間章3:原材料は愛と友情とカカオ豆-4

 二月十五日月曜日、朝。

 あたしは、右肩にいつもの学校カバン、左手にいつもは持たない紙袋を持って、学校への道を歩いていた。白い吐く息、かじかむ手、……重い足。うう、と知らず漏れた声も、やっぱり間抜けに白くなって消える。アスファルトばかり映る視界。

 そこに、突如、

「あ、のばら」

「うわあああああ!?」

 ガタンッ、と大きな音ともに、マンホールの蓋が開いた。蓋を押し上げた格好で中にいたのは、マフラーを巻いてコートを着た金髪碧眼の。

「た、高橋ぃぃ……!?」

「おはよう」

「お、おは……ようじゃねえよ、何やってんの!!」

 なんでこいつはマンホールの中から出てきたんだよ!

「通勤中だ」

「高橋の通勤ルートは地下なの!?」

「いや、通常は地上を歩いて学校へ通っているのだが」

 軽く跳んでマンホールから出て、地面に立ったエクソシストは、大きな音を立てないように蓋を閉めてから、少し埃のついたコートを手で払った。

「のばらの通学ルートに先回りするには、地下を通るのが一番早かったからな」

「先回りって、どうして」

「チョコレートを渡しに」

 こともなげにそう言って、高橋は黒いカバンの中に手を入れた。

 ……は? チョコレート?

 ……あたしに?

「のばらから聞いたからな、お世話になっている人にチョコレートを渡す日だと。話しぶりからして、どうやら手作りするもののようだと思ったから、作ってきた」

 書類をかきわけ、出てきた小さな箱を、その手であたしに差し出す。

 きっちりとリボンが巻かれていて。透明な蓋から見える丸いチョコレートは、綺麗に飾り付けられていて。

「いつも世話になっている。これからもよろしく頼むぞ、神の使い」

「神の使いじゃ、……」

「……どうした?」

 高橋が尋ねる声がするけれど、……あたしは、いつものように神の使いじゃないって言うことも、差し出されたチョコレートを受け取ることも、俯く顔を上げることもできない。

 だって。

「……あたし、高橋にあげるチョコレート、ないもん……」

 左手に持った紙袋が、重くて、軽くて、かさりと音を立てる。

 クッキーはおいしく焼き上がった。だけど、その後のデコレーションがうまくいかなかった。あたしのクッキーの形はクマだったから顔を描こうとしたんだけど、慣れないチョコペンじゃ、目と目と鼻と口を描くだけなのにきちんとできたのが一個もなくて。仕方がないから全面にチョコレートを塗って失敗をごまかそうとしたけど、これもやっぱり綺麗に塗れなくてでこぼこだし。せめてと思って乗せたアラザンとか砂糖菓子が、余計に失敗を際立たせてるし。

 だからって作り直す時間もお小遣いもなくて。もう友チョコは「味はおいしいから!」で押し通すつもりだけど。

「……失敗して、……だからあげられるもの、ない……」

 ああ、いやだ、いやだ、こんなこと言ったってしょうがないのに、相手は高橋なんだから、いっそ笑って押し付ければよかったのに、って訳の分からない後悔が頭の中をぐるぐる駆け回る。

 しばらく黙っていた高橋が、やがて淡々と言った。

「それはまあ、光栄だな」

「……はい?」

 訳の分からない考えに満たされた頭に、もっと訳の分からない言葉が入ってきて、あたしは思わず顔を上げた。高橋はいつも通りの、なんてことない表情をしている。

「あげられる出来のものをあげよう、と思われていたんだから」

 今度こそ本当に訳が分からなくて、ぽかんと口を開けているうちに、高橋の手があたしの左手の紙袋をするりと取っていった。中からタッパーを出して、……って、ちょっとちょっと! あ、あああ、こいつクマさんの頭から食べやがった!!

「何してんのぉぉぉぉッ!!」

「味はうまい」

「……そうでしょうよ、おいしくできたんだからぁぁぁぁぁッ!!」

 呑気に指についた粉をなめている高橋の背中をグーで叩いたら、「痛いんだが」と文句を言われた。


 ちなみにその後の友チョコ交換会でも、あたしのクッキーは「味はおいしい」との評価で満場一致だった。……あたしは、来年のバレンタインデーまでにチョコペンを扱えるようになろうと、強く決心した。

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