに振り下ろして真っ二つに切り裂く。斧の重さが加わった斬撃で骨を断たれたスケルトンは、床に崩れ落ちると白煙を上げて素材化していた。


「あと少しだっ! 援軍も打ち止めみたいだから頑張れっ!!」


「アタシって意外と強かったんやなあ。味噌っかすのイラナイ子じゃなかったんちゃね。強うなれば、ルシア様もツクル様もイラナイ子扱いはせんごつなるよね」


 職業戦士のイルファの放つ槍の一撃はLVが上がるごとに鋭さを増しており、ボブゴブリンの胸板を貫いた槍を引き抜くと、石突でスケルトンの頭部を粉砕していた。


 やべえぇ、なんかイルファがめっちゃ強くなってきている。竜人族って恐ろしいほど成長時の能力アップが高いのか……。こ、これは、しっかりとルシアのご飯で餌付けをしておかないと……。


 竜人族というチート級の種族であるイルファの戦士としての強さに恐れおののきながらも、鎧からこぼれ出しそうなおっぱいに目を奪われてしまった。


 それに、ぽよ、ぽよと波打ちやがって、エロ過ぎるだろう。気になって戦闘に集中できねぇ! エロ戦士かっつーの!!


 敵集団も戦意を喪失し始めていたところで俺も油断が生じていた。


 ガンッ!


 おっぱいに気を取られていると頭部に鈍い打撃音が響く。見ると、足元にゴブリンアーチャーが放った矢が落ちており、鉄の面貌により頭部に矢が突き刺さるのを阻止できていた。


 あ、あぶねーー!! 流れ矢に当たるとこだったじゃねーか!! 油断するな、俺。おっぱい見ていて流れ矢に当たって死にましたじゃ、笑えねえよ。


 戦闘の緊張感を取り戻し、背中から鉄の弓を取り出すと矢を番え、自分を狙ってきたゴブリンアーチャーに向けてお礼の矢を見舞ってやる。頭部に矢を受けたゴブリンアーチャーは後ろに吹っ飛ぶと絶命していた。


「ふぅ、これで敵は片付いたな」


 敵集団を殲滅すると皆が一様に光の粒子に包まれてLVアップをしていた。


 >LVアップしました。


 LV5→6


 攻撃力:28→32 防御力:27→31 魔力:15→17 素早さ:15→17 賢さ:16→18


 そして、LV5を越えてきたルリやハチ、ピヨちゃんが新たな特技を覚えたと、自己申告してきていた。ステータスを確認させてもらうとハチは新たに【高速化】という素早さを上昇させ、攻撃回数を増やす特技を取得していた。素早さはハチの独壇場であるので、回避しつつ、細かいダメージを積み重ねていく戦い方を磨くのがハチの方向性だろう。ルリは新たに【氷槍】を取得し、複数体への氷属性攻撃を覚えたので、ルシアと共に後衛からの援護能力が上昇している。ルシアよりは直接戦闘にも耐えられるので、ルシアの護衛兼魔術火力職として期待ができそうだ。


 ピヨちゃんは【くちばし】を覚え、お仕置きの突き攻撃の威力が格段に上昇し、風紀委員長として物理攻撃特化の危険生物にパワーアップしている。会心の一撃が入るとマジで危険レベルにまで攻撃力が上昇しているので、ルシアたんとイチャイチャをする時はピヨちゃんの眼をかいくぐらねばならないと固く心に誓った。続いて、イルファもステータスを見たが驚異的な成長率であるのが判明した。LV5ですでに俺よりも固く、攻撃力も高いことが判明しており、職業戦士と最強生物竜人族が合わさったイルファの強さに驚愕を覚えていた。更に新たに覚えた【強靭化】は防御力を高める戦技で、すでに固いイルファが更なる|ガチタンク(重戦車)へ進化することを示していた。


 りゅ、竜人族は半端ねぇな。俺もガチタンクかと思ったけど、イルファの前には霞むなぁ。でも、元々戦闘能力のないビルダーの俺だから、専門のガチタンクがいてくれると助かるわ。


 イルファの急成長に恐れおののいたが、我らがルシアたんによって胃袋を支配された者達は裏切る可能性は低いと思われる。なぜなら、ルシアたんの作る食事には強烈な中毒性があり、あの食事が得られなくなると、廃人化してしまいかねないからだ。


 成長の確認を終えると、地面に転がっている素材を手分けして集める。【折れた矢】、【弓弦】、【砕けた骨】、【錆びた斧】、【錆びた剣】、【ボブゴブリンの心臓】、【魔結晶】、【白紙の魔術書】がドロップされていた。


 【白紙の魔術書】のドロップキターーーーーー!!! やばい、レアすぎる素材のドロップに手が震えちまう。【白紙の魔術書】は幾多のレア素材と中間素材を使用して完成するアイテムであり、同じ効果を持つ【白紙の羊皮紙】とは比べ物にならない呪文習得成功率100%という魔術師垂涎のレアアイテムなのだ。


 【白紙の魔術書】を拾い上げた手がカタカタと震える。


 大規模な魔王軍の城か、高位魔術師の館にしか置かれていないはずのレアアイテムが魔物からドロップするなんてありえねぇ……。修練のダンジョンウマー。それに一番LV低いはずのイルファがみんなに追いついているから、経験値も低LV者に優先配布される仕様か? どちらにせよ。クリアできるなら、これほど有難い場所はねえなぁ。


「ツクルにーはん、そろそろ一旦休憩にしはりませんか? お昼にビスケット焼いておきましたんやわぁ。一服つきましょうかぁ」


 素材を集め終えると、ルシアがピヨちゃんに積んでいたバッグから布に包まれたビスケットを取り出してきて、床に座り込んだみんなに配り始めていた。すでにこの修練のダンジョンに入ってかなりの時間が経過したようで、小腹が空いていたこともあり、皆が一斉にビスケットを頬張る。インベントリから水と木椀を取り出し、水分も補給するように促す。


「とりあえず、小休止だな。水分はしっかりと取るように! 脱水症状は十分な休息の取れない現状では危険だからね」


「美味か! 美味すぎる! ほのかな塩気と甘さ。それでいてサクサクとした触感は悪魔の味になっとる。止まらん。止まらんのぉ」


 皆、ルシアの配ったビスケットに夢中で俺の話なんか誰も聞いてはいなかった。


 ああぁ、俺の存在って……。


 ガックリとしたが、手に取って一枚のビスケットを口に含むと、残念な気持ちは一気に吹き飛んでいった。サクサクとした触感はもちろんあるが、それ以上に塩気と甘みのバランスが絶妙で戦闘で疲れた身体を癒してくれていた。


 あ、相変わらず。ルシアたんの作る物は何でもうめえなあぁ……。あ、やべ。これ止まらねえや。


 ルシアから受け取ったビスケットをバリボリと無心で喰い続け、腹が満たされると、皆一様に水分を取って休息を終えることにした。

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