「あの……1度、教室へ戻らない?」


 弓絵の提案に、登美は顔を引き攣らせ、足を止める。


「はぁ!? 弓絵チャン、なに考えてんの!? 俊典の死体があるんだよ!?

 気持ち悪くて行けるワケないじゃん!」

「で、でも、きっと皆、1度は教室に戻ろうとするんじゃないかな?

 私達もそのつもりでいたんだし……

 教室の中は無理でも教室が見える場所にいられれば、

 誰が戻って来ても見落とさなくて良いと思うの」

「ハァ……とっくに皆、教室から逃げてるに決まってんじゃんよぉ……

 そんだったら、昇降口にいた方がマシだってばぁ、」

「そうかも知れないけど……でも、ここからは出られない。

 それはハッキリしているし、義也なら、そう考えるのかなって……」

「西原が見つかればイイってもんでも無いと思うけどね?」

「も、勿論だよっ。でも、闇雲に歩いて体力を消費するのも、避けたいから……」


 登美なら一目散に逃げ出すだろうが、他の仲間ならどうだろうか? と言う発想。

少なくとも、義也なら俊典の死を悼んで教室界隈に待機する一手を取りそうだ。

ならば、ただただ彷徨う事に意味は無い。

教室は皆が始めに集えた有力視すべき場所でもある。

彗の体調も加味すれば、予め目的地を定めて行動した方が堅実か知れない。


「僕も、義也ならそう考えると思う。久松サン、付き合って貰えないかな?」

「! ―― あぁ、うん……まぁイイけど……、」


 登美から見て、弓絵の判断では頼りないのだ。

然し、冷静沈着な彗が考えて同意できるのなら異論は無い。


 保健室から1番近い東階段を上がり、再び2階へ。

すると、弓絵の予想は的中。

階段を前に、義也が携帯電話のライトを点滅させて立っている。



「おぉ、やっぱ来たか! つか遅ぇよ!」



 幸いな事に亜希子と理恵も一緒にいるから、やはり義也と言う男は頼もしい。

弓絵・彗・登美が無事に合流した事に、亜希子と理恵は泣きながら駆け寄る。

これで全員集合。教室付近には絶対にいないだろうと踏んでいた登美は瞠若だ。


「ホントにいるし、」

「良かった……」

「弓絵、お前ケガしてんのか!?」

「彗君に手当てして貰ったから大丈夫だよ」

「そっか……彗、お前は? 暗いから顔色とか良く判んねぇよ」

「平気だよ。それより ――」


 彗は空いている片方の手で義也の腕を掴む。


「何だよ?」

「皆、手を繋いで。揃々来る」

「揃々って、」



 ズン!!



 3度目の大きな振動。

全員が手を繋いだ事もあり、今度は転ばずに済む弓絵は、周囲を見回した後に息を飲む。



「移動、してない……?」



 誰一人欠ける事なく、2階の東階段前に居残っている。

彗は携帯電話のディスプレイを見て頷き、弓絵を義也に預けると、教室の中を覗き込む。


「俊典がいない。移動していないのは、僕らだけのようだね」


 教室にある筈の俊典の遺体が消えている。

義也もそれを確認すると、驚異に額を抱えて頭を振る。


「俊だけ……? 彗、こりゃどうゆう事だよっ?」

「これで幾つか解かった事がある。あぁ、大丈夫だよ。今なら手を放していても」


 皆は固く手を握り合っていた手をソロソロと放し、彗を見やる。


「彗君、何か解かったの……?」

「1つは、弓絵が言うように この瞬間移動が揺れによって生じると言う事。

 そして、同時に複数人を運ぶ事は出来ないと言う事」


 6人が手を繋いだ結果、移動する事が無かった事が証明になるだろう。

だが、彗の言葉に次第を掴めない義也・亜希子・理恵は首を傾げる。


「僕の憶測に過ぎないけど、あの揺れは地震じゃなく……

 次元の歪みみたいなもの何じゃないかな?」

「彗、言ってる意味、解かんねぇや」

「ハハ。僕も解からないで言っているからね。

 でも、次元が歪むから僕らは瞬間移動する。

 仮定として、取り敢えずそうゆう事にしておこう」


 彗の口振りからすると、瞬間移動のプロセスはそれ程 重要では無い様だ。

確かな事で無いにしろ、物事を分かり易くする為の仮定に留まる。


「でも、複数を運べないってのは?」

「この空間は1人1人を別々の場所に移動させる事は出来たけど、

 少なくとも今、6人を同時には運べなかった」

「だから手ぇ繋いだのか……6人もいたら重くて飛ばせねぇ、みてぇな?」

「そうゆう考えで良いと思うよ」

「だから、熊田クンだけが移動した?」

「高野クン、俊クンは何処に行ったんだろっ?」

「それは……ごめん、足立サン。分からないよ」

「でも、皆で手を繋いでいれば、離れ離れにはならないから大丈夫ってコトだよね、

 高野クン!」

「今の所の見解で言えば」


 瞬間移動に法則性はあるのか、ランダムなのか、その点は回数を重ねなくては判断できない。

然し、こうした緊急時にも役に立つ彗の冷静な推察力は一同にとって有り難い。


「2つ目は、」


 言いかけるも、彗は両手で胸を押さえ、背を丸める。


「うぅッ、ッッ……!!」

「彗君!?」

「彗!」


 彗が廊下に膝をつけば、弓絵と義也は慌てて手を差し伸べる。

触れた彗の体は、氷の様に冷えている。


「彗、お前……」

「だ、大丈夫、いつもの、事だよ……少し休めば、ッッ……!!」

「彗君、彗君、しっかりしてっ、、

 ど、どうしよう、発作だよっ、義也、何処か休める場所に!」

「弓絵、これ持ってろ!」


 義也は携帯電話を弓絵に押しつけ、彗を背負う。

彗は義也の肩にグッタリと頭を預けるも、痛みの間に間に言う。


「ょ、義也、時間……」

「あぁ!? 今、保健室連れてってやっから黙ってろ! 弓絵、前 照らせ!」

「うん!」

「オイ、お前ら、はぐれんなよ! ゼッテぇ着いて来いよ!」

「あぁもぉうるさいなぁ、分かってるってば!」

「理恵チャン、手ぇ繋いでこ!」

「うん! ……あれ?」


 亜希子に手を引かれるも、理恵の足は1歩を踏み出すなり立ち止まり、背後を振り返る。


「理恵チャン、どうしたのっ? 置いて行かれちゃうよっ」

「何か……引き摺るような音が聞こえた気がしたんだけど……?」

「え!? な、何も聞こえないよっ?」

「気の所為かな? 向こう、制服ッポイのも見えたような気がしたんだけど……」

「ヤダ、怖いよっ、理恵チャン、早く行こぉ!」

「ぅ、うん……」


 ライトを向けても廊下の先は暗闇でぼやける。ジッと見つめていても埒が空かない。

この見通しの悪い中なら目の錯覚も起こるに違いないだろうから、理恵と亜希子は逃げる様に東階段を駆け下りる。




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