第53話 温泉の素?
作業スペースに移動すると、本日の遠征の目的であった温水を作り出す装置である【火山石】を生成することにした。とりあえず、【火結晶】はたくさん拾えているので、作業台のメニューから【溶岩燃料】を選ぶ。
【溶岩燃料】……溶岩の熱量を使い熱源とするもの。 消費素材 石英:2 鉄のインゴット:2 溶岩:2
ボフッ!
赤い水筒のような筒が作業台の上に飛び出していた。この【溶岩燃料】は熱源として持ち運べ、屋敷の暖房や、引き込んでいる炊事場の水も温水化できるので、冬場に冷たい水仕事をさせなくて済むようになる便利アイテムであった。消耗品であるため、熱源が無くなれば新たに生成しなければならないが、今回しっかりとバケツで汲み上げて【溶岩】をストックしてきているのでしばらくは大丈夫だった。
「さて、あとはこの【溶岩燃料】を使って【火山石】を作れば……グフフ、我が野望は成就せり、グフフ、グフフ」
一刻も早く装置を作り出したい一心で、作業台のメニューから【火山石】を選択する。
【火山石】……冷水を温泉に変化させ効能を付与することができるようになる。 効能:疲労回復(HP回復効果上昇) 消費素材 火結晶:10 鉄のインゴット:2 硫黄:4 溶岩燃料:1
ボフッ!
1メートル四方の赤い正方形ブロックが生成されて作業台の上に現れる。念願の混浴露天風呂を完成させるための重要パーツであり、これが完成したことにより作戦の発動が可能な状態に突入したことの証明であった。
こ、これで、ルシアたんとしっぽり混浴露天風呂イベントが起こせるようになったぜ。グフフ、グフ、グフフ。
嬉しさの余りおもわず完成した【火山石】を愛おしく撫で回してしまった。
カラン、カラ、カラ、カラン。
【火山石】を撫で回していると、作業スペースへの入り口付近で物が落ちる音がした。振り返って入り口を見ると、床に飲み物をこぼしたイルファが『見てはいけない物を見てしまった』とでも言いたそうな顔で固まっていた。
「ゲフン、ゲフン。イルファ君、ちょっとこちらへ来たまえ」
とりわけ冷静さを保ち、驚いた顔で固まっているイルファを手招きする。手招きに気付いたイルファがぎこちない動きで扉を閉めると、油の切れた自動人形のようにゆっくりと近づいてくる。
「今見ていたことは、他言無用で頼むよ。賢い君なら、喋るとどんな結末が待っているか分かるよね?」
長く手入れの行き届いたイルファの黒髪を手で梳いていく。恐怖の表情を顔に貼り付けたイルファは震えながら頷く。
「は、はひぃ! 今見たことは誰にも言いまっせん! ツクル様が石ば撫で回して、はぁはぁしていただなんて、口が裂けてん言いまっせんけん、ご安心ば!! そ、それと髪ば梳くのはやめてもらえんやろうか。その、なんか変な気分になってきてしまうけん。それに……あぁ、あぅん」
「理解の早い子は好きだぞ。それと、イルファの髪を梳くのは俺の楽しみとして認定された。毎日、俺に髪を梳かせるように。いいね」
しっとりと艶のあるイルファの黒髪を梳いていると、なんだか心が落ち着くので、イルファには悪いが問答無用で俺の癒し効果を優先させて貰うことにした。
「ツクル様!? 勘弁してくれん。あぅん、そぎゃん梳いてしまいてはいけんわ。あぁ、自分でやるっけん。男の人に髪ば梳いてもらうていうんな……
恐怖で震えているのか、気持ち良くて震えているのか分からないが、イルファの髪の毛を梳いているとなんだかちょっとだけイケナイことをしている気が起きてきてしまう。
……そーいや、ルシアたんの狐耳を触るのは婚約の印だったよな……だったよな? ……だったよね? ……あれ、これってまずいパターンかも……焦るな、俺。妖狐族と竜人族が同じしきたりとは限らないはずだ。そうだ、そうに違いない。
ルシアの件を思い出してイルファの長い黒髪を梳いている手が震え始めた。
「ツクル様? どうしたと?」
「い、いや、つかぬ事を尋ねるが、竜人族には女性の髪を梳くと婚約を申し出るという風習はないよね? ね?」
「……は、はい。そぎゃん風習は竜人族にはなか。……ばってん……その……女性の髪ば梳くていう行為は……」
蒼白だったイルファの顔がいつの間にか赤く火照って、膨大な熱量を発し始める。心なしか、目元も潤んでいるようだ。
「髪を梳く行為は……?」
「貴方のことば終生の連れ合いと認めたけん、今後一切、他の異性には触れさせんていうことば宣言したことになるんばい。ツクル様……そんなことをされたらアタシ、もっと逃げられんけん、どうしよか?」
ファ、ファッーーーーーーーー!! やってしもうたぁ!! また、このパターンだよっ!! 今度は最強生物の竜人族に『お前は俺の嫁な』宣言してしまったじゃんかぁ!! ちが、違う!!! みんな違うんだ!!! 銃を向けないでくれ!! 『リア充死ね』とか言うの冗談に聞こえないからやめなさい!! こら! そこっ! 『ルシアたんに謝れ!!』とかいうプラカード上げない!! 誤解だ!! 俺は今でもルシアたんLOVEなんだ!! ルシアたんファンクラブ会員NO1は伊達じゃない、今回の件は事故だ、事故!!
イルファの告白により黒髪を弄んでいた指が硬直する。つまり、俺はイルファに『嫁にするから他の男とイチャつくなよ』と申し渡してしまったらしい。非常にまずい事態だ。これってつまり婚約と同意義だよね……。
「……マジで?」
あんぐりと開いた俺の口を不思議そうに見たイルファがコクコクと頷いている。
「……はい」
イルファが両手で顔を覆って恥ずかしがっていた。時より、俺の胸をポカポカと叩いてきたりもしている。
どうしてこうなった……いや、そもそも俺にはルシアたんという運命の赤い糸でぶっとく結ばれた恋人がいるのだ。イルファには悪いが今回の件は事故ということでなかったことにしてもらおう。
「ツクル様……ちゃんと分かっとる。ツクル様にはルシア様がいらっしゃるもんね。捕らわれて、連れてこられたアタシは二号しゃんってことやなあ。……よかよ。ルシア様が正妻しゃんなら、アタシは二号しゃんでも我慢できっけん」
イルファが急にしおらしくなって俺の胸元に抱きついてきた。大きく柔らかい胸が押し当てられて何ともいいようのない感触が拡がる。
ファッーーーーーーーーーーーーーー!! イルファたんっ!!! こんなのダメだよーーーーー!!! 俺にはルシアたんというソウルメイトがいるんだっ!!! 君の気持はありがたいがそういった関係になるわけにはいかないのだよーーー!!
抱きついてきたイルファのおかげで、混乱した俺は足を滑らせて尻もちをついてしまう。馬乗りになったイルファの顔は肉食獣のそれと同じように獲物となった俺を見て舌なめずりをしていた。
食べられちゃう!! ルシアたんに捧げたこの身体が食べられちゃうのぉおぉ!! ラメェエ!!
イルファの大きなおっぱいが俺の視線を遮るように覆いかぶさってくる。ルシアとはまた違った匂いだったが、イルファの放つ匂いもけして俺に不快感を与える匂いではなかった。
ズビシュ!!
イルファの圧力に負けて身体を許してしまいそうだった俺に、何か固い物を貫く音がしていた。わっせ、わっせとイルファのおっぱいをどけて顔を出すと後頭部から煙を出してイルファが気絶している。見ると、ピヨちゃんが羽を腰に当てて『エッチなのは無しなのっ!!』と怒ったような態度をしていた。
「痛かー、後頭部がズキズキするばい。何が起きたんかしら。あれ? アタシ何しとったっけ。そうだ、ツクル様がアタシば二号さ……」
ズビシュ!!
記憶を取り戻そうとしたイルファの後頭部に再びピヨちゃんの会心の一撃が下る。鈍い音と共にイルファの後頭部から煙が上がっていた。
アレ痛いんだよな……でも、ピヨちゃん、グッジョブ。君を我が家の風紀委員長として任命しよう。風紀の乱れを感じたら容赦なくやってくれたまえ。
後頭部を抑えて悶えているイルファを横目にピヨちゃんに親指を立てた。
「あぅうう! なんでピヨちゃんなアタシばつつくん? アタシは……あれ? ツクル様、なんでこぎゃんところにおっと?」
「つまりは俺がイルファの黒髪を梳くのは精神安定の癒しのためだということだよ。オッケー? よろしいか? いいよね?」
「あっ、はい……」
ピヨちゃんの一撃で記憶が混乱していたイルファの隙を突いて、髪を梳く許可だけ無理矢理承諾させた。二号さん云々の話はとても危険なので、髪を梳かせてもらい精神安定さえ得らればよいのだと自分の都合をイルファに押し付けることに成功した。
すまんな……ルシアたんより先にイルファに会っていれば、君に応えてあげることもできたが……今の俺はルシアたん一筋。すまん、本当にすまんな……。
ちょっとだけたんこぶになっているイルファの後頭部をさすってやった。こうして、何とか二号さんを獲得することを回避した俺は完成した【火山石】を設置しに行くことにした。
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