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(今を受け入れるんだ。そして考えるんだ。考えろ……)
弓絵は義也と共にベットの傍らに立ち、彗を見つめて独り言の様に話し出す。
「きっと、何かトリックがあるんだと思う」
この言葉に、一同は弓絵を見やる。
「マジシャンがいるって言うんじゃ無くて、兎に角、仮定……
彗君のように、考えやすくしていけたら良いんだと思う、」
今は頼みの綱がいない。誰かがその役割を任わなくてはならない。
支持率も そこそこの弓絵に彗の代わりは務まりはしないが、段取りを真似るくらいは出来るだろう。
「ここは私達がいた世界とは違う、異次元空間なのよ。だからこんな怖い事が起こる……
私達は気づいたらこの異次元空間にいるけど、いると言う事は……
入り口があったんだと思う。きっと、気づかずにその入り口を通過してしまったの。
だからここにいる。だとしたら、出口も何処かにある筈……」
暫定・異次元空間。然し、誰も笑い飛ばしたりはしない。
入って来られたのだから出られると言う単純なロジックに光明を得る。
保健室の隅で膝を抱えていた理恵は、この話に意欲を取り戻す。
「出口、何処にあるのっ?」
「それは分からないけど……だって、入り口が何だったのかも分からないんだもの」
「何それ? じゃぁ入り口ってそもそも何なの?」
弓絵に期待したのが間違いか、目処の無さに登美の疑問符には疲れの色が見える。
雖も、ここで諦めてはならない。弓絵は視線を泳がせ、懸命に思量する。
「それはその、入り口って言うのはきっと……私達が一緒に同時に体験した事で……」
弓絵の混迷の呟きに、義也はパチン! と指を鳴らす。
「地震だろ」
あの、一瞬ばかりの震動。
あれが『始まり』であったと思い出せば、一同は互いに顔を見合わせる。
「そっかぁ、私、分かったかも!
高野クンが言ってた瞬間移動、あの時に次元の歪みが起こって、
それで こっちの世界にテレポートしちゃったんじゃないかなぁ!?」
ここを異次元空間と仮定するからこその発想だ。亜希子の推理に一同は揃って頷く。
これ迄は暗闇校舎の中を瞬間移動させられる切欠としか捉えていなかった地震現象だが、
あの1回目を【入り口】と捉えれば推理は進展する。
「って事はぁ……瞬間移動し続ければ、その内あっちに戻れるって事?」
そこまで単純に考えて良いものか、登美は首を傾げて半信半疑に言うも、その可能性は否定できない。だが、待てば海路の日より有りでは心許ない。義也は舌打ちする。
「待ってここを脱出できたとしてだ、
次にはまた ここに飛ばされる事になったらシャレになんねぇぞ……」
入り口と出口が仮定できたとして、無意識に行き来している状態に問題がある。
現実世界に戻れたなら、2度とこの暗闇校舎に踏み込まずに済む決定打が欲しい。
弓絵は彗の手を握り、目を閉じて考え込む。
(彗君、力を貸して……)
「どうしてこんな目に、どうしてこんな事が起こってしまったのか……
これまでこんな事は1度だって起こらなかった……
それが、どうして今日だったんだろう……」
(何か、切欠があったんだろうか?
こうなってしまう原因、いつもとは違う何か……)
これと言って思い当たる事は無い。
弓絵達は卒業制作の為に、少しばかり居残りをしていただけの事。
それも今日に限っての事では無い。ここ数日、そんな事が続いている。
陽が傾けば速やかに下校し、帰り渋る事も無い。
極めて真面目な生活態度と褒めて言って過ぎる事は無いだろう。
(偶然か、それとも、私達が知らず知らずの内に入り口を呼び込む切欠を作ったのか……)
作っていたのは卒業制作。青空に羽ばたく大きな鳥と輝く太陽。
あれは弓絵がデザインし、設計図に起こした物だ。そして、夕焼けの空。16時。
夫々が様々な出来事を回想する。
思い当たる節があれば、それが元の世界に戻る手がかりになるかも知れない。
すると、登美が声を上げる。
「―― あ、」
静寂に落とされたその声に、一同の目が揃って向けられると、登美は表情を強張らせ、深刻さを誤魔化す様に頭を振る。
「な、何でも無いよ、独り言だってばっ」
「ヤダもぉ、紛らわしいなぁ、驚かさないでよ、登美ぃ」
「ねぇねぇ、あのねぇ、全然関係ないコトなんだけど、私ぃ……
怖いと、その……トイレぇ行きたくなって……、」
こんな時とは言え、生理現象なのだから仕方が無い。
ずっと我慢していたのだろう亜希子が この機に言い出せば、登美と理恵は顔を見合わせる。
言われてみれば行きたくなるから不思議だ。
「……登美は? 行っとく?」
「ぅ、うん、一応。弓絵チャンは?」
「私は大丈夫。義也は?」
「俺もイイ」
幸いトイレは保健室の隣。
何かあれば直ぐに駆け着けられる距離だが、理恵は念には念をと言う様に、棚の中から荷造り用のビニール紐を引っ張り出す。
「個室に入るんだし、手ぇ繋いでおけないワケだから、これで体を繋いどかない?
何かあったら、これ引っ張って助けを呼べるし。
そんで、西原クンがさ、ここで紐の先持っててくれると助かるんだけど」
いつ瞬間移動の時が来るか、いつ幽霊と思しき存在に襲われるかも分からない状況だ。
女子としては、男子である義也には頼り甲斐を感じている。
この提案に賛同する登美・亜希子の目が向けば、義也は一息をついて頷く。
「……解かった。
俺がいきなし女子便に乗り込んでもチカン呼ばわりすんなよな?」
「ププッ、、ハハハ! ウケる!」
「フフフ、義也クンたらぁ……」
「大丈夫だよ、分かってるって。そん時はなに見られても許すよ。ハハハ!」
亜希子・登美・理恵の順にビニール紐を腰に結びつけ、その先端を義也が握る。
そして、恐る恐る保健室から顔を出して左右を見やり、3人は足音を殺して隣の女子トイレへ。
*
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