6人全員が保健室に駆け込むと、義也は急いで彗をベッドに寝かせ、布団をかける。


「つか、他に出来る事ってあんのかよ!?」


 これ以上は体温が下がらない様にしてやりたいが、布団をかけただけでは付け焼刃。

弓絵は彗の手を取り、必死に摩る。


「彗君っ、ごめんね、無理させて、ごめんね、うぅぅっ……」

「弓絵ッ、泣いてんじゃねぇ!」

「だって、私の所為なのっ、私が彗君に無理させたのっ、」

「尚更泣くな! 彗はそうゆうヤツなんだから!」

「うぅぅ……」


 眠っているのか意識が無いのか分からないが、彗の瞼は閉じたきり呼吸も浅い。

放っておけば、このまま死んでしまうか知れない。

否、そんな事は絶対に許さない。義也は奥歯を噛み慣らし、踵を返す。


「義也っ、何処へ行くの!?」

「出口 見っけて来んだよ!」


 待っていても助けが来るとは思えない。

彗の為にも、1秒でも早く この暗闇校舎を脱出する必要に迫られている。

然し、その為には危険を冒さなくてはならない。


「駄目! 1人は駄目!」

「ダメでもやるんだよ!!」

「だったら私も行く!」

「!」


 弓絵の言葉に義也は狼狽える。

1人でならどんな危険にも立ち向かうつもりでいたが、そこへ弓絵を連れて行こうとは思えない。


「か、勘弁しろよ、お前……つか、ケガしてんだろがッ、」

「大丈夫。これくらい平気」

「やめときなって、弓絵チャン。それに、またあんな目に遭ったらどうすんの?」


 足手纏いとも言いたげな登美に指摘されれば、弓絵は言葉を詰まらせる。


(どうするも何も、どうにかするしか無い……)


 室内にいれば安全が約束されるでも無い。

難を凌ぐ方法があるとすれば、彗が弓絵を助けた時の様にするまで。

全員が無事に ここから脱出する為にも、共に手を取り合う信頼と覚悟が必要だ。

だが、何事があったのかを知らない一方からすれば、言い含んだ登美の言葉を聞き流す事は出来ない。理恵を皮切りに喚き出す。


「ぁ、あんな目って、何!? 登美、何があったの!?」

「さっき幽霊に襲われたんだってば。弓絵チャン、死ぬトコだったんだよ。

 それを高野クンが助けたの。あんなのからそう何度も逃げられるワケ無いんだって」

「ゅ、幽霊!? ヤダっ、怖いよぉ!!」

「そんなのいるワケないでしょぉよ! 登美、ウソ言わないで!」

「ウソついてどうすんだっての!」

「で、でも、幽霊が出るなら、熊田クンが死んだのも……

 熊田クンは私達の中で1番の力持ちだったし、幽霊でもなかったら!!」

「ま。あんな目に遭えば、俊典だって勝ち目は無いだろうからね」


 1人でどうこう出来る現象で無かったのは、見ていた登美にも判る事。

弓絵が助かったのは奇跡としか言い様が無い。


「俊クンでも勝てないなら……そしたらアタシらはどうなんの……?

 死ぬの……? 俊クンみたいに……」

「知らないよ、そんなのッ……私に言われたって困るから!」

「もぉヤダ!! 俊クンを失って1番傷ついてるのはアタシなのに、酷いよ!!」

「だからさぁッ、ちょっと落ち着けってば! バカじゃないの!?」

「バカって何!? 元はと言えば、登美が幽霊なんて言うから悪いんでしょ!?」

「はぁッ? 私が言ったんじゃ無いっつの! 弓絵チャンが言ったんだってば!」

「弓絵チャン、幽霊見たの!? あ! そう言えば、さっき理恵チャンも何か見たって!」

「ゃ、やめてよ、亜希子! さっきのは勘違い何だから!」

「うわ……ねぇ、それってヤバイんじゃない?」

「やめてってば、登美!! 次にアタシが狙われるみたいなコト言わないで!!」


 互いの憶測で互いを怖がらせている。

こんな状態では出口を探しに出られない義也は、唸る様な溜息を零す。


「あぁ!! ンっと、マジで勘弁しろ!! どいつもコイツも自分の事ばっかりか!!」


 義也の怒声に3人は息を飲んで押し黙る。


「ちたぁ自分に責任もてよ!

 この期に及んで自分には関係ねぇみてぇな、他人事みてぇな言い方しやがって!

 マジで何々だ、お前らはッ、、」


 呆れてしまう。

個人の問題は個人のものとしても、助け合う意思が全く感じられない。

そもそも現状に於ける緊急事態は『関係ない』と言って済む問題では無いのだ。

自分こそは生き残りたいと思うなら、それこそ仲間を守る必要があるだろうに、無関係を装えば安全でいられると言う口振り。

田舎町の少ない同年として15年の歳月を過ごして来たと言うのに、絆と呼べるものが培われていないのだから嘆かわしい。



「現実逃避してぇなら勝手にしろ……ただし、自分の身は自分で守れよ」



 助け合えないのなら、そうゆう事になってしまうだろう。

義也の言葉に一同は力なく項垂れ、会話の無い静かな時間が流れる。


(こうしている間にも、彗君の体温は下がってく……

 早くここから出る方法を見つけなくちゃならないんだけど……)


 出口を探しに行くと言っていた義也だが、保健室の前を行き来するに留まっている。

同行すると言って聞かない弓絵を危険に晒す事も出来なければ、保健室に残してゆく彗を

他の3人に任せる事も出来ないと言う判断だ。

何度も同じ窓に手をかけるも鍵は開かずを繰り返し、零す溜息も次第に力が失われていく。


(義也……さっきはあんな事を言ったけど、義也はああ見えて友達思いだ。

 私達が気づかない所で、常に気を配ってくれている。

 今だって、皆が助かる為に出来る事を探してくれている)


 今動ける唯一の男手と言う事も理解している筈だ。気持ちは張り詰めている。

弓絵は保健室の前で様子を窺う義也に駆け寄り、袖を掴むと声を潜める。


「義也、中に入って。皆で手を繋いでいよ?」

「……イイって。俺は廊下で様子見てっから、」

「あのね、こんな話し聞きたくないだろうけど……でも聞いて。私、見たの。

 これ以上、皆を怖がらせちゃいけないと思って黙っていたけど……

 笑い声と足音の他に、何か引き摺って歩く人の姿を見た」

「他に誰かいるのか、ここに」

「どんな人か……人だったかどうかも分からないけど、」

「お前までなに言ってんだよっ?」

「声が変だったのっ、人とは思えなかった……何かを探してるようで、『なかみ』って…」

「中身?」

「分からないけど、そう聞こえたの。

 ここは普通じゃない。彗君もそう感じていたし、義也も解かっているでしょ?

 真っ暗で時間も動かない、瞬間移動が起こるこんな所なら何が出たって可笑しくない。

 だから、ね? 皆のそばにいて」

「……分ぁったよ」


 この暗闇校舎の中に、何らかの悪意が存在するのは確かだ。

幽霊だの変質者だのと思う事で警戒できるならそれに越した事は無い。

弓絵は義也を連れて保健室に入ると、静かにドアを閉める。

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