間章2:スリーミニッツバスターズ-3
アスファルトの上で丸くなっている、小さな馬の姿をした魔物の周りを高橋が指でなぞると、その軌跡が白く光った。一周、二周と魔物を囲うように線を引いていく。魔物の捕獲には成功したから、おそらくこれが次の手順、「魔物が再度逃げないように拘束を厳重にする」だろう。これも制限時間は三分だけど、まあ順調に進んでいるみたいだ。
ちなみに、先ほどの魔物捕獲中に崩れたどこかのお宅の屋根瓦については、高橋がマントの中から取り出したトライアングルこと最終兵器ミョルニルによって、一瞬で手軽に修復された。一旦エクソシスト本部に預けられた最終兵器だけど、今は高橋が使っているとのこと。まあ、いつもこんな調子でいろんなものを壊しているようなら、最終兵器の出番も多いだろうしね……。
「高橋の『最終手段』って、布で覆うと威力が低くなるんだね……」
「このマントには、力を遮る効果があるからな」
白い光だということもあって、なんだか遮光カーテンみたいだ……。
「どうして威力を低くしたの? 今までみたいに全力で最終手段を使えばこの魔物は『裏』に帰るし、今やってる拘束とか、この後本部に連れていく手順もいらなくなるんじゃない?」
高橋はよく魔物を運んでその途中で逃がしてしまっているけれど、そもそもどうして運んでいるんだろう、と今更ながら思いつつ尋ねると、作業が終わったらしい高橋が立ち上がりながら答えた。
「それもそうなのだが、管理の都合上、エクソシストが各自で魔物を返すことは、緊急時でなければなるべく避けることになっているからな。一旦本部へ引き渡して、本部でまとめて『裏』へ返すんだ。あとは、珍しい魔物が見つかったりすると、これも研究のために本部へ引き渡す必要がある」
緊急時と言いつつ、結構高橋は自分で魔物を返してしまっていると思うんだけど、まあそこのあたりは「なるべく」という文言に吸収されているんだろう。
さて、と言い。白い光に囲まれて、目を閉じて大人しくしている魔物から目を離し、高橋がジルさんを見た。
「よし、予定通り三分で完了した。ジル、魔物の運搬を頼む」
「三分きっかりで終わらせたね……あと十秒でも時間があれば、三発殴ったのに」
「悪いな、その時間はとっていなかった」
「はいはい。……ええと」
ジルさんがしゃがみこみ、魔物の様子を覗う。
「馬の魔物、キタルファか。まだ幼くて小さいね。大人しくしているし、これなら大丈夫だと思うけれど、ノディ、念のためもう一重、拘束をしておいてくれない? 万が一暴れると危ない」
「分かった」
「分かってると思うけど、拘束がぶれないように、気を付けてね?」
「分かった」
高橋が再び地面に手をつく。長い指が三周目を描き始める。魔物を囲む白い光が揺れる。
その時。
「あ」
高橋の短い声と同時。魔物が、突然立ち上がり、揺らぐ光に突撃した!
その部分は見た目通り脆くなっていたんだろう、魔物は拘束を突破し、あっという間に、再び黄昏の冬の街へと走り去っていく。
……って、ちょっとちょっとちょっとぉぉおおお!?
あれだけ苦労して三分間で捕まえた魔物が、逃げちゃったんですけど!?
「何やってんの高橋ィィィイイイッ!?」
「ごめんだっぴょん……」
「語尾だけ消え入りそうに言ってもだめェェェッ!! 表情も声色もいつものままだから!!」
「ちょっとノディ!? 気を付けてって言ったよね!? 言ったよね僕!?」
「気を付けたが」
「堂々と言うのは結果を伴ってからにしてくれる!?」
「仕方がない」
本当に仕方がないよ!!
高橋がマントの中から、伝票の控えを取り出した。それをあたしに向かって、ぴっ、と投げる。軽くて薄い紙はひらひらと風に吹かれながら降りてきて、あたしは慌ててそれを掴もうとするも、なかなかうまくいかない。
「緊急事態だ。代わりに荷物を受け取ってくれ、神の使い」
「は!? え、ちょっと高橋ぃぃぃっ!?」
やっと伝票を手にした時には、高橋はすでにあたしに背を向けていた。ジルさんが片手で頭を抱えながら、もう片手であたしに謝るポーズ。
「……ごめんのばらさん、すぐ片づけて、四発殴って、向かうから……」
「に、荷物の受け取りってどうすれば……!」
「宅配業者さんが玄関まで荷物を持ってきてくれるから、印鑑を押して荷物を受け取ればいいよ、のばらさん」
「印鑑ってどこにあるの!?」
「そこは神通力を使えばいいのではないだろうか?」
「いいのではないだろうか? じゃねえよ! なんでそんなカジュアルな感じで神通力を使わせようとするんだよ、そもそも使えないし巫女じゃないし――!!」
喚くあたしに、高橋は今度は鍵を投げて寄越した。
「大丈夫だ、サインでもいい」
そして伝えることは伝えた、渡すものは渡した、とでも言うかのように、魔物を追って走り出した。
後に残されたのは、伝票の控えと鍵、を握りしめるあたし。
……宅配便が届く、十八時まで、あと、……十分。
しばし呆然としていたあたしは、けれど高橋の住むアパートがここから徒歩十分だったことを思い出し、猛然と走り出した。四発目はあたしが殴る、その思いを胸に。
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