第52話 悪魔的スイーツ
「お待ちどうさんでした~。本日のメニューは苔猪豚のチジミと大豆入りハーブオイルサラダどす。デザートは豆乳プリンを作りましたんで楽しみにしておいてや~。ぎょーさん拵えたさかい、遠慮せんと食べはってね」
大皿に盛られたチジミとサラダがドンと食卓の上に置かれていく。ぽやっとしていたイルファに視線を送ると、取り分けるように無言で指示を飛ばす。
「ああ!? ルシア様、そぎゃんことはアタシがやるけん、ルシア様は席についてお待ちくれん。さぁ、早う席にどうぞ」
「そ、そうどうすか? お客はんにこないなことをさせるのは心苦しいのどすがぁ……」
「是非、やらせてくれん。アタシのことはルシア様の下僕と思うてもろうて大丈夫やけん、何でん申し付けて下さい。命ば助けてもらえたお礼て思うて、アタシに何でん頼んでくれん」
「そうどすかぁ、なら取り分けはイルファはんにお願いすることにしましょうか」
ルシアが取り分けをイルファに頼むと、自分の席に座った。仕事を与えられたイルファは思った以上に不器用な手つきで食事を取り分けていくが、何とかルシアの料理をぶちまけるという大惨事を起こさずにミッションを遂行することに成功していた。完全に成功したかと思われたが、一つだけ彼女はミスを犯していた。
「イルファ、自分の分は取り分けないのか?」
俺の言葉にイルファの顔にクエスチョンマークが浮かんでいる。
「い、いえ。アタシが皆しゃんと一緒に食事ばするわけにはいかんけん、後で残り物ば分けてもらえれば結構ばい。生かしてもらえるだけの食事ば頂ければ、それ以上は望みまっせんけん」
イルファの言葉にルシアがガタンと席を立って厨房から、追加の食事をもってくる。
「イルファはん、ツクルにーはんのお家では食卓に集う方は皆一様に同じ食事を共にしはるのがルールです。それを破りはったらいけまへん」
ルシアの強い言葉にイルファがビクリと肩を竦める。俺が与えてトラウマでイルファはかなり卑屈になっているようだ。
「ばってん、アタシのような者が……」
「イルファ、ルシアの言う通り、この家は皆同じ飯を共にするのがルールだ。ルールには従うように」
イルファは俺とルシアに諭されると席に着いた。
「では、今日も美味しい夕食を作ってくれたルシアに感謝を!! いただきます!!!」
「「「「いただきます」」」」
ルシアへの感謝の祈りを終えると、皆が凄い勢いで出された夕食を食べ始めた。イルファもみんなが食事を口にしたのを見ると、空腹には勝てなかったようで、取り分けられた小皿のチヂミを箸で口に運んでいた。
ゆっくりと咀嚼して、味わっているようで、嚥下を終えるとこれからの生活に向けて不安が滲み出ていた顔がぱぁぁっと明るく輝いた。
「美味か、美味すぎるばい!! このご飯は何でこぎゃんうまかと。今までアタシが食べてきた食事って
新しくチジミを口内に放り込んだイルファが、ほっぺに手を当てて、感動の涙を流していた。
まぁ、順当な反応だな。この世界の料理はルシアの料理しか食っていないが、これが通常レベルの食事ではないことだけは、バカ舌の俺にでも理解できる。
イルファが涙で濡れた眼を俺の方に向けていた。
「ツクル様ぁ!! こぎゃんうまか食事ば毎日頂いてんよかんやか? アタシの家もそれなりのお金持ちやったばってん、こぎゃんうまか料理ば食べたことなんてなかよ。ああ、いかん。堕ちる。堕ちてしまう」
「毎日だな。我が家の料理長はルシアだから、必然と毎日ルシアの料理が提供されることになる」
「ま、毎日! ……この料理が毎日……やったら、砦に帰ってイラナイ子扱いされる日々より、このお家で下働きしてうまか料理ば食べさせてもろうとった方が断然にお得な気がするわ」
捕らえられて監禁されるハメになったイルファも、一口でルシアの料理に心を奪われてしまい、虜になっている様子だった。
ルシアたんの料理マジでやべぇ……変な薬とか入れてないよね。一口で胃袋鷲掴みだよ。
イルファの即堕ちを見せつけられたことで、俺の腹もキュウっと鳴く。我慢ができなくなったので、取り分けられたチジミを勢いよく口内に放り込み、ムシャムシャと咀嚼していくと、塩、胡椒で味付けされた豚の肉から甘い脂が飛び出し、シャキシャキとしたニラと玉ねぎからの甘さも加わり、カリっと焼けた生地が香ばしさをプラスして食欲を引き立たせてくれていた。
甘えぇ……けど、しつこい甘さじゃない。むしろ、もっと食べたくなる甘しょっぱさ……。粉モンは太るんだよ……絶対にこんな美味しい物喰い続けていたら絶対にデブる。
皿に盛られたチジミを次々に口内に放り込み、咀嚼すると、後味を惜しむように胃に落としていく。
次は大豆入りハーブオイルサラダに箸を進めることにした。サラダはさつまいもと蒸した大豆に、エゴマから抽出したエゴマオイルをベースにニンニクやバジルを混ぜたドレッシングがかけられている。
多少、エゴマオイルの生臭さをカリっと揚げたニンニクチップが消して、バジルとも一体感を出した絶妙のドレッシングが甘いさつまいもと大豆のサラダにかけられていて、箸を止めさせようとはさせてくれずに一気に食べきってしまった。
止まらねえぇ、デブ街道まっしぐらじゃねえか……ルシアたん、俺、このままじゃ、おデブちゃんになってしまうのだよ。ああぁ、でも美味い……。
ルシアの愛情がたっぷりと詰まった食事を残す訳にもいかず、腹がはち切れるくらいまで食べてしまっていた。
「相変わらず、ルシア様のご飯は美味すぎるわ。食べ過ぎてみゃーが……腹ぱんぱんだがね」
ハチの腹がデブ犬のように大きく膨らんで地面を摺りそうになっている。ルリもお腹いっぱい食べたようで床に横になって座っていた。
「ゲプ。失礼。あたしもこんなに食べて大丈夫かしら……絶対におデブちゃんになっちゃうわよね」
「ル、ルリちゃんならぽっちゃりしてもカワイイで大丈夫だがや。おいらはぽっちゃりしたルリちゃんも好きだでな」
取り分けられた食事を終えたルシアがかまどから、何かを取り出してきていた。砂糖の焦げた匂いが室内に拡がる。横になって倒れていたルリがガバッと立ち上がると、ルシアの元に駆け寄っていった。
「ルシアさん、それ私の仕事ですよね。氷の息いります? ふぅ、ふぅ、これくらい?」
すでにルリの尻尾がブンブンと振られて、めちゃめちゃ喜んでいるのを表現していた。
ルリよ。お前はさきほどまでたらふく夕飯を食って腹いっぱいになっていたはずだろう。女子のスイーツは別腹を体現するとは……恐ろしい子。
ルリが吹いた氷の息でほどよく粗熱が取れた豆乳プリンが食卓に並べられる。しかし、ルシアの作る量は半端なく多かった。バケツとまでは言わないまでも大きなボウルにタップリの豆乳プリンが完成していた。
「ツクル様、ルシア様、こりゃ何ていう食べ物なんか? アタシ見たことも食べた事もなか物ばいけど?」
「豆乳プリンさ。甘くておいしいぜ」
「そうなの。スイーツは別腹なのっ! ルシアさん、早く食べたいっ!!」
「ルリちゃん、ルリちゃん、行儀わるいがや」
どうも、甘い物が大好きなルリがルシアの近くをウロウロと歩き回っては、テーブルに前脚をかけて、豆乳プリンを待ち望んでいた。
「ふぅ、さぁ、召し上がりなはれ~」
小分けされた豆乳プリンをそれぞれが口に運んでいく。恐る恐る初めての豆乳プリンを口に入れたイルファの眼からブワッと涙が溢れ出して机に崩れ落ちていった。
「天国のお父しゃん、お母しゃん。アタシは砦で苛められてん頑張ろうて思うたが、もう限界ばい。この悪魔的なスイーツば食べさせられたら、ここから逃げ出そうなんて気が全く起きんくなった。ルシア様の料理は美味うて、美味うて……この味ば知ってしもうた身体では別の料理では満足できんのや。
机に倒れ伏していたイルファが、急にガタンと立ち上がると木のスプーンを握り締めて天井に向かってブツブツと喋り出していた。
あー……ちょっと、追い込みすぎたかな……大丈夫だろうか。イルファは竜人族だから、穏便に済ませたいが……。
「イルファ君。食事中はあまり騒がないで静かに食べるように」
「あっ!? こりゃ失礼した。余りにうまかったけん我慢できまっせんやった」
イルファが平謝りすると、食卓のみんなから笑い声があがる。どうやら、みんなもイルファのことは気に入ってくれたようだ。とりあえず、紆余曲折あったけれども新たな屋敷の住人として竜人族のイルファが住むことが決定した瞬間だった。
……ヘルハウンド、フェンリル、コカトリス……それにドラゴンになれる竜人族まで住み着いたこの屋敷は、絶対に普通の人が見たら魔王城と言われるんだろうな。
そんなことを思いながら甘さが疲れた身体に染み渡る豆乳プリンに舌鼓を打っていた。
揃える気はなかったけど、揃っちゃったよ魔物四天王……とりあえず、カッコイイ厨二ネームでも付けてやるか……氷狼鉄鎖ルリ、黒爪魔犬ハチ、羽毛蛇鶏ピヨちゃん、おっぱいお化けイルファってなんか最後の二つは違うな。ないわー。
食後ぼんやりと椅子に座りながら、魔物四天王の厨二ネームを考えながら、洗い物をしているイルファとルシアの後ろ姿を眺めていた。身長はイルファの方が断然高いが、共に女性らしい身体のラインを存分に見せつけて、目を楽しませてくれている。
すでにハチとルリは自室に籠り、イチャイチャしながら、火山地帯でルリが約束したようにハチの毛繕いをしてあげており、ハチの情けない鳴き声が部屋から漏れ聞こえてきていたが、生暖かくスルーしてやることにした。
二人とも美味しい夕食を食べたことで、機嫌が良いらしく、ルシアはフサフサの尻尾をゆらし、イルファは安産型の桃のようなお尻を揺らして鼻歌が漏れていた。
このまま、ずっと見ていたいが、寝るまでに秘密兵器を制作しておかねばならなかったので、苦渋の決断を下して作業スペースに籠ることにした。
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