「兎に角、校舎を出よう。スマホの充電は大丈夫? ライト、点けられる?」

「ぅ、うん」

「僕の充電器、渡しておくよ。まだ使える筈だから」

「でもっ」

「念の為だよ」

「ぁ、ありがとう……」


 慣れ親しんだ校内とは言え、視界が覚束ないでは危険。

2人は生徒会室から顔を出すと、携帯電話のライトを左右に向け、改めて人の気配を確認する。


 誰もいないようだ。

幸いな事に生徒会室の真横には中央階段がある。

このまま一気に1階まで下れれば昇降口も近い。

弓絵は彗の背に隠れる様に階段を下り、一先ず2階へ。

廊下の様子を窺えど、この階も静かなものだ。


「弓絵、皆の事は僕が後で探すから、今は先を急ごう」

「うん……、」


 1階に降りると、何処からか騒がしい音が聞こえて来る。



 ガン!! ガン!! ガン!!

 ガツンッ、ガツッ、ガンガン!!



「今度は何っ?」

「昇降口の方から聞こえる」

「な、何か、いるの……?」

「近づいてみよう。弓絵は僕の後ろに。良いね?」

「ぅ、うん」


 彗は長息を吐くと、ゴクリと喉を鳴らしてからゆっくりと前進。

昇降口が見えた所で壁に背中を張りつけ、弓絵を振り返り、『ここで待て』とジェスチャー。

充分に距離を取らせた後に、壁の端から昇降口を覗き込む。


「―― ょ、義也?」

「あぁ? おぉ、彗じゃねぇか! テメェ何処 行ってやがった!?」

「って、義也、お前、何やってるんだ?」


 普段は冷戦沈着な彗だが、流石に目を疑う光景。

何を思ってか、義也が消火器を振りかぶって昇降口扉を殴りつけていたのが その理由。

それを説明しようと言う所で弓絵が飛び出し、義也の懐に飛びつく。


「義也、こんな所にいたのね!? 良かった、無事で! 本当に良かった!!」

「ぉ、おお。何だ、2人一緒だったか。ちと安心した」


 義也は消火器を置き、ギュウギュウとしがみつく弓絵の頭を雑に撫でる。

彗は小さな苦笑を零すも、昇降口で義也と合流できたのは不幸中の幸いだ。

ホッと肩を撫で下ろし、昇降口扉を押す。


「あれ?」


 開かない。まるで壁を押すような感触だ。

瞠若を見せる彗を横目に、義也は首を捻る。


「だろ? 開かねんだよ。

 だから消火器でガラスぶち割ってやろぉって思ったんだけど、ビクともしねぇ。

 これ、どーゆー事だぁ?」


 義也は何も、無意味に暴れていた訳では無い。開かない扉を開けようと奮闘していたのだ。

然し、昇降口扉には傷一つ付かないから、半ばヤケクソを起こしていた所。


「開かないって、出られないの……?」

「分かんねぇけど、窓も開かねぇし、試しに職員玄関にも行っちゃみたけど、同じだった。

 ガラスも割れねぇし……

 つか、いきなし夕方から夜になったとしてだ、外の景色が全く見えねぇって何でだよ?

 彗、科学的根拠くれ」

「それは僕も考えていたけど、サッパリ解からない」

「マジか」

「マジだよ」


 彗は勤勉で、15才と言う年齢の割に博学だ。

そんな彗が考えても解からないと言うなら、猪突猛進でしかない義也にはお手上げ。


「所で、義也は何処にいた?」

「そこ。図書室前」

「1階か。何か変な音は聞かなかった?」

「聞いた。誰だか分かんねぇけど、ギャァギャァ喚きながら階段駆け上がる音。

 何となくヤバそうだったから隠れた」

「それ、私も聞いたっ、生徒会室前でっ」

「3階かよ……ったく、一体どうなってんだよッ、他の連中は?」

「まだ確認できてない」

「チッ、しょうがねぇなぁ。

 出られねぇし、電波もねぇし、電気も点かねぇなら……他にやる事もねぇ。

 探しに行くしかねぇな。つか、離れろ弓絵。暑苦しいぞ、お前」

「あぁ、ごめん、」


 こうして弓絵が義也に手払われるのは日常の風景で、彗は毎度2人の遣り取りから目を反らす。


 さて、クラスメイトを探すとしよう。

廃校間近とは言え、元は多くの生徒を迎えていた校舎は それなりの規模だ。

校舎はL字になっており、現在3人は、主要の教室が並ぶ本校舎エリア、1階の昇降口前にいる。

右手は食堂・図書室・第一会議室があり、左手に保健室・職員室、空き教室が並ぶ南校舎エリアへと続く。


「1階はサラっと見回って声かけしたけど、誰もいなかったと思うぜ?」

「3階の本校舎には、弓絵と僕しかいなかったと思う」

「んじゃ、2階行っとくか」


 義也は先頭を切って、昇降口の目の前にある東階段を上がって行く。


「ょ、義也は怖くないの?」

「あぁ? 何がだよ? お前らいんのに怖ぇとかねぇだろ」


 弓絵は非力な女子で彗は体が弱い。

自分こそが確りしなければならない所で、慄いてはいられない。

こうゆう時こそ、毅然と振る舞わなければならない立場と自覚している。

弓絵は義也の背に手を添え、小さく呟く。


「ごめんね、義也、無理させて……」

「聞こえねぇ~」


 2階には3人が利用する3年A組の教室と、放送室・視聴覚室・第二会議室などが並ぶ。


「教室、誰かいるみてぇだな?」


 階段を上がるなり、メソメソと啜り泣く女の声が聞こえて来る。

こんな状況だから、嫌な想像しか出来ない。

3年A組のプレートがぶら下がる教室を前に、義也は慎重に声をかける。


「……誰かいんのか?」


 すると、教室内からガガガッ、と椅子が引かれる音。

そして、慌てた様子でドアが開かれる。


「義也クンっ、」

「ふ、藤山か……」


 出て来たのが知った顔で良かったと、義也は一息をつく。

暗い教室の中には登美と理恵の姿もある。義也は弓絵と彗を手招き、教室の中へ。


「ょ、良かった、義也クンっ、いきなり皆いなくなっちゃって、私、本当に怖かったっ」

「藤山、お前、何処いたんだ?」

「私は視聴覚室の前で……

 でも、登美チャンは2階の南校舎で、理恵チャンは屋上扉の前だって言うのっ、

 何が起こったのか分からなくて、兎に角、教室に戻ろうと思ってっ、

 ここにいれば皆も戻って来るんじゃないかって!」


 亜希子は混乱と興奮に任せて早口で巻くし立てる。

今が理屈で説明できる状況に無い事は全員が理解している様だ。


「藤山、分かったからっ、……つか、俊は?」


 教室に集うのは6人。

最後の1人・俊典の姿が見えない事を義也が問うと、理恵は机に突っ伏し、小さな子供の様に声を上げて泣き出す。


「と、俊クンっ、俊クンがぁ! ううッ、うわぁあぁあぁあぁん!!」


 何事があったのだろうか、とても話が出来る状態に無い。

傍らの登美は理恵の背を摩り、代わって口を開く。


「それが、その……」

「何だよ、久松、ハッキリ言えって!」

「死、死んでたって……」

「―― あ?」

「だから、死んでたんだって!!」


 声を尖らせる登美に、弓絵・義也・彗の3人は耳を疑い、互いに顔を見合わせる。

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