間章3:原材料は愛と友情とカカオ豆-2

「のばら。来週の月曜日は何の日なんだ?」

 金曜日の五限目、一週間の締めを飾る授業は、残念ながら音楽。

 授業終了後の掃除時間に、グランドピアノの蓋を閉めながら、ふと高橋が言った。クラスメイトはみんなそれぞれの掃除場所へ行ってしまって、音楽室にはあたしと高橋しかいないので、喋り方も表情も「先生」モードじゃない高橋だ。

「昼休みに職員室でご飯を食べていたら、何人かの先生に、『高橋先生は来週の月曜日はチョコレートをたくさんもらえますね』と言われたのだが」

 あぁー……あたしたちが盛り上がっているのだから、先生たちの間でそんな話がされるのも当然か。就任時の三学期始業式には女子生徒の歓声を集め、きちんと「先生」モードでいる限りは「優しくて」「かっこいい」高橋先生は、確かに生徒や、同じ先生からもチョコレートをもらえそうだもんねぇ……。

「その後、『でも受け取っちゃだめですよ』とも言われた」

「高橋、何の日なのか知らないの?」

 すると高橋は眉を顰め、少しの間悩む様子を見せてから、ゆっくりと言った。

「俺の誕生日、……だろうか」

「『だろうか』って何!? なんで自分の誕生日があやふやなの!?」

「いや、二月に生まれた覚えがなのだが、しかしプレゼントをもらえるということは本当は俺の誕生日だったのだろうかと思って。もしくは、皆が俺の誕生日を、間違って覚えているのかもしれない。俺は十二月生まれだし、『十二月』と『二月』は少し似ているものな」

「……高橋は十二月十五日生まれなの?」

「二十日」

「百歩譲って十二月と二月を間違っているとして、二十日と十五日が全然似てねえじゃねえか!!」

「いや、二十日と十五日は発音的には似ていないが、文字で見ると」

「似てねえよ!! 漢字でも数字でもローマ字でも似てねえよ!」

 だめだ、きちんと教えてあげないと当日にボロを出しそうだ。

「あのね、高橋。二月十四日はバレンタインデーでしょ」

「それは知っているが」

 高橋が頷く。あれ、バレンタインデーは知ってるんだ。そういえば、バレンタインデーにチョコレートを贈るのは、日本の習わしだって聞いたことがある。そうか、それでぴんときてないのかも。

「日本ではバレンタインデーに、チョコレートを贈るんだよ。女の子が好きな男の子に送ったり、お世話になっている人に配ったり。最近は、女の子が友達同士でチョコレートを持ち寄るのも流行ってるんだけど。で、今年の二月十四日は日曜日だから、その次の日の、二月十五日にチョコレートを渡されるんじゃないか、って話なんだよ」

「そうだったのか」

 あたしの説明に、やっと腑に落ちた、という表情で高橋が何度か頷く。そして真顔であたしを真正面から見て言った。

「つまり、のばらが俺にチョコレートを渡す日ということか」

「……はあああぁぁぁぁ!?」

 あんまりにも予想外の言葉に、脳みそが高橋の言葉を処理できなくて、素っ頓狂な声を上げるのにも数秒かかってしまった。当の高橋は表情一つ変えずに首を傾げる。

「お世話になっている人にチョコレートを渡すんだろう」

 あ、ああ、そっちか。……じゃない!

「誰が!? 誰の!? お世話になっているから誰にチョコレートを渡すって!?」

「のばらが俺のお世話になっているから、俺にチョコレートを渡す」

「高橋があたしのお世話になってるから、あたしにチョコレートを渡すんでしょ、どう考えてもぉぉぉぉッ!!」

 出会ってから一ヶ月、魔物退治に最終兵器探しに家具購入に、その他もろもろ巻き込んで振り回しておいて、どの口がチョコレートを要求するのか!

 もう一言、二言くらい文句を言ってやろうかというところで、掃除時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 黒板消しで雑に文字を消して、服に付いたチョークを払いながら音楽室を飛び出す。

「じゃあね、高橋!」

「ああ」

 教科書を棚に仕舞いながらそっけない返事をされた。まったく。たぶんあたしの説明で、日本におけるバレンタインデーについては理解したとは思うけど、理解してすぐにチョコレート要求とは、なんて図々しいエクソシストだ。

 ……。

 ……友達にあげるつもりしかなかったから、考えてもいなかったんだけど。こうして直接言われてしまうと。

 ……チョコレート、……あげた方がいいのかな?

 い、いやいやいや! あたしはぶんぶんと首を横に振って、その考えを追い払う。なんであたしが高橋にあげなきゃいけないんだ。あたしがもらう側!

 ……。

 ……甘いもの、苦手だったりするかな。さっき聞いとけばよかったかな。

 い、いやいやいや! あたしはまたぶんぶんと首を振る。あたしがあげなくったって、高橋「先生」のことだもん、どうせ生徒や先生からたくさんチョコレートを貰うって。

 ……。

 ……。

 い、いやいやいや!! だからぁ、そもそもなんであたしが高橋に、……、……いや、やめよう。あたしは首を振るのをやめた。

 なんであたしが高橋に、って、そりゃあ。巻き込まれて振り回されて散々な目に遭わされてるけど、こうやってなんだかんだ一緒にいて、自分の世界を、その目に映るあたしを含めて守ろうとしてる高橋のことを、あたしは嫌いではないし、気になってしまうのだ。

 仕方がないなあ、あたしがチョコレートをあげようじゃないか!

 ふんっ、と息を吐いて顔を上げたところで、

「……のばら、何をそんな、首を振ったり酸っぱい顔したり鼻息荒げたりしてんの?」

 廊下にいた明日香ちゃんに、変なものを見るような目で見られたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る