俄かに信じ難い話だ。

然し、冗談を言っているにしては迫真すぎる。

弓絵が膝の力を失って座り込むと、彗は直ぐさま腰を折って背を支える。


「弓絵、しっかり、」

「ぅ、うん……でも、嘘よ、俊典君が死んだ何て……、」


 この状況に陥ってから どれだけの時間が経ったか分からないが、体感で言うと40分程だろうか、その間にどうして俊典が死ぬと言うのか。

現実として受け止められずにいる弓絵に、登美は苛立たしげに続ける。


「理恵が見たって言うからッ、」

「何処でだよ!」

「1階の南階段! おどり場に倒れてたって!」

「ホントに死んでたのか!?」

「知らないよ! そんな事言われて、見に行けるワケないじゃんか!」


 1階を見回ったのは義也だが、階層を繋ぐおどり場は覗き込んだ程度で、この暗闇の中では確認にも至らない。

不確かな事を2人が口喧嘩さながら言い合えば、彗は立ち上がり、義也の肩を掴んで諌める。


「冷静に、義也」

「テメェは頭イカレてんのか!? そんな余裕あっかよ!」

「それじゃ黙っていてくれ。足立サン、キミが俊典を見つけたんだね?」


 彗の問いかけに、理恵はしゃくり上げながらコクリコクリと頷く。


「こ、怖くてっ、学校から出た方がイイって思って、だからっ……うぅぅ、

 でも、屋上から1階に降りる途中で俊クンが倒れてて、……へ、変な、形、してて……

 声かけたんだけど全然動かなくて、だからっ、……ううッ、うぅぅ、」


 反応の無い俊典を死んだと判断した理恵は昇降口を目指すのは一旦諦め、教室へ戻ったと言う流れ。そうして無事、女子3名が落ち合えたと言う訳だ。

彗は考え込んだ後に頷く。


「―― 確認、して来る」


 この言葉に、一同はギョッと目を丸める。


「呼んでも返事が無いだけで死んだとするにはね。

 階段から落ちて気絶しているだけかも知れないから」


 理恵の早合点。その可能性も考えられる。

然し、そうでは無かったらを考えると、彗の提案であっても賛成しかねるのだ。

一同の腰は重い。


「行って来るよ。皆はここで待っていて」


 端から1人で行くつもりでいたのだろう彗が教室を出ようとすれば、弓絵は慌てて立ち上がり、一同を見やる。


「ひ、1人は駄目!

 皆で行動した方が良いと思うのっ、こうゆう状況だし、その方が安全だと思う!」


 たった6名なのだ。集団で無い以上、敢えて別行動を取る事は無い。

奇妙な音や騒ぎに加え、第三者が校内にいる気配も確認している。

ここは一致団結し、互いの安全を確保し合うべきと弓絵は提案。

然し、理恵は大きく頭を振る。


「ァ、アタシはイヤ! 怖いっ、怖いもん!」


 両手で顔を覆い、何度と無く頭を横に振っての拒絶。

恋人である俊典の無事を願う思いはあるが、暗闇の中を歩く事も、異様な現場を再確認にするのも御免なのだ。それは、登美も亜希子も同じ事。


「き、気絶してるだけだったらさ、その内、勝手に目ぇ覚ますんじゃないの?

 動ければ自力で教室に戻って来ればイイんだし……」


 登美は事を深刻に考えるのが苦手だ。

笑い混じりに言うと、亜希子は妙に納得して頷く。


「そ、そぉかも、、下手に動かしたりするのも、良く無いかも知れないよっ?

 そうだ! 職員室に先生呼びに行こうよ! 先生に何とかして貰えば、ねぇ、義也クン!」

「職員室ならさっき覗いた。誰もいねぇよ。今んトコ、学校にいんのは俺達だけみてぇだ」

「え……」

「ァ、アタシっ、早くここ出たい! 電気も点かない真っ暗な学校に何て居たくない!!」

「昇降口も職員玄関も開かねぇ。窓もな」

「な、何で!? アタシ達、学校に閉じ込められたの!?」

「そうゆう事になるんだよなぁ、彗」


 試しに教室の窓を開けようと手をかけるがビクともしない。

どうやら移動は校内に留まり、外へは出られない様になっているらしい。

義也は苛立たしげに窓を殴りつけるが、拳が痛いだけ。

ならば無暗な行動は避け、教室待機すべきか、

雖も、クラスメイトとして俊典の安否を確認しないではいられないのが慎重な彗なのだ。

僅かに俯くも、小さな笑みを浮かべて小首を傾げる。


「それも踏まえて、代表して僕が見て来るよ。外に出られる場所があるかどうかも。

 義也、ここはお前に任せるから」

「ォ、オイ! 彗、待てって!」

「彗君!」


 結局、彗の背を見送る事になってしまう。

然し、この不可解な中を1人で行かせる訳にはいかない。

弓絵は義也を振り返り、指をさす。


「ゎ、私も行って来るから! 義也、本当に任せたからね!

 直ぐ戻って来るから、絶対にここを動かないで!」

「弓絵!」


 弓絵は彗の後を追い、教室を飛び出す。

そして、彗が向っただろう右手に携帯電話のライトを向けると同時、



 ズン!!



「!?」


 又も、一瞬ばかりの大きな縦揺れが起こり、弓絵は足を取られて廊下に転がる。


「……いッ、たた……」


 床に打った腰を摩りながら顔を上げると、そこは1階の食堂前。


「え? ……ま、また移動、した……」


 たった今、2階の教室を出たばかりの筈だ。

それが、この瞬間には1階の食堂前に飛ばされている。


(どうして!? 何で!? 彗君は!? 皆は!?)


 彗は1階と2階を繋ぐ南階段へ向い、義也達4人は教室に残っている筈だが、弓絵だけが飛ばされたとは思えない。

バラバラに散らばってしまったと想像するのが相当だろう。



(1度目もそうだった……あの揺れ、地震が瞬間移動の合図!?)



 弓絵は立ち上がり、駆け出す。


(ここはおかしい!! 理屈では説明できない事が起こってる!!)


「教室に、教室にっ」


(戻ろう! 一旦戻ろう!)


「きっと皆、戻って……」


 食堂前から図書室・第一会議室を経由し、昇降口前の東階段を上がろうとした所で、弓絵はつんのめる様に足を止める。


「!?」



 ズル、ズル、ズズズズズ、ズル……



(またあの音だ……)


 重い物を引き摺る様な音が、東階段の上から聞こえて来る。

1段ずつゆっくりと降りて来ている様だ。この儘では鉢合わせてしまう。

弓絵は会議室のドアを開けて体を滑り込ませると、今に口を付つきそうな悲鳴を飲み込む。

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