16

「それが、その……実は、……おまじない、したの、」

「あぁ? 何だそれ?」

「その……おまじないで使った紙を、3日以内に燃やさなくちゃならなかったの。

 でも、それを守らなかった。焼却炉に捨てたまま、今も残ってる……」

「オイ。そんなんが こうなった原因だとか、本気で思ってんのか、お前は」

「ゎ、分からないどっ……でも、それくらいしか心当たりが無いの!

 まさかって私も思ったけど……現に3日目の16時に私達はここに飛ばされたっ、

 可能性の1つにはなってしまう!」


 この惨劇を引き起こした原因が、そのおまじないだとしたら何とも拍子抜け。

否、子供騙しにも程がある。


「弓絵、頭大丈夫か? それとも、フザケてんのか?」

「義也っ、それなら他に何があるの!?

 どんな事をしたら、こんな目に遭っても納得が出来るのっ?

 私達には些細な事でも、私達の知らない所では、

 とても大きな意味になってしまうかも知れない……

 皆の命が奪われる程の、意味になってしまうのかも知れない!」


 この言葉に、義也は弓絵の手を振り払うと両肩に掴みかかる。


「弓絵! 言ってる意味、分かってんだよな!?」

「ゃ、やめなって、西原、フザケてんじゃないんだってばッ、」

「あぁ、そうかよ! だったら最悪だぜ、ホントによ!

 明日には先生がゴミを焼却するって頭はあるんだよな!?

 俺達がその時間までに戻れなかったら、自動的にアウトって事も解かってんだよな!?」

「!!」


 明日の最終下校前には、否応無しにも焼却炉は稼働する。

それ迄に、全員がこの暗闇校舎から脱出できなければ、永久に閉ざされた世界で彷徨い続けるか、暗闇の餌食にされるだけ。



(そうだ……タイムリミットが、近づいている、だけ、)



 状況は切迫したに過ぎない事に、弓絵は腰をつき、義也は頭を抱える。


「クソ、マジかよッ……それが原因だってなら、弓絵、何て事しやがったんだよ……」

「ぇ……」

「彗がお前の為にどんだけの覚悟をっ……

 つか、こうなったのは全部お前の所為だとか、冗談じゃねぇよ!!」

「!!」


 まじないの後始末を怠ったのは弓絵では無く登美だ。然し、弓絵の気遣いが裏目。

一連の話を聞くだけでは、弓絵が原因を作った様にしか聞こえない。

義也の誤解に登美は一層に罪の意識を強め、両手で口を覆うと訂正する事も出来ずに後ずさる。

弓絵は頭を振る。義也に話を聞いて欲しい。


「……ち、違うの、義也、私は、私は、」


 救いを求める様に手を伸ばす寸暇、空間が揺れる。

20時に切り替わると同時に起こる次元の歪みだ。

瞬間移動の揺れを体で感じるなり、弓絵は項垂れる。


「うぅぅ、うぅっ、義也ぁ……」


 3階・音楽室前。


 ボロボロと涙を流し、しゃくり上げる弓絵の両手は誰の手も握っていない。

義也と登美は一緒にいるのか、それとも別々に移動したのか、確認する術も無い。

弓絵は掌に涙を落とし、一層泣きじゃくる。


(義也は優しかった。小さい頃から優しかった……)



『お前、1人で何やってんだ?』

『……お絵描き』

『ふーん。上手いな!』

『あ、り、がと……』

『皆に見せてやろうぜ! ホラ来いよ。俺が連れてってやるから!』



(人見知りで誰とも喋れなくて、そんな私に義也だけが話しかけてくれた……

 義也が私の手を引いてくれたから、彗君とも皆とも友達になれた……)


「義也に嫌われたら、私、私……」


 両手で涙を拭い続ける弓絵の耳に、あの音が近づいて来る。


「!?」


 ズルズル……ズルズル……と、何かを引き摺る様な音。

肩を震わせ、廊下の先に目を凝らせば、暗闇に一層深い影を落とす大きな塊が蠢いているのが判る。弓絵は腰を引き摺って後ずさる。


「あ、ぁ……、」


 僅かに残った膝の力だけで這い蹲り、音楽室の中に逃げ込む。

身を潜めていればこれまで通り やり過ごせると言い聞かせ、弓絵は息を殺す。


(俊典君が死んで、亜希子チャンも理恵チャンも死んで……

 戻る方法が分かったとしても、もう、私は駄目なのかも知れない……)


 いつ元の世界に移動できるか分からない。次も、その次も戻れないかも知れない。

その間に明日になり、焼却炉に火が灯れば一巻の終わり。

そんなプレッシャーに打ち勝つ気力は無い。

義也に誤解され、大いに人間性を否定されてしまった弓絵の心はポッキリと折れてしまった様だ。


〈なかみぃ……なかみぃ……〉


 黒い影は同じ事を繰り返し呟きながら、この空間を彷徨っている。

音は音楽室の前に差しかかる。今暫くの辛抱だ。


(何を、引き摺っているの……?)


 ずっと気になっていた事だ。

怖いもの見たさとでも言うのか、神経が麻痺してしまったのか、

弓絵は僅かに音楽室のドアを開け、通り過ぎようとする黒い影の足元に目を凝らす。



 ズルズル、ズルズルズル……



(制、服……?)



 ズルズル、ズルズルズル……



 黒い影の手のらしき部分が握っているのは足。

上履きを履き、制服のズボンの裾がドアの隙間から見える。


(ま、さ、か……)


 想像に至る恐怖の余り、弓絵の体は凝結。視線を反らす事も出来ずに見つめ続ける。

制服のズボンからゆっくりと上半身が現れ、その人物の横顔が通り過ぎる。

廊下の天井に向けられるガラス玉の様な瞳が既に生気を帯びていない事は、この暗闇の中でも判断できるだろう。


(彗君……)



『弓絵、落ち着いて。僕が着いてるから』


『間に合って良かった、本当に良かった……』



(彗君……)


 彗の勇敢さに、弓絵はどれだけ救われたか知れない。

いつでも見守ってくれていた その眼差しが、今では何も映さなくなっている事に、

悲しみと怒りが抑えられない。


「ぅぅ、ぁ……あッ、あぁあぁあぁあぁ!!」


 弓絵は直ぐ横の掃除用具入れから箒を取り出すと、形振り構わず廊下に飛び出す。



「待て! 化け物!! 彗君を、彗君を返せぇえぇえぇ!!」



 弓絵の怒号に、シルエットばかりの黒い影は足を止める。

そして、首を捻る様に蠢いて見せる。だが、向き直った素振りは無い。

これはあくまで影であって、前も後ろも無いのだ。


(まるで、沢山の黒い虫が固まりになって姿を成しているよう……)


 実に不気味で醜悪なシルエット。

黒い影は彗を引き摺りながら弓絵に向かって歩き出す。

弓絵は呼吸を荒げ、箒を構える。

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