12

「そんな……」


 2階、空き教室前廊下。


「義也、彗君……」


 義也と手を繋ぐ事は出来ず、瞬間移動。

然し、登美と理恵とは離れ離れにならずに済んだ様だ。


「何で、手ぇ繋いでたのに……何で!?」

「3人じゃ、足らなかったのよ……」


 手を繋いでいれば移動は免れると思っていた登美の言葉が虚しい。

少なくとも、この空間の転移は3人なら成立してしまうと言う事だ。

ならば、義也と彗も保健室にはいないだろう。

理恵は登美に掴みかかると、激しく体を揺する。


「ホントに! ホントにちゃんと燃やしたんだよね!? 燃やしたんだよね!?」

「ッッ……、、」


 暗い中でも理恵の泣きじゃくった顔が良く解かる。

それ程の間近で口調を荒げる理恵の激しさに、登美は言葉を失う。

答えられないその様子に、理恵は両手を振り上げて登美を何度と無く殴りつける。


「登美、さっき燃やしたって言ったじゃんか!!」

「ううッ、、何すッ、痛いッ、痛いってばッ」

「燃やしたって言ってよ!! ちゃんと約束通り燃やしたって!!」

「理恵チャン、やめてっ、落ち着いてっ、こんな事してないで早く義也達と」

「こんな事じゃないよ、弓絵チャン! 登美の所為で、登美の所為でアタシ達はッ」

「ッッ、、違う! 違う!! 私じゃない! 理恵があんな事言い出すから!」


 ここで足を止めている猶予は無いと言うのに、弓絵が仲裁に入るも、2人は互いを叩き合う手を止めない。


「やめて、やめて!

 喧嘩なんかしてる暇は無いのっ、次の移動まで一時間しか無いの!」

「登美の所為で俊クンも亜希子も死んだんだ! 全部コイツの所為なんだぁ!!」

「知るかよ、そんなの!! こっちはお前に巻き込まれたんだ! 離れろ、バカ!!」

「お願い、やめて! ここには私達以外の誰かがいる! 幽霊だけじゃない!

 いるの! いるのよ!!」


 何かを引き摺るあの人物が一体 何者なのか、

ただ、異様な不気味さが『味方では無い』と本能に訴えかけて来る。

アレも又、危険な存在に違いないのだ。

こんな諍いの最中に鉢合わせる事にでもなれば、それこそ逃げ切れない。

弓絵の警鐘に、振り上げられた理恵の手がピタリ……と止まる。



「―― え?」



 間の抜けた声を漏らすと同時、理恵はビタン!! と廊下に顔面を打ちつけ、次には滑る様に引き摺られてゆく。



 ズズズ、ザァァァァァァァァ!!



「理恵チャン!!」


 やって来たのだ。あの騒がしい足音と笑い声が。



 バタバタバタバタバタバタバタ!!

 キャハハハハハハハハ!!



「何、何、何で、いやぁあぁッッ、ッッ、痛ッ、痛い、痛いぃいぃいぃいぃ!!」

「待って! 理恵チャンを連れて行かないで!!」


 幾人もの黒い手が理恵の両足に巻き着き、南校舎へ向う廊下の先へと連れ去ろうとする。

登美が放心しきって動けずにいるも、弓絵は立ち上がって全力疾走。

然し、理恵が引き摺られるスピードに追い着けない。


(これ以上、殺されてたまるか!!)


 弓絵は意を決し、ダイブ。

助けを求めて伸ばされる理恵の手に飛びつくと、決して離すまいと力強く握り込む。

そして、廊下の柱に もう一方の手を引っかける。


「うぅ、あぁッ」

「離さないで、弓絵チャン! お願い、離さないでぇ!!」


 柱にぶら下がり、辛うじて理恵を引き止めるも、引き摺ろうとする力が緩まる事は無い。

弓絵の腕は捥げそうな程に引っ張られる。


「ッッ……絶対、離さないッ、、」


 弓絵が彗に助けられた時は黒い手も潔く引き下がったが、今回は諦めが悪くしつこい。

周囲は2人を嘲ける哄笑に包まれる。



 ギャハハハハハハハハ!!

 ヒィーーーャハハハハ!!

 ハハハハハ!! アハハハハハ!!



「どうしてこんな事するの!?

 私達はただ、当たり前の日常があれば良かったのに!

 笑って、喧嘩して、仲直りして……

 こんな事にさえならなければ、いつだって私達は手を繋いで、」



 ダン!!



 2人の繋いだ手が、何者かの見えない足によって踏みつけられる。


「ぁ……」


 手は解け、理恵は暗闇の先へと引き摺られて行く。



 バタバタバタバタバタバタバタ!!

 キャハハハハハハハハハ!!

 バタバタバタバタバタバタバタ!!

 ギャハハハハハハハハハ!!



 遠ざかる理恵の目には、身動き取れずに手を伸ばすばかりの弓絵が焼きついた事だろう。

自分を助けようとした弓絵に対して、感謝も無ければ恨みも沸かない。

ただ容赦なく引き摺られ、顔の皮膚すらも摩擦でずり剥ける痛みの中、壁に体を打ちつけ、

骨の折れる鈍い音を何度も聞きながら、中々死ねずにいる苦痛に涙を滲ませる。

俊典も亜希子も、こうしてジワジワと痛めつけられて死んでいったに違いない。

そして、理恵も間も無く、あの無残な屍と化す。


 意識が途切れるだろう寸暇、理恵は何かを引き摺る黒い影と擦れ違う。


「ぇ……?」


 やはり、見間違いでは無かったのだ。黒い影は制服を引き摺っている。

それを目に、息を飲む様に声を漏らす。


「ぁ……」


 これが、理恵の最期。


 理恵は闇の彼方に消えて行き、今はもう悲鳴すらも聞こえない。

弓絵は廊下に突っ伏し、泣き崩れる。


(助けられなかった……)


 彗の様に体を張って手を伸ばせば助けられると、弓絵は信じていたのだ。


「理恵、チャン……うぅ、うぅぅッ、ううッ、ぁぁ……、、」

「ゅ、弓絵チャン……」


 足を竦ませてやって来る登美は、弓絵の名を呼んだきり、かける言葉が見つけられずにいる。

ただ、暴挙とも取れる弓絵の行動に恐縮してならない。

自分には決して出来ない勇敢さに、登美は項垂れる。


「登美チャン……」

「な、何?」

「3人じゃ、駄目だったの……」

「ぅ、うん……」

「私達はもう、4人しか残っていない……」

「……うん」

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