18
「僕は……死んだんだ」
「そんなの信じないっ、だってここにっ」
「弓絵、聞いて。僕も信じたくないけど……やっぱり僕は死んでいるんだ。
1度目の瞬間移動で僕の心臓は、次元を超える震動に耐えられなかった……
ここに着いた時点で、とっくに死んでいたんだよ……」
「!」
暗闇校舎は生きた7人を引き摺り込んだのでは無い。
たった1人、彗だけが移動完了前にショック死していたのだ。
「どうして僕の体と魂が離れてしまったのかは分からない……
でも、きっと、こうゆう空間だからこそ、今の僕が存在していられるんだと思う」
「ヤダ、そんな事言わないで……触れられるのに、触れられるのにっ……」
弓絵は彗の手を握る。
確かに、体温は恐ろしく低い。死体と形容しても遜色ない程に。
然し、現に彗は肉体と同様の形を保ち、会話すら正常だ。
これが魂だけの存在とするには、余りにも浮世離れしている。
「この空間は魂を取り込む。体は必要ないんだろう。
だから、取り込まれずにいる僕を、アイツは探している」
「捕まったら……」
「皆と同じように取り込まれるんだろうね……」
「そ、そんなの、嫌!」
弓絵は両手で顔を覆い、体を震わせる。
(奪われてゆく……
何もかもを失って、そうして戻れたとして、私には何が残るの?)
元の世界に戻れたとしても、失ったものの大きさに耐えられる気がしない。
そうして絶望する弓絵の頭を、彗はそっと撫でる。
「願いが叶った」
「?」
弓絵は首を傾げて顔を上げる。
相変わらず泣きじゃくったその顔を見て、彗は苦笑する。
「ずっと、義也のように弓絵の頭を撫でたかったんだ」
こんな事でも無ければ叶わなかった願いなのだから皮肉な話だ。
「僕も弓絵と仲良くなりたくて……
でも、僕は臆病者だから、どうしても話しかけられなくて……
だから、義也が弓絵の手を引いてやって来た時は本当に嬉しかった。
やっと、友達になれるって」
「彗君……」
幼少期の思い出が蘇る。
引っ込み思案な弓絵がスケッチブックを持って、義也の背に隠れる様に現れたあの日の事を、
彗も鮮明に覚えている。
「私も、彗君と友達になれて、夢みたいに嬉しかったよ……」
*
1階・昇降口前。
登美はハッと我に返り、慌てふためきながら周囲を見回す。
「ここ、何処……?」
これ迄と違って視界が開けている。
薄暗くはあるが、転々と灯る蛍光灯の明かりと外灯が目につく。
見慣れた校内に懐かしさを感じる。
「ウソ……」
登美は昇降口に掲げられる時計を見上げ、目を見開く。
「時間、動い、てる……」
秒針は正常に時を刻み、現在時刻は20時を指す。
「戻って来たんだ!」
他にも誰か戻って来ているかも知れない。一縷の望みを持って、登美は校内を駆け回る。
だが、1階・2階・3階、隈なく見て回るも人の気配は無い。
死体も転がっていないから、やはり戻って来られたのは登美1人だけの様だ。
暗闇校舎では休む間も無く体を強張らせていたものだから、体力もすっかり底を尽く。
「ハァハァハァ……ど、どうしよ……」
現実世界に戻れた事に混乱した儘、登美の頭の中は飽和状態。
口では達者な事を言って来たが、いざ1人になると消極的だ。右往左往と足を迷わせてしまう。
彗からの伝言で、義也は何と言っていただろうか、表情をギュッと顰め、記憶を手繰り寄せる。
『向うとこっちを繋ぐ【鍵】ってヤツがある筈なんだって。
それを始末すればこの空間は閉じる』
「そ、そうだ! 焼却炉! 見っけなきゃ! あの紙、おまじないの紙!」
時刻は既に20時20分。貴重な時間を大分ロスした事に焦燥は隠せない。
今一度、昇降口に舞い戻る。
最終下校も過ぎたこの時分では、とっくに施錠されているがサムターンのつまみを回せば簡単に開錠。光明だ。現実世界なら、校舎の外へ出られる。
ヘトヘトの足並みは歩くよりも遅い。
登美は顎を上げ、酸素を求める魚の様に1歩1歩を進む。
「ハァ、ハァッ、、マジきついッ、、」
校庭を回り、職員駐車場を経由、南校舎の裏手に回ると、そこに焼却炉がある。
「えっ? せ、先生っ?」
担任教師が焼却炉の前に立っている。
焼却日は明日の筈だが、もしや今にでもと言うのなら、何としても阻止しなければならない。
登美は最後の力を振り絞る。
「先生ッ、待って、待って! 絶対待ってぇ!!」
大声で喚く登美を振り返り、担任教師は瞠若。
昇降口を閉める前に校内を確認したにも関わらず、こんな時間になっても生徒が残っているとは思いもしない。
息を荒げた登美が滑り込むと、担任教師は呆れ返って言う。
「何してるの、久松サン! 今、何時だと思ってるの!?」
「ゎ、分かってるっ、ハァハァッ……分かってるって! でも先生こそ、何でここにっ?」
「何って、ゴミを燃やすのよ?」
「それ、明日じゃん!」
「残業で遅くなっちゃったから、どうせならもう一仕事片付けて行こうと思ってね」
「ゴミ燃やされるの困る! 捨てちゃマズイ物捨てちゃって、それが無いとヤバイんだ!」
「えぇ? 何を捨てちゃったのよぉ?」
「! ……メモ、切れ端、みたいなの……」
「ちょっとぉ、幾ら何でもそれを見つけようって言うのは無理なんじゃないのぉ?」
普通なら、ゴミ山から紙切れを探そうとは思わない。
だが、このまま何も成さずに瞬間移動を迎えては、それこそ弓絵達に顔向け出来ない。
原因を作った1人として、何としても【鍵】である あの紙を見つけ出したい。
登美は担任教師を押し退けて焼却炉に飛びつくと、火掻き棒で中を引っ掻き回す。
「何でもイイから探すの! って、暗くて見えないし、ゴミ多すぎんだよ!!」
「当たり前でしょう、一週間分よ?
もう暗いし、どうしてもって言うなら今日は燃やさないで上げるから、
明日、明るい内に探しなさいよ」
「ダメなんだって!!」
そんな悠長にしている時間は無い。
恐れと不安に登美が声を尖らせれば、担任教師も流石に表情を神妙にする。
「何があったの? おうちまで先生が送ってあげるから、話を聞かせてちょうだい」
「だ、だからッ……今すぐ必要で……」
時刻は20時半。貴重な時間が刻々と過ぎてゆく。
だが、こんなコンディションの中では、とても探し出せる気がしない。
「あぁあぁ!! もぉヤダッ、最悪!! こんなの絶対無理じゃんかぁ!!」
鍵は焼却炉の中にあると分かっているのに手が届かない。
もどかしさに登美は火掻き棒を投げ捨て、頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
この儘では暗闇校舎へ引き戻されてしまう。
待ち構えているのは、無残な死と、救いの無い恐怖。
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