19 ごきげんよう。
登美は震えながら担任教師を見上げる。
「先生……両想いになるおまじない、した事ある……?」
「おまじない?」
支離滅裂だが、担任教師は情緒不安定な登美の話に付き合う事にする。
「うーん……あぁ。聞いた事はあるわよ。先生が中学生の時だけどね?」
「先生、この学校出身だったっけ……どんなのだった……?」
「えーっと、確か……
3人集めて、好きな子の名前を書いて、手を繋いで呪文を唱えるんじゃなかったかしら?
それで本当に両想いになったぁ、何て子が結構いたわねぇ。
先生は信じなかったから、やりませんでしたけど」
「それ やったら、悪霊に呪われるんじゃないの……?」
「そう言えば、そんなのもあったわねぇ。
3日以内におまじない用紙を燃やすんでしょ?」
「ホントに呪われた子って、イナイの?」
「えぇ? やぁねぇ、いないわよぉ、
あぁでも、学校では問題になったから禁止令が敷かれたわ。
中には図書室に おまじない用紙隠して こっそりやってる子もいたみたいだけど」
そう言えば、理恵がそんな様な事を言っていたのを思い出す。
『アタシは、両想いになる おまじないを図書室で見つけただけで!』
理恵が見つけたのは、過去の在校生が隠していた まじないの痕跡だったのだろう。
「やめてちょうだいよ? 卒業前に そんなの流行らせるのやるのは。
実際に行方不明になったって子も沢山いるんだから、」
「え?」
「6人……だったかしら、揃って家出しちゃって大騒ぎになったのよねぇ。
暫くして1人だけパッと戻って来たんだけどね、
『友達を迎えに行く』って言ってそれっきりですって。だから、禁止令」
「……」
その当時も誰かが後始末を怠り、あの暗闇校舎へ引き摺り込まれたに違いない。
そして、運良く戻って来られた生徒も又、友達を助けるべく引き返し、帰らぬ人となったのだろう。
登美は携帯電話のディスプレイに目を落とす。20時40分。
『こっちの空間に誰か1人でも残ってたら、鍵を見っけても始末できねぇって事だ』
『鍵を始末したと同時にこの空間が閉じるんだぜ? 取り残されたヤツはどうなる?』
まじないの紙を取り戻さなければ、過去の行方不明者の二の舞だ。
登美は意を決して今一度、立ち上がる。
「先生、」
「なぁに? 落ち着いた?」
「やっぱ、燃やしちゃってイイや……」
「えぇ?」
「早く、燃やして……」
「ハァ、はいはい」
登美が落ち着いたのを良しに、担任教師はマッチに火を点け、焼却炉の口の中に放る。
ボッ!!
あっさりと点火。
火は瞬く間に広がり、焼却炉の中を真っ赤に染める。
「あぁ、そうだ。知ってる?
そのおまじないね、【ことどむすび】って言うんだそうよ?」
「何それ? どうゆう意味?」
「【ことど】って言うのは、【扉に閉ざされた場所】の事だそうよ。
その閉ざされた場所と自分を、【言葉で結ぶ】って意味らしいわ。
両想いのおまじないって聞くと可愛らしいけど、ちょっと怖いわよね。
あの世と繋がっていそうで」
「……」
「あぁ、ホラ。21時になっちゃったわよぉ、火が消えたら車で送って行くからね」
「うん……」
時刻は21時。瞬間移動は起こらない。
登美は赤い炎をジッと見つめ、表情も無くその場に佇む。
*
真っ暗闇の暗闇校舎が真っ赤に包まれる。
「火だ……」
弓絵は彗の手を取り、冷たくなった義也の体に身を寄せる。
「どうして……? 揃々、移動の時間じゃないのっ?」
煙は臭わないが、炎の熱量だけは感じる。
彗は次第を理解すると、弓絵と義也を抱き締める。
「鍵が、燃える……」
「!」
鍵。
元の世界と暗闇校舎を繋ぐ鍵が、消失されようとしている。
弓絵は周囲の赤を見回し、この空間が閉ざされてゆく感覚に全身の力を失う。
(登美チャン、戻れたんだね……)
ここにいない唯一の生存者は登美だ。
次の瞬間移動まで残すところ後僅か、再び暗闇校舎に戻されれば、それは絶望でしかない。
血と惨劇の染み込む暗闇校舎から逃れる為には、『全員一緒に』と言う大儀は捨て、自分の身を守る為に鍵を燃やせば良い。
誰を犠牲にしようとも、それが確実な一手。
(もう、帰れないのね……)
弓絵は涙を滲ませる。
鍵が失われれば暗闇校舎に閉じ込められると言うのは、少し都合の良い解釈だった様だ。
事実は、生きていようと死んでいようと、空間ごと燃やし尽くされる。
「弓絵、ごめん……キミを巻き込んでしまった……」
「彗君?」
弓絵は顔を上げ、瞠若する。
「あの時、心臓が止まる瞬間、僕は願ってしまったんだ……
弓絵と離れたくないって……」
「彗君……」
「もしかしたら、誰の所為でも無く、
僕自身のエゴが、皆までも道連れにしてしまったのかも知れない……」
「……ううん。彗君は何も悪くないよ」
16時。あの瞬間。弓絵は偶然に巻き込まれたのでは無い。
彗のひた向きな想いが、弓絵を結び繋いでしまったのだ。
然し、それを咎める思いは微塵も無い。寧ろ、彗の気持ちに喜びすら感じる。
「義也がいると、私はいつも元気でいられるの。
彗君がいると、私はいつも安心して笑顔でいられるの」
「弓絵……」
「だから、ずっと3人、手を繋いでいようね」
「うん。勿論だよ、弓絵」
燃え盛る真っ赤な暗闇。
全てが燃えて燃え尽きて、繋いだ手は離さずに、静寂の彼方へ。
*
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