「私の独りよがりになっちゃって……反省してる。

 もっと頭を使えれば良かったよね、皆には悪い事しちゃった……」


 卒業後は夫々が別々の高校へ進学する。

弓絵に限ってはこれを期に田舎町を離れ、都会に引っ越す予定だ。

そうなれば当たり前の様に一緒に過ごして来た時間が失われてしまう。

だからこそ思い切り特別な思い出を作りたかっただろうに、壁にミニタイルアートでは、ささやか過ぎたか知れない。


 然し、地道な作業をコツコツと。いつでも彗が参加できる様に。

皆で取り組む時間が1日でも長くなるように。

少なくとも、義也と彗は弓絵のその思いを酌んでいる。


「バーカ。何がワリぃんだか分かんねぇし。

 つか、賛成票入れたのは俺なんだよ。文句なんか言わせねぇ」

「ハハハ。だよね。弓絵、きっと奇麗なのが出来上がるよ。

 そうだ、完成したら皆で打ち上げ会をしよう? 僕も必ず参加するから」

「ぅ、うん!」


 出来上がってしまえば、皆も納得するに違いない。


 そうこうしている間に、窓の外は夕焼けのオレンジ色に染まる。

教室の時計を見やれば16時を指そうと言う時分だ。作業効率も悪くない。

弓絵は切りの良い所で手を止め、一同を見やる。


「それじゃ、今日はこの辺で終わり、」


 言い終わらない間に、大気が震える。



  ―― ズン!!



 一瞬ばかりだが、大きく全体が縦に揺れ、目の前には砂嵐の様なノイズが走る。


(え? 何?)


 突然の事に弓絵は腰を抜かす。

そして、次には暗転。校内は真っ暗闇に包まれる。


(ヤダ、何も、見えない……私、失明した!?)


 目には先程まで見ていた夕焼けが残像となって残っている。

然し、それ以外は墨汁を零した様な暗闇で物の輪郭が掴めない。

視力を失ったのかと思える程、何一つ見えない空間の中、弓絵は左右に首を振り、声を震わせる。


「み、皆、大丈夫っ? 私、何も見えない……」


 呼びかけるも、返答は得られない。


「ちょ、ちょっと、皆、無視しないでっ……

 義也、彗君っ……登美チャン、亜希子チャン、理恵チャン、俊典君……

 ねぇっ、いるんでしょ!? 返事をして!」


 さっきまで皆 同じ場所にいた筈だ。然し、気配すら感じない。

その代わりに、廊下の端から幾つもの けたたましい足音が近づいて来る。



 バタバタバタバタバタバタバタ!!

 バタバタバタバタバタバタバタ!!

 バタバタバタバタバタバタバタ!!

 バタバタバタバタバタバタバタ!!



(な、何!?)


 次には哄笑と絶叫。



 ギャハハハハハハハハハハハ!!

 ウワァアァアァアァアァアァ!!

 バタバタバタバタバタバタバタ!!

 バタバタバタバタバタバタバタ!!

 アハハハハハハハハハハハハ!!

 ギィヤァアァアァアァアァア!!

 バタバタバタバタバタバタバタ!!

 バタバタバタバタバタバタバタ!!



(何なの!? 何が起こってるの!?)


「いやぁあぁ!! やめて! やめて! やめてぇぇ!!」


 悪ふざけなら勘弁して欲しい。

視界を奪われ、意味不明に騒ぎ立てられては恐ろしくて堪らない。

恐怖に任せて叫び続けると、冷えた手が弓絵の肩を掴む。


「ひッ、ぃいッ、、」

「弓絵、僕だっ」

「!! ―― す、彗、君?」

「うん、大丈夫っ?」


 騒ぎが通り過ぎるも、弓絵の混乱は収まらない。堰を切った様に泣き出す。


「す、彗君、私、何が何だかっ、真っ暗で何も見えないのっ」

「弓絵、落ち着いて。僕がついてるから」

「ぅ、うん……」


 弓絵は嗚咽を飲み込み、袖口で涙を拭って深呼吸を繰り返す。

その間に視界も暗闇に慣れる。

僅かながらに物のシルエットが蘇えれば、失明したのでは無く、単に夜目が利かなかっただけだと気づき、視界の回復と共に気持ちも落ち着く。

だが、安心したのも束の間だ。次には重々しい音が近づいて来る。



 ズルズル……ズル、ズズズズズ……



 何かを引き摺って歩く様な音。


「弓絵、こっちへ」

「うん、」


 声を潜める彗に腕を引かれ、直ぐ側の一室に身を隠す。


「ァ、アレ、何の音かな? 近づいて来る……」

「しっ。静かに、」

「っっ……」


(一体 何が起こったのっ?

 私達は卒業制作をしていて、十六時になるから帰ろうと……

 そうだ、今はまだ16時の筈だ。それなのに、何でこんなに暗いの?

 まるで真夜中みたい……)


 弓絵が考えを巡らせている間に、音は部屋の前をゆっくりと通り過ぎる。

何者が立てている音なのか確認できないが、あちらも2人が身を隠している事に気づいていない様だ。


「はぁ……行ったみたいだね。弓絵、大丈夫?」

「ぅ、うん……あっ、ごめんっ、」


 恐怖の余り彗にしがみついていたから、弓絵は慌てて体を離す。


「あの、その…… ―― あれ? ここ生徒会室? 私達、2階の教室前にいた筈じゃ……」

「うん。でも、気づいたら僕は理科室にいた」

「えっ? ど、どうしてっ?」

「解からない。

 でも、地震が起きて、暗くなって、その一瞬で移動したんだとしか……」

「まさか、そんな事……」


 生徒会室も理科室も3階。

ただただ蹲って叫び続けた弓絵がどうしたら3階まで来られたのか、

まるでテレポートでもしたかの様だ。


(何かが起こった……解からないけど、それだけは確かだ)


「皆は……」

「僕は弓絵の声が廊下から聞こえたから、直ぐに見つける事が出来た。

 他に出て来る様子が無い所をみると、皆は他の階にいるのかも知れない」

「さ、探しに行かなきゃっ」

「待って、弓絵。皆の事も心配だけど、先ずはここを出て、助けを呼ぶ事を考えよう。

 良く解からないけど、どうも……ここは奇妙だ。嫌な感じがする」


 確かに、この暗闇と言い、あの音と言い、瞬間移動においては説明すらつけられない。

たった7人ばかりが集う校舎なのだ、こんなトリッキーな悪戯が出来るとも思えない。

だとしたら何なのか? と問われても、解からないとしか言い様もないのだが。


「すごく暗いけど、今、何時なんだろ……?」

「スマホを確認したけど、時間は16時のまま止まってるようだよ。電波も圏外」

「ほ、本当だ、こんな事って……」


 携帯電話を見せ合うも、共にディスプレイは16時丁度を示し、1秒も進んでいない。

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