14

「義、也……」

「彗っ?」


 耳元で彗の意識を確認すると、義也は周囲を見回し、空き教室に一時避難。

室内は暗いが人の気配は無い。

彗を背中から降ろして横たわらせてやると、義也はドアに耳を付けて廊下の様子を窺う。

教室の外は静まり返っている事に、義也はホッと肩を撫で下ろす。


「彗、大丈夫か?」

「どれくらい、眠っていたのかな……?」

「1時間は経ってる」

「1時間……」


 ならば、意識を無くしてから瞬間移動のタイミングを迎えていると言う事だ。

彗は体を捩る様にして無理矢理に起き上がる。


「寝てろって、」

「弓絵は……」

「それが、その……ワリぃ、はぐれた……」


 自分が着いていながらと言い含め、義也は顔を伏せる。

弓絵だけで無く、登美や理恵・亜希子の姿も無い事に、彗の焦燥は隠せない。

義也の腕を掴み、彗は口調を強める。


「移動してから、どれくらい時間が経ったっ?」

「多分、30分かそこいらか……正確には分かんねぇよ、」

「……」

「彗、マジでワリぃ……藤山が死んだ。それから多分、足立も……

 さっきパソコン室前の廊下に……

 顔とか判別できなかったけど、背ぇ小せぇヤツだから……」


 何となくの身体的特徴でしか身元が判らない程、理恵の体は損傷が激しかったのだろう。

義也の精神は一層に疲弊。普段の威勢の良さが一切 感じられない。


「義也、探しに行こう……早く、合流しないと……」

「勘弁しろよ、彗ッ、そんな体で動いたらお前こそ、」

「弓絵が心配なんだ」

「分ってる! お前の気持ちは解かってるっ……だけど、そう簡単に動けねぇんだよッ、」

「義也?」


 義也は怯えている。

再びドアに耳を付け、外の様子を窺うと長息を吐く。


「……ずっと、誰かに着けられてる」

「え?」

「分かんねぇけど、着いて来んだよ……黒い影みてぇなヤツで、何か引き摺ってんだよ、

 そいつ、矢鱈デカくてさ、行くトコ行くトコ降って湧きやがるっ、

 多分、弓絵が言ってたヤツだと思う。ブツブツ言ってんだ、『なかみ』って、」

「中身……」

「薄気味ワリぃよ、ホントに……人間じゃねぇよ、ありゃ……

 弓絵の事だから、飛ばされたとしても保健室に戻って来ると思うんだ、お前の事もあるし。

 でも、あんなの連れて行けねぇ。巻くなり、何とか食い止めなくちゃよ……」


 保健室に向かいたくても、黒い影が音を立てて近づいて来る。

回り込まれれば、その度 義也はルートを変更をして右往左往する始末だ。

好い加減、体力も底を尽きかけている。

だが、彗が言葉を失えば、義也は強がって空笑いを聞かせる。


「ハッ、ハハハ……大丈夫だって、俺が何とかすっから、お前は安心して休んでろ」

「すまない、僕がこんな体だから……」

「関係ねぇだろ、そんなの!

 俺は気にした事1回もねんだから、お前もそうゆう事言うな!」

「……」


 義也の男気には、これまでに何度も救われている。

彗が病弱な自分と折り合いを付けて暮らしていけるのも、義也の明るさがあっての事だ。

だからこそ、何としても助けたい。


「義也、僕に考えがある」

「何だよ?」

「そいつは僕が引きつけるから、その間に義也は弓絵達と合流してくれ」

「なに言ってんだよっ? 引き付けるって、どうやってそんな事っ」

「考え無しに言ってるんじゃない。僕なら出来ると思う。

 それに……僕が一緒にいたら足手纏いだ。だから頼む、義也」


 彗を庇いながらでは、義也の負担にしかならない。

ならば、危険であっても1人で行動した方がマシだろう。

弓絵や登美と合流する確率も上がる。

だが、その代わりに義也は彗を置いていかなくてはならない。


「そんなん出来ねぇって!」

「やって貰わなきゃ困る!

 瞬間移動し続ければ、いつかきっとここから出られるんだから!」

「ゎ、解かるけどよ……」

「義也、向こうへ戻ったら鍵を見つけるんだ」

「鍵?」


 瞬間移動のタイミングや性質、その他にも彗は気づいている事がある。


「原因と結果の法則だよ。偶然こんな事が起こるとは思えない。

 この現象を引き起こした【鍵】となるべきものが何処かにある筈だ。

 それが、僕らの世界と、この空間を繋げているに違いない」

「その鍵が、向こうにあるってのか?」

「事の始まりが向こうの世界なんだ。そう考えるのが妥当だろう」

「鍵が見つかったとして……その後どうすりゃイイ?」

「次の瞬間移動までに、何らかの形で壊すんだ」

「何らかって……」

「壊す、消す、燃やす、溶かす、流す、埋める、色々あるだろ?」


 鍵が何なのか分からないが、属性に合った廃棄をすれば良いと言う事だ。



「そうすればきっと、この空間は閉じる」



 瞬間移動は起こらなくなる。2度と暗闇校舎に舞い戻らずに済む。

少なくとも、3人未満であれば瞬間移動は成立する。

共に元の世界に戻る事が出来れば、手分けをして鍵を葬り去れば良い。

その事を弓絵と登美に伝えるべきが急がれるのだ。


「僕の事は構わず、元の世界を目指して瞬間移動を繰り返すんだ。

 でも義也、1つだけ約束して欲しい。

 向こうの世界に戻れた時、もしもその場に弓絵がいなかったら、

 弓絵が ここから出るまでは鍵を見つけても消さないでくれ……

 空間が閉じれば、その時点で ここに居残っていた者は脱出できなくなってしまうから……」


 【鍵の発動=空間の開放】であれば、【鍵の消失=空間の閉鎖】だろう。

 閉じ込められれば2度と戻る事は出来ない。

 然し、鍵と言われても見当が付かない。1時間でそれが見つけられるとも思えない。


「俺に、俺なんかにそれを任すのかよ……彗、やっぱりお前が一緒にいてくれねぇと、」

「僕に出来る事なら何だってする。でも、僕は……」


 思うように体が動かないのだ。

義也に託す他、彗には道が残されていない。


「義也、僕らがここに来た事には必ず理由がある筈だ。

 鍵が何なのか、誰かが知っている筈なんだ。

 全員殺される前に探し出さなくちゃならない」

「彗、」

「僕はその為に、出来る限り時間を稼ぐ。頼む、僕に力を貸してくれ。

 弓絵が無事に元の世界に戻れるなら、僕はこの世界に閉じ込められても構わないんだ」

「!」


 何にせよ、今は時間が惜しい。全員が合流し、情報を共有する必要がある。

彗の強い訴えに義也は目を見開く。


「解かった……絶対に俺が何とかしてみせる」


 義也は立ち上がり、彗を引っ張り上げる。


「俺が先に出る。後は、得意の悪知恵使って、絶対にテメェの身を守りきれよ?」

「うん。任せて」


 義也は彗の手を今一度ギュッと握り、思いを込める。


「後で合流しよう。何度飛ばされたって、保健室で待ってる。

 そいで、お前も一緒に戻るんだからな、絶対に」

「うん」


 暗がりだが、彗が穏やかな笑みで微笑んだだろう事が分かる。

義也は一息を付くと教室のドアを開け、単身駆け出す。向かうは保健室。

彗は暗闇に消えて行く義也の背を出来る限り見送り、肩を撫で下ろす。


「ありがとう、義也。僕の友達になってくれて……」


 彗は浅い息を吐き、胸を押さえる。


「時間が無い……」


 時間が無いのは、彗自身にも言える事。



*

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る