8章 ハルキ・アレンス

「アレンスくん。ここに呼ばれた理由はわかるね?」

 リッキーは眉間に深い皺を寄せて、腕を組んでいる。怒っているというよりも、酷く苛立っているといった顔だ。彼みたいなインテリほど、機嫌を損ねると厄介なのだ。

 青ざめたハルキは、猫背のまま頭を直角に下げる。その勢いに彼の癖毛が揺れた。

「す、すみません! イースさんより前に出ないとって、とにかく夢中で。あんまり覚えていないというか、考えなしだったというか……」

「君は何の話をしているんだ?」

 怪訝な声を上げたリッキーに、ハルキは首を傾げる。僕が任務中に、また無茶をしたことを咎められているのではなかったのか。

リッキーは手に持った写真をひらひらと揺さぶりながら、「これだよ、これ!」と言った。

 そこに映っていたのは、速度取り締まりのカメラに撮影された真っ白なGT-R。それは紛れもなく、勤務初日の僕だった。遅刻を逃れようと、思わずアクセルを踏み過ぎたあの交差点だ。しかも、赤色灯をすっかり忘れている。

「マウサーが速度違反で捕まるなんて、前代未聞だよ? 今回は人の目がなかったから良かったものの、何かあればマウサー全体の責任になるんだ。点灯中以外はルール厳守で頼むよ」

「す、すびません……」

 ハルキは写真を持ったまま項垂れた。遅刻はするは、速度違反で捕まるは、散々だ。

 ふと、背後から笑い声が聞こえて振り返ると、口元を押さえて笑うイースがいた。長い金髪を揺らして嘲笑う彼の姿は、映画のワンシーンのように様になっている。

「しっかりしてくれよ、もじゃもじゃ頭くん。君がそんなんじゃ、誰も聞く耳を持たないよ?」

「おっしゃる通りで、ございます……」

 彼の前で自信満々に啖呵を切ったのに、自分が捕まっていては説得力の欠片もない。やっぱりルールは破るものではないな、とハルキは肝に銘じた。

 今日も相変わらずよれよれのパーカーを着て、しょげているハルキを横目で見たイースは、

「まぁ、踏みたくなる気持ちのわかる奴にしか、できないこともあるさ」

 と言い捨て、踵を返していった。彼のブラウンの革靴がマウサー本部の大理石を踏みならし、コツコツと気持ちのいい音がする。

事情の分からぬリッキーがイースの御機嫌を不思議がっている隣で、ハルキは腕に光るその猫型のバッジを見つめ続けた。

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Mouser! 及川イオリ @neko0101

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