第23話 謎の四つ足生物


 大マガモを退治して【羽毛】をゲットしたものの、肝心の【綿の花】が見つからずにいた。ゲームでは、確かこの辺りに自生しているはずなのだが、一つも見当たらなかった。


 ガサガサと草を掻き分けて進むと、不意に大蜘蛛と遭遇してしまう。体長が四メートルほどあり、〇イリアンのような形をしているが、酸の体液も持ってはいないので、それほどまでに強くはない。ただ、非常に気色が悪いだけである。


「ひぇえぇ……ツクルにーはん……堪忍なぁ……うち、蜘蛛は苦手なん……堪忍やわぁ」


 大蜘蛛の不気味な外観は若干一名の戦闘意欲を削ぐことには成功していた。


「苦手なら、下がってていいよ。これくらい、どうってことはないから」


 大蜘蛛程度の攻撃力じゃあ、鉄製の防具を貫けないのは先刻承知しているので、落ち着いて鉄の剣を抜き、盾を構えるとシールドバッシュで大蜘蛛の気絶を誘った。


 不意を突かれた大蜘蛛がシールドバッシュを喰らって、動きを止める。どうやら、綺麗にシールドバッシュが命中して気絶状態に入ったようだ。


 こうなれば、後は急所である胴体部分に向かって鉄の剣を突き込んでいくだけの簡単な作業で終わった。

 

 大蜘蛛が絶命すると【蜘蛛の糸】に変化していた。退治を終えて剣をしまおうとすると、何かがこちらに向けて走り寄ってきているのが見えた。


「ルシア、あれなんだろうか……?」


「毛玉のかたまりですかね? それにしてもやに汚らしい生き物ですなぁ」


 こちらへ向かって走り寄ってきている生物は泥や砂で毛皮が汚れ、元が何であるのかさっぱりと判断のつかない生き物になっている。


「おーい。そこの人達、ちょっと悪いけど、おいら達を助けてちょー?」


 謎の四つ足毛皮生物がこちらを見つけると喋りかけてきていた。ゲームでは魔物も仲間に出来る仕様だったが、喋る魔物はいなかったように記憶している。しかも、名古屋弁に聞こえるのは俺の耳がおかしくなったのだろうか……。


 おもわず、ルシアを庇って前に出ると剣と盾を構えた。


「何者だっ! お前は魔物だろうっ! なぜ、喋れる!」

 

「お願いだで、話を聞いてちょう。おいらの大事な人が死にかけとるんだわ! 一生のお願いだで、食料を分けてちょう!! 助けてくれたら、貴方様の番犬でも何でもやってあげますで!!!」


 謎の四つ足毛皮生物が、足元に跪いて食料を分けてくれと懇願していた。


 こ、こんなイベントはゲームに無かったぞ……名古屋弁を喋る奇妙な生物など『クリエイト・ワールド』には、いなかったはず一体何が起こったんだ。


「ツクルにーはん……この人、困ってはりますなぁ……どうですやろ、食料はたんまりとは言いませんが、うちとツクルにーはんでは食べきれないほどありますし、ここで会ったのも何かの縁やと思うし、助けてあげはったらどないでしょ?」


 地面に頭を擦り付けるように助けを求める謎の四つ足毛皮生物に同情したようで、控えめに助けて欲しそうな視線をチラチラとこちらに送っていた。


 ぐぅ、その眼で見つめられると、俺は抗えねえよ……でも、助ける相手は正体不明なんだよなぁ……。


 だが、恋人のお願い視線を無下にできるほどの冷酷さを持ち合わせていない。


「カワイイ恋人のルシアのお願いなら仕方ない……とりあえず、助けてやるから、まず名乗れ!!」


 助けてやると聞いた謎の四つ足生物がバッと顔を上げていた。


「ありがとうごぜゃーます!! おいらはハチ。ヘルハウンド族のハチだわ。本当にありがとうごぜゃーますだ」


「へ! ヘルハウンド!! 馬鹿な! 何でそんな高レベルな魔物がこんな場所にいるんだっ!」


 ハチと名乗った魔物が本当にヘルハウンドだったら、大変なことになる。ゲーム中ではレベル五〇を超す終盤近くで戦う魔物であった。


 今の装備じゃ、一発でお陀仏になる。マジか……なんで、こんなことに……


 予定外の高レベル魔物の出現に剣を持つ手がカタカタと震える。今の俺じゃ、ダメージを負わす前に消し炭にされてしまう相手なのだ。


 せめて、ルシアだけでも逃がせるように俺が盾とならねばならなかった。しかし、俺の恐怖を嗅ぎ取ったのか、ハチと名乗ったヘルハウンドは前脚を勢いよく振って否定する。


「おいらはヘルハウンドでも産まれたばかりで、そんなに強うにゃーんです。おかげで、貴方様に助けを求めなならん事態に陥っとるのです」


 ハチの身体は泥と砂で汚れているものの、大型犬程度の大きさであり、終盤に出てきたヘルハウンドとは比べ物にならないほど、みすぼらしかった。


「……そ、そうか……取り乱してすまない。俺も大事な人を守りたいんでな。そう言えば、名乗らせておいて、こちらが名乗ってなかったな。俺はツクルだ。後ろの子はルシア。よろしく頼む」


「ヘルハウンドがこんな場所におるとは、誰も思ってもみにゃーことだで、ビックリした思いますが、ツクル様とルシア様のご厚意に甘えさせてもらゃーます」


 ルシアが後ろから俺の服の裾を引っ張る。


「ツクルにーはん……早いところ、ハチはんの大事なひとを助けにいきましょう……こうしている間にも大変なことになっているかもしれませんから」


「おお、そうだったな。ハチ、案内してくれ」


「合点承知の助っ! ツクル様、おいらの後についてきてちょー。しっかりと案内させてもりゃーますで!!」


 ハチが頭を擦り付けそうな勢いで礼を言うと、矢のように飛び出していった。


「はぇえ!! ルシア、急いで追いかけるよ」


「ひゃやぁ! えらい速いなぁ~」


 飛び出していったハチの後ろ姿を、二人とも駆け足で一生懸命に追っていった。

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