第三章-2:あたしと魔界と逃亡者-8
「……私の姉はすごいのよ。ジルも言ってたでしょ、エクソシストの中でも力が強い、って。私はごくごく普通のエクソシストだから。もちろん普段は魔物退治をするけれど、姉がいれば、私は別に行く必要がないのよ。サポートが必要なら行くけれど、今回は同じく力が強いエクソシストと、魔物もいるから、私は行かなくていいの」
そこで一度伊吹さんは言葉を切って、窓から視線を外した。少し笑って、あたしの顔をちらっと見た。
「私、高いところが苦手なんだけど」
「う、うん」
「昔は苦手じゃなかったのよ。苦手になったのは三年くらい前、ちょうど原さんと同い年の頃かしらね。……私がエクソシストとして働き始めたのは、中学卒業と同時だった、だからその少し前ね。もうすぐ姉と同じエクソシストになるのに私はごくごく普通の力しかない、ってことにちょっと焦ってたのよ。それで、努力でなんとかできるかなって思って、まあ無茶なこともしてみたりして……高いところから誤って落ちて、それからね、高いところが苦手になったのは。他の苦手なものも、大体はその頃に、無茶して、失敗して、苦手になったものばかり。まったく、何をやってるんだか、って感じよね……」
いつも、(高いところにいるとき以外は)背筋を伸ばして凛と立っている伊吹さんが口にする……弱音は、強くて、脆く聞こえた。
ごく普通のエクソシスト、って。ごく普通の一般人であるあたしから見れば十分すごい人のように思えるのに。
「でも」
あたしはなんとか言葉を絞り出す。
「でも伊吹さんは、あたしを助けに『裏』に来てくれたり、魔物退治をしやすいように人避けをしたり……、高橋や瑞穂さんにはできないことをやってるよ。そうやってみんなを助けてるよ!」
「そうよ」
あたしの言葉に、伊吹さんはあっさりと頷いた。だけどその表情は、どこかまだ、心残りや悔しさを捨てきってはいないみたいだった。
「……そう思ってるわよ」
それでも伊吹さんは、あたしを真正面から見て言う。
「誰もがああやって華々しく世界を守っているわけじゃない。そして、守りたいと思っていることに違いはないのよ。原さん、あなたも」
「……あたしも?」
ごく普通のあたしから見ればとっても「すごい」はずの伊吹さんは、伊吹さん自身から見れば普通の人で、もっとすごい人を追っていた。
だけどその伊吹さんが、あたしを助けてくれたり、瑞穂さんや高橋を支えたり、目立たなくたって魔物退治をして、世界を守っているのなら。
「ええ」
……あたしも、そうなんだろうか?
伊吹さんが椅子を引き、立ち上がった。これで話は終わりらしい。
「さっきの狼で、最後だったんじゃないかしら。出迎えてあげましょ」
「お待たせー、終わったよ!」
がらがらと音がしてうどん屋の引き戸が開き、笑顔のジルさんを先頭に、エクソシストたちが戻ってきた。
「花折ちゃぁん!」
「わーっ!?」
伊吹さんの姿を見つけて堪えられなくなった瑞穂さんが、ジルさんを押しのけ飛び出した。そのまま伊吹さんに飛びつく。
「大丈夫だった!? 『裏』に行くって聞いて、お姉ちゃん心配で仕方なかったよー! ね、大丈夫? 何ともない!?」
「ちょ、ちょっとやめてよお姉ちゃん、いつものことでしょ、ちょっと、苦しい」
「いつものことでも、いつでも心配なのー!」
ぎゅうぎゅうと音が聞こえるくらい抱き締められて、伊吹さんが顔を青くしながらばしばしと背中を叩く。
再び扉の音。そちらを見ると、一番最後に入ってきた高橋が扉を閉めたところだった。相変わらず無表情の高橋は、だけどあたしの視線に気付くと、少しはっとしたような顔をした。
少し急ぎ足で近づいてくる。
「のばら」
「高橋!」
「大丈夫だったか」
「大丈夫だった?」
あたしと高橋の声が重なった。
「……ああ、俺は大丈夫だが」
さっきまで屋根の上を軽々と駆け回り、右手から最終手段を放って魔物退治していた高橋の、コートは少し皺になっていた。ああ、高橋は今日も世界を救ってきたんだなあ。でも高橋は狙いをつけるのが下手くそだから、自分の得意な方法(最終手段)で。
高橋は高橋のやり方で、高橋の世界を救ってきた。
あたしは。
あたしは、あたしのやり方で、あたしの世界を救ってこれたのかなあ。全力で走り回って、持っていた中途半端な知識であそこが「裏」だって気付いて、神の使いだって言っておじさんをかろうじて説得して。……うーん、やっぱりあたしは、神の使いでも何でもないただの中学生だ。全然スマートじゃないし、自分の得意な方法もよく分からないし、高橋のようには世界を守れない。でも、確かにかつてあたしは言ったのだ。思ったのだ。あたしの世界を守りたいって。
そう。
そう、あたしも。
あんな風には守れないし、あんな風以外の守り方も不格好だけれど。でも同じように守りたいと思ってるんだ。きっとそれは、少し前までのあたしとは違う思いのはずだ。
「あたしも、」
だからあたしは笑って言う。
「大丈夫だよ。神の使いじゃないけどね!」
あたしの言葉を聞いて高橋がきょとんとする。それがなんだか面白くて、あたしはけらけらと笑っていた。
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