10 おまじない。
暗闇のトイレは不気味さを増す。
「うわ、マジ最悪……」
残念な事に、ここも照明が点かない。
引き返したそうな登美を余所に、理恵は試しにトイレのレバーを捻る。
「良かった、水は流れるよ」
「ねぇ、ドア閉めないでも……イイ? ドア閉めるの、怖いからぁ……」
「あぁ、まぁねぇ……」
「別に女同士なんだから良くない? アタシは開けて入る」
安全確保の為にはデリカシーだのと言っている余裕は無い。
3人は揃って個室に入ると、いつでもビニール紐を引っ張る準備を整え、ドアだけは開けて腰を下ろす。
「先に済んでも待っててねっ?」
「分かってるってッ、あぁもぉヤダ、ホント……」
「あのさ、さっきの話なんだけど」
恐怖を紛らわせる為にも話を途切れさせたくない。
理恵は何の話を蒸し返そうと言うのか、1つに絞れずにいる2人は首を傾げる。
「さっきってぇ……廊下で理恵チャンが見たモノのコト?」
「亜希子、しつこい! それは目の錯覚って言ったでしょ!」
「ゴメン……」
「そうじゃ無くって、弓絵チャンが言ってたでしょ?
どうしてこんな目に、とか。どうして今日なのか、とか……」
「そうだっけ? ってか、水流すからね?」
この期に及んで登美は我関せずとも言える捨て台詞。
こうして平静を保とうとしているのだろうが、相変わらずの無責任さに聞こえてしまう。
目鯨を立てる理恵が言い返そうと言う所で、登美はハンドルを捻って水を流す。
「登美チャン、待って、待っててね! ―― ねぇ!」
「はいはい、ヒモ引っ張ってないで早くしろってば、亜希子はぁ」
「だからさ、2人ともマジメに聞いてってば!」
理恵も水を流して個室を駆け出すと、登美と並んで手を洗う。
「今日ってさ、あの日だけど覚えてる?」
「何? あの日って」
「3日目」
「……あぁ、それはまぁ……私もさっき思いついたけど。
ってか、そんなの聞かれたら、西原に笑われるよ? あんなの迷信なんだからさ」
何が3日目なのか、
然し、登美もそこに思い当たったからこそ声を上げ、それを『独り言』と誤魔化したのだ。
「それでも、登美は参加したでしょ? それってば、少しは信じたからじゃないの?」
「別に。理恵が人が足んないって言うから、私も亜希子も手伝っただけだし」
「何それっ、面白がってたクセに……」
「そりゃそぉでしょ。
3人だけの教室で、手を繋いで呪文を唱えたら両想いになれる何て おまじない、
マジウケる」
「でも、アタシは俊クンと付き合える事になった……」
「それは向こうも最初から その気だったからっしょ」
「違うと思う! アタシは……俊クンが好きだったのは、登美だと思ったから……」
「はぁ?」
「だって仲良いじゃん! いっつも2人でゲームしてるし……アタシ、毎日辛かった……」
「ハァ。何度も言ってんじゃんよぉ、趣味が同じだけだっつの。
ウザぁ。ってかさぁ、あの変な おまじないで両想いになれんだったら、
亜希子だって、西原と付き合えてなきゃ可笑しいじゃんか」
「そうだけど……登美は高野クンとどうなの?」
「ホントやめろってば、それ言うの!」
「登美と亜希子は告白してないでしょ? アタシはしたもん」
「ほっといてよッ、ホントにウザイんだけどッ?」
「ウザイとかじゃ無くてさ、アタシ達は そうゆう事をしたって話を、」
「それが何でこうなるワケ? 両想いどころか死んでんじゃんか、俊典はさッ」
「登美、酷いよ、そうゆう言い方ぁ……
アタシは、両想いになる おまじないを図書室で見つけただけで!」
「両想いになったら死ぬとは書いてなかったんでしょ!?
考えすぎだって! バカじゃないの!?」
「ちょっと、、バカって何!? さっきから何なの、アンタの言い方!」
「うっさいなぁ、まだ何かあんのかよ!?」
恋愛沙汰の言いがかりなら御免と言いたげに登美が顔を背ければ、理恵は力任せに腕を掴んで向き直らせる。そして、神妙に念を押す様に問う。
「ちゃんと捨てたよねっ? おまじないの時に使った紙!」
「!」
登美の脳裏に思い出されるのは、机の上に置いた四角い紙。
紙面をぐるりと囲う様に漢数字を書き、その中央に赤色ペンで鳥居のマークを添える。
そして、空いているスペースに夫々が好きな相手の名前を記す。
理恵は熊田俊典・登美は高野彗・亜希子は西原義也と書いている。
用紙を囲って互いに手を繋ぎ、呪文を唱える。すると、告白が叶うと言う迷信だ。
何処にでも転がっていそうな話だが、大概、後始末には注意する様にも伝わっている。
「紙は三等分に切って家に持ち帰って、3日以内に燃やす ――」
改まって言う理恵に、登美は目を反らす。
「そうしないと悪霊がやって来て、関わった人全員が呪い殺されるって……
アタシ、言ったよね? 登美、今日がその3日目だよ?」
理恵から疑いの目が向けられている事に、登美は息を飲んで藪睨む。
「……何で私になんの?」
「だから、ちゃんと燃やしたのかって聞いてんの!」
「だから、何で私に聞くのかって! 亜希子かも知んないでしょ!?」
「亜希子は怖がりだもん! 帰って直ぐ燃やしたってメールが来たよ!
そうだよね、亜希子! 登美はバカにしてたよね!? 悪霊なんている筈ないって!」
「ちゃんとやたって! フザケんなって! ってか、早くしろよ、亜希子!」
登美は勢いに任せてビニール紐を引っ張る。
然し、亜希子は云とも寸とも言わない。
そう言えば、先程から登美と理恵が言い争うも、亜希子は一切 口を挟まずにいる。
こんな事は珍しい。
2人は波が引く様に静まり、個室に続くビニール紐を見つめる。何か奇妙だ。
「……亜希子?」
チョンチョンと遠慮がちにビニール紐を引くも、やはり音沙汰無い。
喧嘩をやめない2人を怖がらせて黙らせるつもりだろうか、登美と理恵は互いに目配せをして ゆっくりと個室に近づく。
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