第39話 ほっこり夕食
ルシアの腕が存分に発揮された夕食が完成し、ルリとハチもダイニングテーブルの方にやってきた。
「ルリちゃん、今日の晩御飯はなんだろみゃー。おいら、さっきから漂っとる匂いでお腹が鳴って止まらんのだわ」
「この匂いはきっと、あたし達がいっぱい狩った羊肉を使った料理だと思うの」
自室でイチャイチャタイムを楽しんでいたルリとハチは、夕食メニューが何か想像しているようでソワソワとしていた。
さすがに俺も【絞り器】を作って欲しいと言われるとは思わなかったが……ルシアたん、マジでプロ級の腕の持ち主や……。
燭台の制作後、ルシアの調理姿を見ていたら、ルシアから『ソーセージを作りたいさかい絞り器って作れるのんどすかぁ~?』と聞かれ、作業台のメニューの中に【絞り器】があった時には驚愕を覚えた。
『クリエイト・ワールド』では何千、何万の道具や素材があるとの触れ込みだったが、社畜しながらのゲーム攻略であったため、進行上必要ない道具は、クリア後にやり込もうと思い見もしていなかった。なので『クリエイト・ワールド』の世界を模したこの世界で作業台のメニューに並ぶ調理系の道具の中から【絞り器】を見つけるのに苦労した。
しかし、ちゃんと革で作られた【絞り器】はあったので、生成してルシアに渡してあげたのであった。
「本日の夕食メニューは、ハーブ入りラムソーセージのマッシュポテト添えと、ラム肉タップリの肉スープです。スープは熱いさかい気ぃ付けとくれやす~」
個人用の木皿に山盛りに積まれたラム肉のソーセージとマッシュポテト、木椀に注がれた汁ものにはラム肉とネギの輪切りと玉ねぎが浮かんでいた。
「うわぁああ! 御馳走だ。ルリちゃん、どえらい御馳走だで」
「あたしの予想は当たっていたみたいね。あれだけ一生懸命に羊を狩ったんだもの。はぁーいい匂いがするわ」
ハチとルリはルシアの作ったラム肉料理の匂いを嗅いで、涎が我慢できずに地面に垂れていた。俺もルシアに教えられて知ったのだが、ラム肉とは若い子羊の肉のことで、大人の羊の肉はマトン肉というらしい。
マトン肉はラム肉に比べて独特な匂いがきつく、癖のある食材だとルシアも言っていた。
転生前に俺が食べたことのあるジンギスカンは、どうもマトン肉を焼いた物だったようで、あの独特の匂いがするのかとも思ったが、ルシアが作った料理からは独特の匂いが漂ってこなかった。
「美味そうなソーセージだろ。作っている間、見ているのが辛かったんだ。味わって食べような」
「わ、わかっとりゃーす。こんな御馳走は味わんともったいにゃーすからな」
ルリもハチもソーセージや汁物から放たれる匂いに食欲が刺激されて、我慢の限界を迎えようとしていた。
「ほな、いただきまひょか」
「「「頂きますっ!!」」」
ルシアの号令で『いただきます』をすると、木のフォークでソーセージをプチッと突き刺す。中に閉じ込められていた肉汁がブシュと飛び出してきているソーセージを口内に誘導して咀嚼する。
咀嚼していくと牛肉の脂より淡白だけど、ラム肉の独特な脂の風味を堪能することができ、最後にスーッとする後味が舌の上を通り抜けていった。
……これは、癖になるかも……牛肉の濃厚な脂も好きだが、ラム肉の脂はまた違った味がする……それに、ハーブ入りと言っていたけど、この清涼感はミントだろうか……。
ルシアの作ったソーセージに舌鼓を打ちながら、調味料を考えるのが、昨今の俺のマイブームである。
二本目のラム肉の脂が通り過ぎた後、舌の上をリセットしてくれる清涼感の存在を考えていた。ミントとはハッカとも呼ばれ、葉に爽快味および冷涼感を与えるメントールが富むハーブで、料理、カクテル、菓子、薬用酒、精油、香料などの材料となる万能素材だった。
「ルシア、このソーセージにミントの隠し味が入れてあるね?」
「正解やわぁ~。ツクルにーはんは舌が鋭いどすなぁ~」
「ルシア様っ! おかわりっ! おかわりちょーだゃー!!」
ハチが口の周りをソーセージの脂まみれにして、おかわりを催促していた。あれだけ、味わって食べるようにと言ったにも関わらず、ハチは最速で食べつくしていた。
「はいはい。お待ちやす~」
「ルシア様もいかんわ! 美味すぎるもん!」
ルシアが改めて盛ったソーセージが置かれると、ガツガツと貪るように喰らい尽くしていく。
「ああぁ! ハチちゃん! あたしの分も残してぇ。ルシアさん、おかわりー」
ルリも自分の分を食べつくすと、ルシアにお皿を差し出し、おかわりを要求する。今回は二人が頑張って狩ってくれた羊肉なのでいくらでも喰ってくれればいい。
ルリとハチの喰いっぷりを眺めつつ、三本目のソーセージを口に放り込んだ。そして、今度はマッシュポテトも一緒に口に入れていく。裏ごししたジャガイモの甘みとラムソーセージの脂が合わさり、舌の上がにぎやかになる。そして、イモ類はごはん・パン・麺類などと同様に主食となる食材なのでお腹が膨れるのだ。
米や小麦粉がまだないため、イモ類は貴重な主食として俺達の腹を満たしてくれている。
「意外とマッシュポテトも好きなんだよなぁ……イモは美味しいよね」
マッシュポテトの美味しさを再発見した俺は、続いてラム肉の汁物を食べることにした。ラム肉の独特な脂の匂いはセージにさわやかなほろ苦さによって調整されて、脂の旨味が玉ねぎやネギ、ニンニクなどの香味野菜を煮込んだスープに溶け出して絶妙な味を醸し出している。ラム肉も柔らかく煮込まれてホロホロと口でほぐれていき、噛めばスープの汁気を口内に拡げてくれる手伝いをしてくれた。
……もっと、きつい味かと思ったけど……美味いなぁ……あぁ、転生して良かった……転生してなかったら、今頃はいつものようにカップ麺かコンビニ弁当だったからなぁ……。
ルシアの料理の美味しさにおもわずホロリと涙がこぼれそうになった。転生前の俺の食事は両親が忙しく共働きしていたので、コンビニ飯かカップラーメン、ファーストフードといったカロリー摂取と空腹感を充足させる目的でしかなかったのだ。けれど、今は大事に味わってみんなと楽しく食べることに喜びを見出していた。
……世間一般の家族の団らんってこういうのを言うのだろうな……みんなで食卓を囲んで、おしゃべりして、笑ったり、怒ったり、ご飯の取り合いしたり……。
「ツクルにーはん、どうかされましたか?」
自分の作った料理に舌鼓を打ち、美味しく出来たことに笑顔が綻んでいたルシアが、箸を止めてみんなの食べている姿を見ていた俺に気付いて声をかけてきていた。
「あ、いや。みんなで食べるのは美味しいなと思ってさ。いいなぁ……うん、いいよ……ああぁ、美味いっ!! ルシア、おかわりを頼むっ!!」
感激してちょっと泣きそうになり、それをルシアに見られると恥ずかしかったので、ソーセージを一気に食べると、おかわりをよそってもらうように皿を差し出した。
「へんな、ツクルにーはんですなぁ。そないに慌てて食べなくても、まだぎょーさん残とりますぇ~」
ルシアが新婚ホヤホヤの新妻の如く、ニコニコと新しいソーセージを盛りにキッチンに歩いていく。みんなが食事をしているが、ピヨちゃんは畑でたらふくワームを食べたので、地面にうずくまって眠そうにしていた。
異世界に転生してこの世界を創り変えてやろうかと思ったけど、案外ここでマッタリとみんなと日々を過ごしていくのは悪くない考えかもしれない。
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