第57話 修練のダンジョン

 畑仕事を終えると、昼食の時間となり、食後に今日の素材収集の先がルシアによって決定された。今回は、【冷蔵庫】を生成して欲しいというルシアのカワイイお願いを実現するために、北の鉱山地帯を越えて、大雪原まで足を延ばす。距離的にギリギリ往復できると思われるので、野営道具は持たずに、日帰り装備で出発することにした。


 家を出る際にイルファがトラウマを発動させたため、仕方なく俺がおんぶして庭園外まで連れていくハメになったが、背中には鎧からこぼれだしたおっぱいの感触を感じられたので、良しとすることにしておく。


 屋敷から一時間ほど歩き鉱山地帯を抜け、高原地帯に入った時に先行して魔物を探していたハチが変な祠と大きな穴を発見したと言って駆け戻ってきた。急いでその祠に行くと、体長二メートルはあるピヨちゃんでも、余裕で入れるほどの大きな地下への通路が口を開けていた。


「あら……こないなとこに地下ダンジョンが生成しはってますなぁ~。これをほうっておくとこの辺りが魔物だらけになると、街の人から聞いたことがありますわぁ~」


「アタシも知っとる。修練のダンジョンていう物らしいばい。なんでん、魔物がウジャウジャいる代わりにLVが上がりやすかとか、レアな素材が手に入るとか、入らないとか囁かれとる場所やったような」


 イルファの言葉を聞いて、クエスチョン頭の中にマークが浮かび上がる。『クリエイト・ワールド』には、【修練のダンジョン】なる物は存在しておらず、その世界を模したこの世界にそういった物が存在することに恐怖を覚えた。


 ……おいおい、この世界って『クリエイト・ワールド』を完全に模した世界じゃねえのかよ……確かに、所々ゲームとの差異が見られたけど、こんなバトルダンジョンみてえな迷宮が自然発生するのか。


 だが、目の前にポッカリと開いた地下への入り口を見ると、ゲーマーとしての血が騒いできてしまう。何しろビルドゲームにハマる前には〇ィザードリィとかのダンジョン系のゲームに手を出しており、結構やり込んだ記憶もあるのだ。そのため、目の前にポッカリと穴を開けた地下への階段に誘惑されそうになる。


「ちょっとだけ潜ってみようか? 少し寄り道して探索してみよう」


「え!? あ、あの、その、ツクルにーはんこの修練のダンジョンは……」


「大丈夫っ!! なんと言っても俺はビルダーだからっ! 大丈夫さ! さぁ、行こう」


 何やら口ごもっている皆を急かすように地下の階段を降りていった。


 ギギギ、バタンっ!!


 全員が地下に降り終えると、開いていいた入り口が扉のような物で締められて閉じ込められてしまった。


「へっ!? これって閉じ込められた?」


「そうですなぁ……修練のダンジョンは潜ると、ダンジョンの奥にいるマスターはんを退治しない限り、外に出られない仕様らしんやわ。うちも初めて入ったからどうやって、マスター判を倒して出はったらいいか分かりませんけど……」


「ツクル様? だ、大丈夫やなあ? ツクル様がおるけん、大丈夫やなあ? このまま、一生出れんなんてなかねぇ?」


「あたし達閉じ込められちゃったの?」


「ツクル様、とりあえず、落ちつこみゃーて」


 イルファもルシアも修練のダンジョンの存在自体は知っていたようだが、ダンジョン内には入ったことがなかったようで、オロオロとしている。


「とりあえず、イルファ、松明持って」


 インベントリから取り出した松明をイルファに手渡して光源を確保すると、元の入り口のあった場所に戻り、木槌で叩くことにした。


 ドンッ!!


 だが、素材化するはずの壁は白い靄に跳ね返されて変化を見せなかった。


 おいおい、マジかっ!! ビルダーの木槌を無効化されるのかよ……。やべえ、本格的にやべえよ。ルシアが言っていたように、マスターを倒さない限り出れないという事に間違いはなさそうだな。


 自分達の状況を把握したことで、焦りが募るかと思ったが、幸い食料もあるし、回復薬もある程度あり、敵さえ強くなければそこまでビビる可能性はないと思われる。


 とりあえず、みんなの元に戻ると作業台での生成ができるかどうかだけを確認するために、予備で持ち歩いていた【鉄の作業台】で【鉄の剣】を生成してみる。


 ボフッ!


 作業台の上に鉄の剣がちゃんと生成されていた。


「あらまぁ、ビルダーの力はちゃんと発動しはるんやね」


「そうらしいね。とりあえず、現状を確認すると、俺達はこの修練のダンジョンに閉じ込められたようだ。もしかしたら、俺も初めて入ったから超強い敵がウジャウジャと待ち受けているかもしれない。でも、諦めるな。なんとしてもダンジョンマスターを退治して地上に戻るぞっ!!」


 悲壮な決意をして、地上に帰ると宣言したが、ルシアが申し訳なさそうな顔でこちらを見ると、ボソリと呟いた。


「ツクルにーはん。ホンマに言い忘れて悪かってんけど、地上の祠には『LV1~5』って書いてありましたわぁ。そやから、そないに強い敵は出てきーひんと思いますわ」


 ルシアの言葉に一同の眼がジト目になって俺を貫く。


 だって、初めてなんだもん。知らなかっただけじゃないか。けしてビビらせるつもりはなかったのだよ。


「うぉほん、そうらしいので、皆気楽に行こう! よし、先頭はハチと俺、真ん中にルリとピヨちゃんとルシア、最後尾はイルファで行くぞ。光源は俺とイルファが持つ。ハチは魔物の匂いがしたら俺に教えろ」


「合点承知の助っ!! 任せてちょーでゃあ!!」


「最後尾はお任せば、ルシア様は命に代えてんお守りするばい」


 隊列を整えると第一階層の通路を奥に進んでいった。通路は幅が三メートルほどあり、上も高かったので窮屈さを感じさせなく黒く綺麗に化粧された石壁がずっと続いていた。


「ツクル様、前から魔物の匂いがするがね。この匂いは多分、スラッジスライムだわ」


 ハチが警告を行うと、みんなが武器を構えて臨戦態勢に入る。しばらく、歩を進めると前方でウネウネと蠢く、スラッジスライムの集団が見えた。数は五~六体だ。すでに戦ったことのある魔物であったので、みんなが即座に動いて魔物の殲滅に入る。


 ルシアの炎の矢とルリの氷の息が先制攻撃で先頭のスラッジスライムを楽に倒していく。そこへ槍を持ったイルファが踊り込むと、手にした槍を振るってスラッジスライムを絶命させていく。LVこそ1だが槍さばきは一端の戦士に見える鮮やかさだった。


「アタシはルシア様ば守るために強うならにゃんのばい。わるかばってん、アタシの糧となってもらうけんね」


 残りのスラッジスライムを退治したところで、イルファが光の粒子包まれていった。ルシアが言ったとおり、この修練のダンジョンは魔物から得られる経験値がかなり多いようだ。素材化した【油脂】の他に【魔結晶】も混じっていた。


 この【魔結晶】は転移ゲートを動かすためや呪文書を作成するための祭壇を作るのに膨大に消費する素材であり、魔王軍の砦や城にいる無機生物を倒す手に入る物でこんな序盤で手に入るアイテムではなかった。


「【魔結晶】なんかスラッジスライムがドロップするのか……すげえな修練のダンジョン」


 修練のダンジョンの凄さに感心しているとハチが更なる警告を発した。


「また。新手がくるんだわっ!! 今度は嗅いだことがない匂いだがね」


 ハチの警告にすぐさま戦闘態勢に入る。続いて現れたのは、体長一メートルほどのオオカミ達の集団だった。素早く走りこまれ、先制攻撃で数を減らすことができなかった。


「焦る事は無い。ただのオオカミだ。牙と爪しか攻撃手段はない。慌てずに一匹ずつ倒すんだ」


 するりと隊列の中に浸透してきたことで、ルリやルシアの魔術が使えなくなったが、ルリは鉄鎖を器用に振り回して近寄らせず、ルシアに近づいたオオカミはピヨちゃんの嘴の餌食となって倒されていた。浸透してきたオオカミを鉄の剣で突き刺し、撃退する。さすがにそこまで強い魔物ではないので、皆焦らずに処理をしていく。


 突撃してきたオオカミを一掃すると、【オオカミの牙】、【オオカミの毛皮】、【魔結晶】が床にドロップしていた。オオカミを貫いたイルファが再び光の粒子に包まれてLVアップしていた。


「また、LVアップばしてしもうたようやなあ。なんていう場所やろうか。この修練のダンジョンは凄か場所やなあ」


「確かに地上で戦うよりも格段にLVアップが早い上に、レア素材の【魔結晶】までドロップするなんて特典付きだと思うと、凄いお得な場所だ」


 修練のダンジョンは装備と道具が揃っていれば、地上で魔物討伐をするより遥かに効率の良いLV上げと素材集めができる場所であった。


 こんなぼろ儲けできる場所があるとは、そこが知れない世界だな……もしかしたら、『クリエイト・ワールド』よりも面白い世界かも知れないぞ。


 女神によって転生したこの世界で、自らの知識に無いことを発見したことに、やり込みゲーマーとしてのプライドをくすぐられた俺はダンジョンを更に奥へ向かって進んでいくことにした。

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