11

 一方、保健室に残る弓絵と義也は、彗の容態を見守る。


「彗君、大丈夫かな……」

「彗は根性あっから大丈夫だ」

「うん……」

「つか、お前って案外頼りになんのな? お陰で落ち着いて考えようって気になった」

「そ、そう?」

「ああ。俺、アホだから。頭使えるヤツがいてくれねぇと……だから助かってる」

「私こそ、義也には助けて貰ってるよ。ありがとう」

「つか、気になってる事があんだけどよ、

 彗が譫言みてぇに言ってた事があって、時間がどぉのって。

 さっきから考えてんだけど俺にはサッパ解かんねぇし、お前、解かるか?」


 倒れる前の彗は、この奇怪な現象について幾つかの仮説を持っていた事を思い出す。



『1つは、弓絵が言うように、この瞬間移動が揺れによって生じると言う事。

 そして、同時に複数人を運ぶ事は出来ないと言う事』


『2つ目は ――』



 彗が何を言わんとしていたのか、それが時間に関わる事だとしても、それ以上の想像が出来ない。


(時間がどうしたんだろう……?

 ここの時間が16時で止まっている事は、始めに彗君と確認している)



「次元の歪みが、時間に関係あるのかな?」



(16時、止まった時間、今が何時か何て分からない……)



「! ……待って、今、何時?」


 疑問を持つなり、弓絵は携帯電話のディスプレイに目を落とす。



「時間が、動いてる……」



 16時で止まっていた筈が、ディスプレイは18時を表示している。


「ホントだ。いつの間にか18時になってやがる。でも、相変わらず秒針は動いてねぇな」

「彗君、この事を言いたかったんじゃないかな?」

「時間が動いてるって? 俺が確認した時は17時でぇ……」

「え? 17時があったの?」

「ああ。お前らと教室の前で合流するちっと前に何と無く確認した」

「16時、17時があって、今が18時……」


 今の所、ディスプレイのデジタル時計に動きは見られない。

保健室内の壁掛け時計にライトを向けても、秒針は止まった儘だ。


「1時間毎に、時が動いている……」


(彗君はそれを確認していた? いつ? ……そうだ、揺れた直後だ)


 皆で手を繋ぎ、瞬間移動を免れたその後、彗は携帯電話のディスプレイを確認している。


(充電を気にしているんだとばかり……

 だから私は、落ち着いたら充電器を返さなくてはと思っていて……

 けれど、そうじゃ無くて、彗君が時間を確認していたとしたら ――)



『幾つか解かった事がある。あぁ、大丈夫だよ。今なら手を放していても』



(今は大丈夫だと、確信を持っていた? それは……)


「1時間毎に、揺れる、から……」



*



 暗闇のトイレの中、登美と理恵は顔を見合わせてゆっくりと頷く。


「亜希子? イイ? 見ちゃうよ? 見ちゃうからねっ?」


 理恵は反応の無い亜希子の個室にライトを向ける。



 ……

 ……



 状態がいまいち把握できないが、これは人だろうか?

便座に腰をかけ、トイレタンクに背を凭れて足を投げ出している。

そして、胸が押し潰されたアンバランスさに頭と肩がグッタリと前のめりに項垂れ、

個室内は夥しい血で赤く染まっている。


「「ヒッ!!」」


 2人は同時に息を飲み、その場に硬直。パクパクと口を動かす。


「亜希子っ……死、死んで、る……? ウソでしょ? 何で……?」

「ぁ、あぁ……紐、紐が、さっき引かれてた……私、待っててって意味だって……」


 今更な事だが、亜希子が『待っててね!』と2度目に嘆願したその直後、ビニール紐が仕切りに引っ張られていたのを登美は確認している。

然し、言いがかりをつけて来る理恵との口論に気を取られ、亜希子のそれをシグナルとは捉えなかったのだ。まさか、こんな近くで人が殺されるとは思いもしない。

敵がいるなら、正面からやって来ると思い込んでいたのが誤算。


 足元を見れば、タイルの目を縫う様に亜希子の血が伝う。

然し、それも少しずつ薄れていく。

床がゴクリゴクリと嚥下する様に、亜希子の血を吸い取っていく様だ。



 ギャハハハハハハ!!

 アハハハハハハハ!!

 キャハハ!! キャハハハ!!



 トイレの中に響く笑い声。


「な、何!? この笑い声、どっから聞こえるの!?」

「出たっ、幽霊が出たんだよ!!」


 やはりここは異常なのだ。

慣れ親しんだ校舎と同じ姿をしているだけの残虐な暗黒世界。

無残な死は平等に訪れる恐怖を確信すると、2人は肩をぶつけながらトイレを飛び出す。

だが、腰紐の先には亜希子が繋がっているのを忘れてはならない。

死体が錘になって引き戻される遠心力に、グチャリ……と、個室から零れ出る亜希子の死顔。

登美と理恵は腹の底から悲鳴を上げ、震える指先で不器用にビニール紐を解く。


「ヒッぃ、いゃあぁあッ、あぁあぁあ!!」

「もぉヤダぁあぁあぁ!! ヤダぁあぁあぁ!!」


 この騒ぎに弓絵が保健室のドアを大きく開けると、登美と理恵が揃って飛び来み、床に転がる。

弓絵は2人に弾き飛ばされて背中から倒れるも、亜希子の姿が無い事に慌てて体を起こす。


「亜希子チャンは!?」

「死んだ!! 死んだぁあぁあぁ!!」

「幽霊だよ! あんなグチャグチャなの、幽霊じゃなきゃ出来ない!!

 あんなのヤダ! あんな風に殺される何て絶対に嫌だぁ!!」


 グチャグチャ。亜希子はそう形容できるだろう死に様だったのだ。

尋常で無い2人の怯えに、弓絵と義也が亜希子の死を疑う事は無い。

義也は彗の手を握りながら、腰を抜かしてベッドの足元に座り込む。


「マジ、か……」


 確実に、何らかの力によって殺されてゆく。

警戒なぞ、無意味なのかも知れない。


(1人ずつ殺される……理由も解からず、私達は殺される……)


 弓絵は恐怖と悲しみにボロボロと涙を流しながら床を這い蹲り、登美の手を握ると、

もう一方の手を義也に伸ばす。


「皆、手、繋いで、時間が、いつ来るか、分からな ――」



 ズン!!



 瞬間移動。弓絵はドサリ! 床に突っ伏す。

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