第50話 死の接吻
「ふ、ふぇ!? ぬし何しとっと。あっ、痛か、きつう縛り過ぎ。そうじゃなくて、何でアタシば縛っとるんさ。悪かばってん、ぬしと遊んでいる暇はなかんで、早う外してくれ」
「あー、悪い、悪い。申し訳ないが君をこのまま解放するわけにはいなかいんだ。どうやら、君は我が家に潜り込もうとした盗人らしいからね。家主としては許すつもりはないのだよ」
縛られたおっぱいが窮屈そうにしているが、視線を合わせないようになるべく、冷酷な声でイルファを脅していく。俺があの屋敷の主人だと知ったイルファは顔色を蒼白に変え、カチカチと歯を鳴らし震え始めていた。
「ちがう!! 違うんばい。ゴブリンとコボルトの奴らが勝手に押し入ろうとしただけで、アタシはちゃんとやめろと指示ば出したんや。ばってん、あいつらはアタシの言葉ば無視して勝手に攻めて、勝手に死んでいった。アタシは無関係や。お願いや。殺しゃんで。この屋敷のことは黙っとるけん、お願いばい」
縛られたイルファが腰を抜かして、地面を座り込んでしまい、ズリズリと尻を引きずりながら後ずさりを始めていた。
「ほほぅ……指揮官であろう君が死んだ部下達に罪を擦り付けて言い逃れをしようというのかい……まぁ、どちらにしても部下のしたことは君の責任でもある。ところで、君は随分といい身体をしているようだね」
怯えるイルファが更に恐怖を感じるように、感情を削ぎ落した平板な声音と冷たい視線をイルファの身体に送り込む。視線の先を感じ取ったイルファが身を捩って視線から逃れようとしていた。
「嫌や、お願いやけん、助けてくれん。見逃してくれれば、実家から大金ば贈るけん。お願い、お願いする。この屋敷のことは記憶の中から消去するけん、解放してくれん!!」
「それは、もう無理だよ。君は我が屋敷を見てしまった。見られたからには我が屋敷の牢獄に死ぬまで繋いでおくか、この場で死ぬかの二者択一しかないのだよ。運が無かったと思い諦めるのだな」
「そぎゃん馬鹿な! そぎゃんのは嫌ばい! 解放しなっせ。アタシが集落に帰らんば砦から視察団が送り込まれて、結局ココが見つかってしまうだけやわ。今、うちば解放すりゃ、何もなかったと報告してぬしとは協力関係ば築ける。そうすりゃアタシの権限で匿うてやる。どうだ、そぎゃん悪か話やなかやろう」
イルファは必至で俺からの助命を引き出そうとしているが、『クリエイト・ワールド』のゲーム知識からすれば、魔王軍リモート・プレース方面軍、ラストサン砦の設定は、魔王軍一の僻地の砦で通称『島流し』部署であると書かれた攻略記事が掲載されていた記憶がある。つまり、イルファは何かしらの大失態を犯して僻地勤務に飛ばされた士官であり、魔王軍の中でもさして重要ポストにいる士官ではないのだ。
そうなれば、問題児の吹き溜まりであるラストサン砦の面々が、失踪者を真面目に探すとは思われず、逆にイルファを解放した方が襲われる可能性が高くなってしまう。
「近頃、人肌恋しくなってきてね。夜の添い寝をしてくれる者を探していたのだよ。ちょうどいい拾い物をした」
「
縛られたままジタバタを暴れおっぱいを揺らすイルファを一旦、木に縛り付けると、括り縄の仕掛けを次々に再セットしていく。
「鬼ー、悪魔ー、この色情狂ー! アタシばどうするつもりなんさ。牢屋に囲うて、夜な夜なエッチなことなんかしたらいけんのばい。アタシはこう見えてん、竜化しきる竜人族なんやけんね。竜化したら、ぬしなんか一瞬で消し炭になるんやけんねっ!!」
罠の再セットをしていた俺の耳に聞こえてはイケナイ単語が飛び込んできていた。その単語とは『竜人族』という単語である。
ファッ!? イルファって竜人族……?
視線の先をスライムのようにむにょむにょと動く胸元ではなく、イルファの首に辺りに持っていく、男性だとのどぼとけが浮き出るくらいの場所に、黒い逆さの鱗が一つだけポツンと生えていた。
ファッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!! マジかぁ!! この鱗ってマジで竜人族かよっ!!! やべぇよ、やべえよ。俺、あかん奴を捕獲して木に縛り付けてしまった!!
イルファが言った『竜人族』はラスボスである魔王に一番近い眷族で、魔王もこの竜人族の出であったはずだった。普段は人の姿をしているが、一定条件で竜化し、竜になると膨大な戦闘力を得る種族であった。『クリエイト・ワールド』に出てくる魔物ではLV90を超える最強の魔物である。
マジかぁ! この女が竜化すると今の俺じゃ、絶対に手が終えねぇ……やべえよ。やばいの捕まえちゃったよ。どうする。どうしよう。
イルファが竜人族だと知って内心の焦りを押し隠しながらも対策を考えるのに苦慮をしていた。
「はぅう!! 実は竜人族って言うたばってん。アタシは落ちこぼれで、竜化できんけん、コネで魔王様の給仕係にしてもろうただけで、そこでもドジって、こぎゃん辺境まで流されてしもうた可哀想な子なんや。やけんお願いする。殺しゃんで、ぬしの作った罠は極悪と。あぎゃん罠で殺されるのだけは勘弁してほしか。なんでん言うことは聞く。夜の添い寝ばせれて言われたら、ちゃんとするけん。お願いやけん。殺すんだけは勘弁してくれん」
恐怖のあまり腰が抜けて号泣しているイルファが、自分が落ちこぼれのドジっ子だと暴露して助命嘆願をしてきていた。俺の仕掛けた罠が彼女に相当のトラウマを与えたようで最強魔物である竜人族であるイルファを恐怖のどん底に落とし込んでいたようだ。
……俺に恐怖しているだと……ならば、何とか言いくるめて穏便に洗脳し……おっと、いけない……どうも思考がブラックな方へ流れていったようだ。だが、彼女の恐怖心を利用して危ない橋を渡り切ってしまおう。
俺は木に縛り付けられているイルファの肩にポンと手を置く。そして、余裕たっぷりの顔で彼女の耳元に囁いた。
「その言葉に間違いはないんだな。イルファ、お前は俺の物でいいんだな」
「よか。アタシも竜人族の端くれ、殺しゃんでくれるなら約束は必ず守る。やけん、お願い……おねがいばい」
死の恐怖と対峙してガクガクと足を震わせているイルファの顎をクイっと持上げて、俺の方を向かせる。
「分かった。助けてやる。お前の主人となる俺の名はツクルだ。今後はツクル様と呼べ。イルファの生殺与奪の権限は俺がすべて握っている。あの屋敷から逃げ出そうとすれば、ゴブリンやコボルト達の二の舞になると思え」
落ちこぼれとはいえ、相手は最強魔物である竜人族である。平静を装ってイルファを脅している俺自身も実際は足がカクカクと震えて、心の中ではイルファが怒り狂って竜化しないかとヒヤヒヤものであった。
「は、はい。ツクル様の下僕としてお仕えするけん、惨たらしゅう殺すんだけは勘弁してくれん。ちゃんと、ご奉仕するけん」
イルファが赤い瞳からポロポロと大粒の涙を流して、泣いているのを見たら、かなり心の奥がチクチクと痛んできてしまった。
こんなに怖がらせる気はなかったが……すまん、こちらも精一杯の虚勢を張っただけだ……実は俺も君がすげぇ怖い……だけど、あと一歩だけ強く押させてもらうよ。
俺はイルファに近づくと、泣きじゃくるイルファの額に軽くキスをした。
「ふ、ふえぇえぇ!? 何ばしとっと!? あ、アタシに何ばしたと? えっ? えっ? 何? 何と?」
「今の口づけはイルファが俺に無許可で敷地外に出たら、即座に罠が発動する魔術をかけさせてもらった。死にたくないなら、無許可で外に出ないことだね。死にたいなら出てもいいけど」
イルファに対して最後の呪いをかける。これによって俺のトラップ地獄のトラウマを植え付けられたイルファは、俺の許可なしに屋敷の外に一歩たりとも踏み出せなくなるだろう。彼女にとってはかなり不憫な結果となったが、俺とルシアの生活を考えると必要な犠牲だと割り切ってやった。
俺は聖人君子でも、善人でもない。ルシアと共にゆったりとこの地を創り変えていく生活を乱されたくないんだ。そのためなら、ワガママだと言われようが、鬼と言われようが、悪魔だと罵られようが甘んじて受け止める。
「ひぐぅう!! なんていうえげつなか呪いばかけてくれたんばい。アタシ、一生ツクル様のお屋敷で過ごさんば生きていけんの……ああ、天国のお母しゃん、お父しゃんごめんね。アタシ、ここで一生暮らす事になってしもうた。立派な竜人族になるって決めとったばってん、無理みたい……」
泣き叫ぶイルファを木に縛った縄を解くと、肩に担いで我が家に帰ることにした。担いで歩いている最中も、イルファの大きな胸がぽにょん、ぽにょんと背中に当たり何とも言えない感触を背中に送り込んで来ていた。
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