15

 弓絵と登美は中央階段から1階へ降り、保健室へ続く廊下の先を覗き見る。

静かだ。弓絵は登美の手を引いて足を進める。


「待って、弓絵チャンっ、何かいる……」


 登美は体を強張らせ、指をさす。

廊下に何かが転がっている様だが、それが何なのかは この暗闇では目視の距離に無い。

もっと近づかなくては確認する事は出来ないだろう。

弓絵はゴクリと喉を鳴らす。


「っ……大丈夫、動いてはいない、多分……」

「動いたらどぉすんのッ?」

「そ、それは嫌かも……」


 これを迂回するには、今一度2階へ戻り、中央階段を利用しなくてはならない。

然し、無事にここまで来られた事を思うと引き返すのは惜しい。


(戻っても、このまま進んでも、危険な事には変わらない……)


 弓絵は長息を吐き、登美の手を引く。


「私が先を歩くから、何かあったら直ぐに走って」

「うぅ、……ゎ、分かった、」


 廊下の壁に背を掏りつけ、息を殺して進む。

登美は顔を反らすも、弓絵は視界の端にソレを収め、確認する。


「! ―― 登美チャン、目、閉じてて……」

「な、何ッ?」

「―― 亜希子チャン、だから……見ないであげて……」

「ッッ、」


 亜希子の死体は職員室の手前に放られる様に移動させられた様だ。

余りの無残さに、亜希子が気の毒で堪らない。

2人は込み上げる涙を堪え、亜希子をかわして進む。


(ごめんね、亜希子チャン、理恵チャン、俊典君……

 でも、どうかお願い、私達が無事にここを出られるように見守っていて……)


 腹の底から願いながら、漸く保健室に辿り着く。


(開けたままにしておいた筈のドアが閉まってる! 2人が戻って来てる!)


「義也! 彗君!」


 ドアを開けるとそこには、椅子から腰を上げる義也の姿がある。

弓絵は登美の手を引いて駆け出し、そのまま義也の懐に飛び込む。


「義也!」

「弓絵、無事で良かった……」

「うん、本当に良かった! ここに戻ればきっと会えるって思ってた!」

「ああ、俺も。久松も一緒で良かった」

「ぅ、うん……」


 登美は申し訳なさげに頷くと、そのまま顔を伏せる。

やはり、事の発端に罪悪感が拭えずにいるのだろう、弓絵は義也を見上げて声を曇らせる。


「義也、理恵チャンが……」

「あぁ。3階で見かけた。……死んでた」

「ごめんなさい、私、一緒にいたのに……」

「やめろよ、俺も彗を連れて来られなかった……」

「「!!」」


 弓絵は息を飲み、登美は顔を上げる。

ベッドを見やれば中は空っぽ。彗の姿は何処にも無い。

弓絵と登美が最悪の状況を想像すると、義也は苦笑を浮かべる。


「ワケあって、別行動を取ってる」

「生きてるのっ?」

「ああ。アイツは大丈夫だ。心配ねぇよ。ここで合流する約束になってる」

「良かったぁ……」

「体調は大丈夫なの? 彗君、苦しんでいたけど……」

「……休んだから発作も治まったって。

 それより、彗からお前らに伝言を預かってんだ。俺はそれを伝えなきゃならねぇ」


 彗は黒い影を3人に近づかせない為の足止めに命をかけている。

そんな闇雲な事を言っては、それこそ弓絵を卒倒させてしまうだろう。

今は冷静に、彗の言葉を伝える必要がある。

義也は保健室のドアを閉めると直ぐに2人の元へ戻り、弓絵の手を握って、いつ来るか分からない瞬間移動に備える。


「ここのトリックが分かったぜ」

「「え!?」」

「言っても、俺が解いたワケじゃねぇよ。彗だ。

 アイツが言うには、向うとこっちを繋ぐ【鍵】ってヤツがある筈なんだって。

 それを始末すればこの空間は閉じるってさ」

「元の世界に戻れるのね!?」

「多分な。でも、それが結構難しい。

 いつ向こうに飛べるか分からねぇってのもあるけど、重要なのは、

 こっちの空間に誰か1人でも残ってたら、鍵を見っけても始末できねぇって事だ」


 登美は瞠若し、困惑を聞かせる。


「な、何で?」

「鍵を始末したと同時にこの空間が閉じるんだぜ? 取り残されたヤツはどうなる?」

「ここから、出られなくなる……?」

「ああ。だから、全員が元の世界に戻ってなきゃらなねんだよ。

 運良く誰か1人が向うに戻れたとしても、鍵を始末すりゃイイってもんじゃねぇって事だ」

「だったら、手を繋いで4人で瞬間移動を繰り返せば良いのよ!」


 名案。だが、弓絵の言葉に登美は懸念する。



「4人で瞬間移動って、出来んの?」



 盲点。

これ迄は如何にバラバラにならずに済むか、その場に留まれるかを考えたが、今度は元の世界に戻る為、飛び続けなくてはならない。

この現象が元の世界と繋がる唯一の手段でもあるから、抵抗しては意味が無いのだ。

3人では瞬間移動が成立すると言うだけで、4人になれば出来るかどうか分からない事に弓絵は力なく答える。


「それは、試してみないと……」

「試してダメだったら、また1時間待つんだよね?」

「ぅ、うん……」

「久松ッ、」

「だからさッ、無事に待てたとして、そっからどぉすんのっかてッ、

 高野君からその辺の事、聞いてないのッ?」

「! ……あぁ、」


 彗が案じていたのは弓絵の事に他ならない。

だからこそ不調を押して単独行動を取っているのだ。

3人が合流できたなら、出来る限り瞬間移動を繰り返し、元の世界に戻るようにも薦められている。然し、義也にその考えは無い。全員一緒に戻る事。それが全てだ。


「試してからじゃねぇと何とも言えねぇよ」

「4人が無理だったら2人組になって……」

「弓絵チャン、シッカリしてよ、2組に分かれて2組ともが同時に向うへ戻れんかってッ?」


 4人では重量オーバーともなれば、2人ないし3人の編成で瞬間移動する事になるが、同時に暗闇校舎を脱出できる確率は低そうだ。

ならば、どれだけ繰り返せば2組が同時に脱出の機に巡り合えるのか。

目処の無さに、見え出した光明が遠のく。



(1人でも戻れたら、それは千載一遇とも言える奇跡……)



 弓絵が愕然とすれば、義也はその頭を撫でて気持ちを落ち着かせる。


「久松、判らねぇ事言ってもしょうがねぇだろ。

 それはそれとしたって、鍵が何なのかも分かってねぇんだ。

 彗は俺達の中の誰かが知ってる筈だってけど、人数も減っちまったからな……

 お前ら、何か気づいた事ってねぇのか?」


 状況は何一つ動いていない所か、知っている筈の人間が既に死んでしまっていれば、彗の推理も意味を成さない。

この話題になれば、登美はバツの悪さに口を噤み、又も俯いてしまう。

やはり、自ら懺悔するには荷が重いのだろう、そんな登美の気持ちを汲み、弓絵は代弁する。


「義也、その……鍵が何処にあるのか、もしかしたら分かるかも知れない」

「マジでか!? 何処だよ!?」

「焼却炉、じゃないかと思って……」

「焼却炉? つか、そんなモンどうやって始末すんだよ?

 1時間以内にスプラッターにすっとか、完全に無理だぞ、」


 焼却炉その物を言っているのでは無い。

やはり、理由を説明しなくては伝わりそうに無い。


(登美チャンも反省してる。

 これ以上傷つけない為にも、私が上手く説明しなくちゃ)

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