第24話 番犬ゲット


 一〇分ほど走ると、湿地帯を抜けて草原のような場所になっていた。その中に生えていた大木の木陰にハチの大事な人がいた。木陰で横になっていた生物は、ハチとおなじように灰色に汚れた毛並みをまとったオオカミであった。


「ツクル様、おいらの大事な人のフェンリル族のルリちゃんだわ。実は二人で一緒になりたりゃーって、両親に言ったら、『お前さん、何たわけたこと言っとりゃーす。フェンリルの嫁取りなんて、親戚一同に何と言やあええか分らんだで認めるわけにいかん』って言われて、頭にきたで、二人で駆け落ちしてきたのまでは良かったんだけど、二人とも未熟で魔物が狩れずにご飯が取れなんだ。本当にたわけたことをしてまった……」


 ハチから木陰でグッタリと横になっているオオカミは、フェンリルだと告げられて、更に驚いていた。ゲームではラスボス前に魔王城の門番をしているはずの魔物である。確かLV70近かったような記憶が残っていた。


 だが、目の前のフェンリルのルリはかなり衰弱しており、か細い呼吸しかしていなかった。純白の毛並みであるはずの毛皮も砂と泥に塗れて灰色に変色してみすぼらしさを増幅させている。


 すぐさま、先程手に入れた【カモ肉】をハチの前に置く。


「おい、ハチ。ルリ嬢はかなり衰弱しているから、お前がちゃんとかみ砕いて食べさせてやれ」


「ツクルにーはん、木腕にお水も出してあげてください。きっと、脱水症状もあるみたいですし、お砂糖と塩も少しだけ混ぜはった方がええと思います」


 ルシアもルリの状態を見てかなり危ないと判断したようで、水も飲ませるように指示をしてくれた。


「了解!! ツクル様、ルシア様。この御恩は必ずお返しさせてもらいます。このハチは恩を絶対に忘れたりしません!! ルリちゃん、ほら、おいらが柔らこうしたカモ肉だわ。お願いだで、目を開けて食べてくれ。頼むがね」


 ハチがかみ砕いて柔らかくした【カモ肉】をルリの口に押し込んでいく。押し込まれた肉をゆっくりとルリが咀嚼し始めていた。


 木椀の水も咽ないようにルシアがゆっくりと飲ませていく。しばらく、するとルリが目を開いた。


「……ハチちゃん……お肉美味しいね……今まで一番おいしいお肉かもしれない……でも、このお肉どうしたの……」


「実は、こちらにおられるツクル様とルシア様に分けて頂いたんだ。おいらの実力じゃ、ここの魔物も狩れなかった。ごめんよ。ルリちゃんを無理矢理誘って逃げだいたおいらの責任だわ。村に帰ろう……やっぱおいらとルリちゃんじゃ、一緒になれせん。飢え死にする前にそれぞれの村に帰って謝ろう」


「……なんで……ハチちゃんは悪くないよ。あたしが、縁談の話を蹴ればよかったんだから……フェンリルとヘルハウンドが一緒になれないなんて、誰が決めたの? あたしはハチちゃんのことが好きなんだもん。この気持ちだけは変わらないよ」


 衰弱していたルリがよろよろと立ち上がると、ハチに甘えるように身体を寄せた。


「ルリちゃん……でも、おいらと一緒じゃ、ご飯が食べられんよ……それじゃあ、ルリちゃんが死んでまうじゃにゃーか! そんなのおいらが耐えきれんよ!」


「そんなの……ハチちゃんと駆け落ち決めた時から覚悟してるよ。女の子の覚悟を馬鹿にしちゃダメよ……」


 どうやら、ルリとハチはお互いが住んでいた村から駆け落ちして逃げてここまで来たらしい。ゲーム内では魔物の村は見つけられないようになっているのか、発見したことはなかったが、フェンリルやヘルハウンドはそれぞれの村である程度まで強くなってから外の世界にでるようだ。


 ルリやハチのように産まれたばかりの魔物が村を逃げ出すなんていうのは前代未聞の珍事なのだろう。


 それにしてもオオカミであるフェンリル族と、近親種とはいえ犬のヘルハウンド族が恋仲とは世の中は不思議に溢れているな。


 ルリとハチのやり取りを見ていたルシアが、目から大粒の涙を流して号泣している。そして、こちらの方を向いてお願いをしてきていた。


「ヅグルにーざんばんっ!! かわいそうでずぅうう!! このお二人さんはホンマにかわいぞうどずぅ!! このお二人さんをあの小屋ですまわせることはできまへんか!! この人らのご飯やったら、うちが採って来ますからぁ!!」


 予想したとおり、二人の境遇に同情したルシアが、あの小屋に住まわせたいと言いだしていた。


 ……はぁ、泣いてルシアたんに頼まれたら、断れないじゃないか……。


ヘルハウンドとフェンリルが番犬代わりか……魔王城かよっ! と突っ込みたくもなるが、断ったら絶対に今晩の膝枕と明日の朝のモフモフ権を取り上げられると思うので、素直に降参する。


 男は女の子のすることを寛大に受け入れないとね。ヘルハウンドにフェンリルもバッチコーイっ!!


 覚悟完了したので、身体を寄せ合って泣き続けているルリとハチに話を持ち掛けることにした。


「あー、お二人さん。悲壮感を漂わせているところを申し訳ないが、一つ提案させてもらいたいことがあるのだけれどもよろしいか?」


 身を寄せ合っていたルリとハチが一斉にこちらに顔を向けた。


「ツクル様……提案とは?」


「あー、そうだね。実はルシアが二人の事を応援したいと言いだしてね。我が家で一緒に共同生活をしないかと申し出ているんだ。今のところボロ屋だが、近々、改装も予定しているし、食料も豊富とまではいかないが、それなりに貯蔵されている。君等がどれだけ食事をするか分からないが、必要な食事量は確保できる自信はあるよ。どうだろうか?」


「……ツクルさんとおっしゃられましたね。見ての通り、あたし達は魔物です。あなた方の村では他の方が怯えてしまうので生活できませんよ……ご厚意はありがたく頂戴いたしますが……共同生活は無理かと……」


「えー、ルリさん。その件につきましても解決済みです。実は我が家は俺とルシアしか住んでなくてね。しかも、人里離れた僻地にあるんだ。滅多に人も寄り付かないよ。だから、君等も身を隠すにはちょうどいいと思うんだ」


「……そうなんですか……」


「ルリちゃん、実はおいら、さっき助けてもらう代わりに、ツクル様とルシア様の番犬でもなんでもしますって約束しとるんだわ」


「……そうだったの……じゃあ、約束を破るわけにはいきませんね。ハチちゃんともどもツクルさん達のお家にご厄介になってよろしいでしょうか? 頂くご飯の代わりに番犬でも何でもお引き受けいたします。恩を受けるのであれば主も同然。名前は呼び捨てで結構です」


「おいらからも頼みます。名前は呼び捨てでかみゃーませんです」


 ルリとハチは地面に伏せるように並んで頭を下げていた。


「ルリちゃん、ハチちゃん。よろしくなぁ~。ツクルにーはんは凄い人やで、ビックリしたらあかんよ~」


 ルシアが地面に伏せているルリとハチの間に入り、二人の砂と泥で汚れきった毛皮を撫で回していた。


「ルリ、ハチ。とりあえずよろしく頼む」


 >ルリが仲間に加わりました。


 >ハチが仲間に加わりました。


 二人が仲間に加わったようなのでステータスをチェックする。



 ハチ 

 

 種族:ヘルハウンド族 年齢:2歳 職業:魔物 ランク:新人


 LV1


 攻撃力:6 防御力:4 魔力:4 素早さ:6 賢さ:4


 総攻撃力:6 総防御力:4 総魔力:6 総魔防:4


 特技:引っ掻き(攻:+5)


 装備 右足:無し 左足:なし 身体:なし 頭:なし アクセサリ1:なし アクセサリ2:なし


 

 ステータスを確認した瞬間に思わず噴き出してしまった。


 よえぇーーーー!! マジか、ヘルハウンドの初期能力ってこんなに残念な感じだったのか……でも、あれだけ強くなるってことはレベルが上がると相当強くなっていくんだよな。


 予想外のヘルハウンドの弱さに、この辺りですら魔物の狩猟ができなかったというハチの言葉の裏付けを取れた。


 確かにこの能力では勝つことは難しいだろう。とりあえず、しばらくは装備を作って魔物退治に連れて行ってレベル上げしてあげるか。

 

 ついでにルリの方もステータスを確認する。



 ルリ 

 

 種族:フェンリル族 年齢:2歳 職業:魔物 ランク:新人


 LV1


 攻撃力:4 防御力:6 魔力:6 素早さ:4 賢さ:6


 総攻撃力:4 総防御力:6 総魔力:6 総魔防:6


 特技:氷の息(魔:+10)


 装備 右足:無し 左足:なし 身体:なし 頭:なし アクセサリ1:なし アクセサリ2:なし


 

 こちらもヘルハウンドのハチとどっこい、どっこいの能力で、これではこの辺りの魔物にはボコられてしまう能力に過ぎなかった。


 二人を仲間にしたが、ルリの体調が少し悪そうだったので、周辺の安全を確保してからルシアとともに休憩してもらっている間にハチを引き連れて大マガモを追加で三体ほど倒し、【羽毛】と【カモ肉】×2を手に入れた。


 そして、しばらく探索を続けると、探し求めていた【綿の花】が自生する場所にたどり着いた。ゲームで発見した座標より若干南に下った場所に生えていた。栽培用に【綿の花】を一〇個ほどとり、後の物は【綿毛】に素材化させた。


 目的の物を手に入れた頃になると帰還の時間が近づいてきていたので、休憩していたルシアとルリと合流し、二人と二匹で家路についた。

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