間章2:スリーミニッツバスターズ-4

 伝票の控えに書かれた住所だけではすぐに目的地にたどり着くことはできず、辺りをうろうろと走り回って。やっと見つけたアパート「ブラン守本」の、よりにもよって四階に住んでやがったため、階段を駆け登って。

 十八時十分。まさに408号室のチャイムを鳴らそうとしていた宅配業者のお兄さんの前に、あたしはやっと辿りついた。息を切らし、咳き込みながら現れた中学生に、さすがにお兄さんは驚いていたけれど、あたしが鍵を開けて部屋の中に入ったうえで、荷物を受け取ることを言うと、とりあえず納得して荷物を渡してくれた。マットレスやらカラーボックス、さらには雑貨類が詰め込まれた段ボールはとにかく大きい。続いて伝票を渡されたので、高橋、とサインを書いておいた。伝票の住所や名前欄の妙に綺麗な字に比べて、あたしのは丸い癖字だけど、……まあいいよね。

 心配していた割に、荷物の受け渡しはあっさりと終わった。荷物を玄関に置きっぱなしにしておくのもどうかと思うし、ひとまず部屋の中に入れておこうかな。それには、部屋の中に置く場所があるかどうか確認しないと。

 狭い玄関から廊下が延びている。廊下の右側には扉が二つ、お風呂とトイレかな。左側には小さなキッチン。午前中に配達される予定になっていた、一人暮らしサイズの冷蔵庫と電子レンジがすでに置かれている。突き当りには扉があって、その向こうにはフローリング敷きの部屋があった。これも一枚目の伝票に書かれていた、パイプベッドとかが置かれている。ただ、まだ「置いただけ」という感じ。パイプベッドは組み立ててあるけどマットレスや布団がなくて枠組みだけだし、掃除機はまだ箱に入っている。引っ越ししたての、まだ生活感のない部屋だ。端っこの方に、畳まれた段ボールや、高橋の私物らしいカバンやキャリーケースが寄せて置かれていた。

 物が少ないので、十分にスペースはありそうだ。部屋の扉を開けたままにして、あたしは玄関に戻る。配達された荷物を引きずって、押して、また引きずって、なんとか部屋へと運んだ。

 さて。これで荷物は受け取ったわけだけれど、この後あたしは高橋に鍵を返さなくちゃいけない。せっかく部屋に入ったので、遠慮なく部屋の中で高橋とジルさんを待たせてもらおう。

 パイプベッドに腰かける。テレビでもあればよかったんだけど、残念ながら見当たらないので、手持ち無沙汰のあたしは部屋を見渡す。

 部屋の端っこに置かれた、仕事用のような黒いカバンは横に倒れていて、そこから零れたのだろう、いくつか小さな物が転がっている。小さな円筒型のものがある、あれが印鑑かな。本当に印鑑持ってたんだ……。あとは書類とか、家具を買った時にも見た黒い手帳とか、同じくらいの大きさのワイン色の薄い手帳とか。高橋、二冊も手帳使ってるのかな。

 そこだけ散らかっているのが気になって、あたしはカバンに近づいた。印鑑や書類をカバンの中に戻していく。そして、黒とワイン色の手帳を手に取ったところで、あたしはなんとなくそれを見た。

 近くで見ると、ワイン色の薄い手帳は、金色で装飾とかアルファベットが書かれていて、手帳というより……そう、パスポートだ。下の方にはPASSPORTって書かれてるし。でも、上の方に書かれてるアルファベットはよく分からない。なんか、普通のアルファベットとは違って、文字の上とか下に飾りのような点がついてる。英語じゃないのかな。

 間から写真が半分くらいはみ出していることに気付いた。薄い茶色の髪色をした外国人が何人か映っていた。椅子に座っている女の子と、その後ろで立つ少し年配の男性、どちらも笑ってこちらを見ている。右側にも同じように映っているような感じがする。家族写真かな? だけど、あれ、パスポートに挟まってる左下の方が大きく破れているような……。

 ガチャリ、と玄関のドアが開く音がした。弾かれたみたいに身体が起きた。勢いよくパスポートをカバンに突っ込む。

「おまたせ、のばらさん!」

 部屋の扉が開き、明るい声とともにジルさんが現れた。その後ろから高橋が、後頭部を掻きながら、っていうか押さえながら部屋に入ってきた。

「お、おかえりなさい!」

「ただいまー、って僕の部屋じゃないけど」

 高橋はあたしを見て、それからあたしが運び入れた荷物を見た。

「無事に受けとってくれたのか。助かった。ありがとう、さすが神の」

「使いに頼むことじゃないし、そもそも神の使いじゃねぇっつってんだろぉぉぉぉッ!!」

 時間を巻き戻させようとしたり、一方で荷物を受け取らせようとしたり、高橋の中で結局、巫女はどういう存在なんだよ!! 便利屋か! 本物の巫女さんに謝れ! 便利屋だとしても雑すぎるし!

 とにもかくにも、こうして、無事に高橋の部屋には家具が設置されたのだった。

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