第9話 水路開削


「ツクルにーはん、気を付けておくれやす」


 ルシアは朝食の後片付けを終えると、水路の開削工事の現場に顔を出してくれていた。すでに木槌によって小屋周辺に崖上からの水を受ける滝つぼのスペースを掘り終えている。


「ああ、大丈夫さ。木槌さえあれば簡単に掘れるからね。とりあえず、小屋側が飲料水用、反対側は沐浴用の滝つぼのスペースにしてある。両方とも泥で汚れないように岩石ブロック使って岩場にしてあるから足もよごれないしね。沐浴用は将来的には【火山石】を入れて温泉にしようとしているからね。それにちゃんと見えないように土壁も作ったから、ルシアも安心して入っていいよ」


「沐浴どすか!? そら本当に助かります。昨日は水で身体を拭いていますけど、やはり体を洗えるんは嬉しいですからね。でも、あんまり覗いちゃいけませんよ。ちょいとだけなら、堪忍してあげてもいいかもしれませんが……」


 ルシアが両手を自分の頬に当てて恥ずかしそうに身をよじっていた。


 なんですと!? ちょっとだけなら、覗いていいと言いましたか……ちょっとだけって、どれくらい? 崖の上から覗くのはオッケーなのか!?


 ルシアの発言に思わず持っていた木槌を取り落としそうになっていた。


 オッケー、クールに行こう。クールに対応してルシアとの信頼関係をもっと築いてから、覗きイベントを起こさないと……覗きがバレて、ルシアの凍てつくような視線に晒されたら、転生人生が終了してしまうのと同意義だ。俺はやればできる子。崇高なる目的のためには自制自重を行える大人なんだ。


「……ルシアの沐浴を覗く奴がいたら、俺が速攻でぶっ叩いてやるよ。だから、安心してくれていいよ」


「そうどすか~。ほな、ツクルにーはんが、入っとる時にうちがお背中を流すのは問題は無さそうですね?」


 ファッ!? 何と言いました。この娘は……俺の背中を洗いたい言った気がしたけど……聞き間違いか?


「あー、ルシア君。女性が男性の背中を流すという行為は、家族及び恋人関係にある者同士が行うものと、俺は記憶しておるのだが……同居人同士では不味いのではないかね?」


 ルシアがこちらを見てモジモジとしながら、上目遣いを巧みに取り入れてチラチラとこちらの様子を窺っている。その姿はぎゅっと抱きしめて頬ずりしたいくらい可愛らしい表情をしている。


「ツクルにーはんが嫌なら、この話は無かった事にしておくれやす。せやかて、うちはツクルにーはんの背中なら一生懸命に洗います。同居人は家族も同然ですから~」


 ファッーーー!? これは嫁宣言と取っていいのだろうか。家族同然に背中を洗ってくれるというならば、俺の嫁になっていいよ。アピールと取っていいのか!? 


 待て、早まるな。まだ、恋人宣言のつもりかもしれない。焦るな。このような精神攻撃に揺らいでいてはルシアたんを釣り上げることはできない。ここは、耐える場面。抑えろ、煩悩。


「……是非とも背中を流して頂けるとありがたしっ!」


 ファッーーーーーーー!? また、口の奴が脳を裏切りやがったっ!! 違う、違うんです。つい、出来心なんです。みんなのアイドルであるルシアたんを手籠めしようなんて気は……。


 俺からのしどろもどろに答えを聞いたルシアの顔がパッと明るくなっていった。その顔をされると今更、背中を洗うのはダメだとは言いだし辛い。


「それやったら、洗い布とシャボンも欲しいですなぁ。作れますやろか~?」


「布は【綿の花】、シャボンは【木灰】と【油脂】が必要だからね。材料自体は探せばあると思うよ。よし、それも作るものリストに入れておこう」


「ツクルにーはんは頼りになる人やわ~」


 喜んでいるルシアの顔を見て、石鹸と洗い布の優先度をグッと上位に持ってくることにした。


 だって、ルシアたんが『お背中流しますね』って来るのが、分かっているなら、速攻で作らないといけないでしょ。自給体制を確立したら即素材収集に行かねばなるまい。


 脳内ではルシアが俺の背中を一生懸命に洗い布で擦ってくれている姿が浮かんでいた。


 そのためにも早いところ、水路を完成させなければなるまい。横道に逸れそうになった思考を戻し、本日の最初の課題である水路開削を進めることにした。


 滝つぼが完成していたので、今度は排水を流すための水路を掘っていく。崖面に沿って掘り進めた水路が防壁まで来ると、今度は地下に向かって掘り進める。


 地下に十メートルほど掘ったから、これで外堀の下に来ているはず。予備に五メートルほど深く掘ったから、水掘から魔物が侵入しても途中で息絶える長さになってるだろう。


 深さを確認すると横に向かって掘り進み、空堀の真下の位置にきたら、上に向かって掘り進んでいく。


 ボフッ!


 生成された土ブロックをインベントリに収納すると、ついに外堀の地下に到達することができた。これで、後は崖上の川から水路を開削すれば、小屋横の滝つぼに流れ落ちて外堀に溜まり、溢れた分は低地の方へ流れていくはずだ。


 掘り抜いた水路から出ると、崖の上に行き、水源となる川のところから崖ギリギリまで掘り進めた。水路を掘ると同時に落ち葉などのごみや動物が入り込まないように岩石ブロックで水路の上を覆っておく。そして、崖下にいるルシアに声をかけた。


「今から水を通すからね。ルシアは危ないから、ちょっと後ろに下がっていてくれ!!」


「へー。ツクルにーはんも気を付けておくれやす~!」


 ルシアが滝つぼから下がるのを見届けると、最後の部分を木槌で叩く。

 

 ドンッ! ボフッ!


 止められていた水が飛沫となって崖を飛び出していく。もう一つ、沐浴用に引いた水路も最後の土を木槌でブロックにする。


 ドンッ! ボフッ!


 先ほどと同じように溜まっていた水が崖を飛び出していった。


「ツクルにーはん、水はちゃんと滝つぼに収まってますよ。水しぶきもそないに激しく飛んでませんから、ちょうどええくらいどすなぁ~」


 水路が開通したことを喜んだルシアが、滝つぼに落ちる水の様子を下から報告してくれていた。すぐさま小屋の方へ行って滝つぼの様子を確認する。


 少し濁りがあるがしばらく流していれば綺麗な水になると思われた。


「よし、ちゃんと流れているな」


「これで、水も使いたい放題。街でもこないなに贅沢に水が使える家は無かったどすえ~。これもみなツクルにーはんのおかげ、ホンマに凄い御方どすなぁ~」


 ルシアからの尊敬の眼差しを一身に受けて自尊心がくすぐられていく。


 カワイイ子から、凄いって言われると、男としては有頂天になって、木だろうが、雲だろうが、何でも昇っていってしまうのだよ。男という生物は得てして、そうやって能力以上のものを引き出していくように出来ているんだ。


 だから、カワイイは正義。


 ルシアに褒められて有頂天なままであったが、滝つぼの成功を確認した後は、排水路が漏れていないかを厳重に確認し、水堀への注水路の入り口も岩石ブロックで覆って魔物が侵入出来ないようにしていた。


 排水路を流れた水は逆サイフォンの原理で水堀へと流れ込み、水堀を満たすと低地に向かって流れ出していった。


 これで、水路は開通し生活必需品の第一項目である水の確保に成功していた。

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