(誰っ? 変質者? 校内を徘徊しているの!? もしかして、私達を探してる!?)



 ズルズル、ズズズズ……



(こっちへ来る……来ないで、来ないで!!)



 ズズズズズ……



(!? ……何か、言っているような、)


 音の間に間に呟かれる、小さなノイズ交じりの声。

弓絵は恐る恐るドアにへばりつき、耳を澄ませる。



〈なかみぃ……なかみぃ……〉



 意味を解さない。真っ当とも思えない。


(ナカミって、【中身】? 何かの中身を探しているの?)


 声は音と共に南校舎の方向へと遠のく。

すっかり聞こえなくなると、弓絵は四つん這いになって廊下の先を覗き込む。

左右を確認するが誰もいない。今の内に移動しておこう。


 蹴躓きながらも東階段を駆け上がり、2階に上り詰めれる。

すると、今度は人影にぶち当たる。


「っ、きゃぁ!!」

「うわッ」


 今度は何が現れたのか、ドサリ!! と弾き飛ばされて倒れるも、のんびり寝そべってはいられない。弓絵は素早く起き上がって身構える。

あの音の持ち主かも知れない恐怖心に握りしめた携帯電話のライトを向ければ、そこには登美が蹲っている。


「と、登美チャンっ?」

「な、何だ、弓絵チャンか……あぁ良かったぁ……、、」

「教室にいたんじゃないのっ?」

「いたよッ、いたけど また南校舎に飛ばされたんだって!

 2階だったし、俊典見つけちゃったら最悪だと思って、慌てて逃げて来たの!」

「そ、そう……南校舎なら、彗君とは会わなかった?」

「いたら一緒にいるってば!」

「そうだよね、」


 登美も彗の安否は気になるが、だからと言って、この状況で自分がどうこう出来るとも思っていない。


「弓絵チャン、早く安全なトコに逃げよう!

 こっから出られないにしろ、一先ず教室に戻った方がイイと思うっ、そうだよねぇ!?」

「ぅ、うんっ」


 皆が戻って来るかも知れない。

登美は立ち上がると弓絵の腕を取って引っ張り上げ、そのまま先を歩かせると、再び3年A組の教室前に立つ。


 開けっ放された儘のドアから2人揃って教室を覗き込めば、あれは人影だろうか?

窓際の机に覆い被さる人と思しきシルエット。

だが、何者なのか迄は判断できない。


「……誰?」


 声をかけるも、弓絵の問いに返答は無い。

登美は弓絵の背に隠れながら様子を窺い、携帯電話のライトを向ける。


「だ、誰ッ? 返事しろってば!」


 ライトに当たって浮かび上がるのは、男子用のジャージ色。大柄な体系。

こんな時に、机に伏せって休める精神があるものか、

只ならぬ状況であると思えば、登美は飛び跳ねるように後退する。


「な、何かヤバくない……?」

「ぅ、うん、でも……」

「弓絵チャン、ヤバイってッ、そいつ、ヤバイ!」

「……」

「行かない方がイイってば!」

「……」


 これが一体 何者であるのか、頭の片隅で気づき始めている。

登美は苛立ちを交えて声を怒らせるが、弓絵の足は震えながらも前進。

勿論、登美に引き止められるまま逃げ出したいのが本音だが、状況を確認しなければならない思いにも駆られている。


(もしかして……)


 間近に立ってライトで照らせば、全貌が掴めるだろう。



「俊典、君……?」



 机に覆い被さって横たわる、俊典の異様な姿。

体はうつ伏せているも、何故か顔の正面は天井を向いている。

首が真後ろに捻り折られているからこそ、見えにくい暗闇の中でも理恵は俊典を『変な形』と感じたのだろう。

口を大きく開き、目は何処でも無い天井の一点を見つめるその顔は、涙と血の渇いた痕で汚れている。間違いなく、俊典は死んでいる。


「ぃ、……やぁあぁあぁあぁ!!」


 溜め込んでいた恐怖が、弓絵の口から一気に飛び出す。

その悲鳴に登美は腰を抜かし、恐怖を追い払う様に怨言を捲し立てるのだ。


「何々だよ何々だよ! だからヤメロって言ったのに! フザケんなフザケんな!

 こんなトコもぉヤダ、誰でもイイから何とかしてよぉ!!」


 南階段にいた筈の俊典は2階の3年A組に瞬間移動。

この現象は死体にも例外なく働きかける様だ。

弓絵は声も出せずにボロボロと泣きながら後ずさり、教室の外へ。

そして、廊下の壁に背中をぶつけ、ズルズルと滑って座り込む。

その摩擦に、貼り付けられていたミニタイルが1つ2つと剥がれ落ちる。


(どうして、こんな事に……)


 皆で作り上げていた卒業制作の1粒1粒が ここにあると言うに、目の前に広がる暗闇は その思いを否定する。

登美は這い蹲って弓絵に抱き縋ると、駄々を捏ねる子供の様に服を引っ張る。


「弓絵チャン! 逃げなきゃ!

 ここ、ホントにヤバイってっ、何とかして、何とかしてさぁ!」

「昇降口も、窓も、開かない……外に出られないのに、どうやって逃げたら……」

「知らないよ! だから聞いてんじゃん!」

「私にも分からない……」

「じゃぁどうすんだよぉ!?」


 誰かに縋りたい。誰かに責任を押しつけなければやっていられない。

登美は弓絵の体を揺すって嗾ける。

そんな風に煽られても名案が浮かぶでも無い弓絵は、両手で頭を抱えるばかりだ。

唯一 解かっているのは、この状況であっても自分達の出来る限りを尽くす事。


「み、皆を探さなくちゃ……」

「探すって、そんな事より、ここを出るのが先じゃんよ!」

「皆で協力して考えればっ、きっと……」


 何にせよ、全員が一緒にいるのが1番安心で安全なのだ。

目的を定める その寸暇、



「―― ぇ?」



 何か、手の様なモノが弓絵の足に置かれる。

氷の様に冷たく、それでいて湿度を帯びたジットリとした肌触り。

薄気味悪い この感触に弓絵は表情を強張らせ、目を落とすと、登美も釣られて視線を下ろす。

そこに見えるのは、弓絵の足に絡みつく幾つもの真っ黒い手。

それが認識できると同時、弓絵の体はビタン!! とうつ伏せ、長い廊下を猛スピードで引き摺られて行く。


「ひぃッ、やぁあぁ!! 登美チャン!! 登美チャン!!」


 摩擦で手足が擦り剥けて行く中を、弓絵は必死に手を伸ばし、登美に助けを求める。

然し、震悚しきった登美はブンブンと頭を振って後ずさる。


「うぅ、あぁ、無理……無理だから!! 絶対無理だからぁ!!」

「いやぁあぁ!! 登美チャン、お願い!! 登美チャン!! 助けてぇえぇえぇ!!」

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