1 ようこそ。


 何処の学校にも、語り継がれる怪奇談や七不思議があるだろう。

夜になると12段だった筈の階段に13段目が現れる事から始まって、理科室の人体模型が動くだの、音楽室の肖像画の目が動く、はたまた、トイレの花子サンに出くわす、等々。

然し、それ等はあくまで噂だ。

遅くまで学校に残って遊んでいる様な生徒には罰が当たると言う、抑止力の様なもの。

そう簡単に怪奇と出くわす事は出来ない。

手順を踏めば、話は別だが。



*



「あ~面倒クサっ、

 うちらが卒業したら廃校になんのに、何で卒業制作なんてやらなきゃなんないんだかッ」


 そう言って、ドスン! と廊下に座り込むのは、ショートカットがボーイッシュな久松ひさまつ登美とみ

窓から見える青空を見上げ、溜息を連投する。


「そうかなぁ? こぉゆぅコツコツしたの、私は結構好きだけど?」


 カラフルなミニタイルを掌に乗せ、設計図を片手に声を躍らせるのは、ストレートヘアが爽やかな藤山ふじやま亜希子あきこ

現在、中学卒業制作として教室前の壁にミニタイルでアートを施そうと奮闘している所だ。


「だからさ、廃校になったら校舎は取り壊されるんだって。作った所で意味ないっての」

「うーん……」

「ちょっと、登美ぃ、そうゆう風に言われるとやる気なくしちゃうよ。ね、俊クン」

「ハハハハ。まぁしょぉがねぇよ。事実だし。

 でも、弓絵サンが折角デザインしてくれたんだから、作り終えんとさ。

 頑張ろぉや、登美サンよぉ。これ終ったらパズリックドラクーンで対戦しようやぁ」


 登美の言葉に肩を落とす おかっぱヘアの足立あだち理恵りえと、長身で温和な笑顔の熊田くまだ俊典としのりは数日前から交際を開始。

今が楽しい時期だから、無駄と分かった作業もヘッチャラだ。


 そんな中、黙々と作業を進めるのは、デザインから設計図までを担当した及崎おいさき弓絵ゆみえだ。

辟易した声が聞こえようと、何を言うでも無い。

 そこに、段ボールを抱えた金髪頭の西原にしはら義也よしやと、スーパーの買い物袋を片手にペコリと頭を下げる色白男子・高野たかのすいの2人が肩を並べてやって来る。


「新しいタイル持って来たぞー。それから、差し入れ持参の彗も連行してやったー」

「皆、お疲れ様」


 義也は弓絵の傍らに段ボールを置き、彗に手を伸ばす。

何を言われるでも無く、彗は買って来たドリンクの2人分を義也に手渡す阿吽の呼吸。


「弓絵、彗から」

「ありがとう、彗君。今日は……大丈夫なの?」

「うん。1週間も休んだし、僕も卒業制作には参加したいからね」


 彗は体が弱い為、病欠する事が良くある。

然し、体調も良くなれば制服をきっちりと着込んで、僅かな時間でも学校に顔を出す律儀な生徒だ。


 これが、この中学校の在校生7名。過疎化が進んだ田舎町の最後の卒業生だ。


 彗はジャージ姿で作業に努める仲間達にドリンクを配り終えると、弓絵の隣に腰を下ろす。


「弓絵、僕にも設計図、見せてくれる?」

「はい。彗君、宜しくね」

「うん。任せて」

「ノリノリノリノリ」

「ふふふ! 義也、ノリノリね?」

「ノリだっつの」

「糊ね。はい、どーぞ」


 弓絵・義也・彗の3人は肩を並べて手順良く作業を進める。

廃校がどうのと言うのは二の次で、仲間同士で1つの事に打ち込む過程を楽しんでいる。

これには素直に意気投合できずにいる登美だが、皆が手を動かす中、1人だけサボるのは気が引けるらしく、渋々とミニタイルに手を伸ばす。


「登美チャン、嫌なら無理しないでイイからね? その代わり、私が2人分頑張るから!」


 喜色満面な亜希子の言葉。

これも亜希子なりの気遣いなのだろうが、このタイミングで言われては嫌味にも聞こえるから、登美は露骨に顔を顰める。


「別に。やんなきゃ終わんないならやるしかないし」

「そうだよね。登美チャン、高野クンがいると頑張るもんね!」

「はぁ?」


 妙な言いがかりとでも言いたげに、登美は亜希子を藪睨む。

すると、漸くここで登美の機嫌を損ねた事に気づく亜希子は肩を竦めて狼狽える。


「だって登美チャン、高野クンのコト好きって言ってたから……」

「亜希子ッ」


 登美は背中を反らして彗を見やり、この会話が聞こえていない事を確認すると、改めて亜希子に向き直る。


「そうゆう言い方やめてくれってのッ、そんな事言った覚えないからッ」

「だって、カッコイイって言ってたし、この前だって……」

「言ったけどッ、そうゆう意味じゃないからッ……観賞用って事!」

「ふーん、そぉなんだぁ、私てっきり……

 もしかしてやっぱり、登美チャンが好きなのは熊田クン? 理恵チャンより仲イイもんね」

「違うってッ、友達ってだけだってばッ、何々だよもぉッ……

 そうゆう事、他で絶対言うなよッ? 理恵はそうゆうの気にするタイプなんだからッ」

「うん。でも……そうだよね、熊田クンは理恵チャンのカレシだし、

 観賞用なら高野クンが弓絵チャンを好きでも関係ないもんね?」

「!」


 亜希子はサラリと痛い所を突くド天然。

否、それを装っているのかとすら疑ってしまえる程の毒舌だ。


 実際、俊典は趣味が合うと言うだけのクラスメイトだが、彗に対しては登美も特別な感情を抱いている。

当然、彗が弓絵に惹かれている事は登美にも分かっているからこそ、見て済ますに留めているのだ。それを余計なチャチで乱されたくは無い。

登美はすっかり気分を害し、トイレへとエスケープ。

呼び止めるでも無く、その背を目送する亜希子の呆けた様子に義也は首を傾げる。


「藤山、どうした?」

「義也クン、それがぁ……登美チャン、卒業制作やりたくないみたいでぇ、」

「あぁッ?」

「どうせ壊されるんだから無駄って、さっきからずぅっと。

 でも、私、登美チャンの分も頑張るから!」

「ったく、久松のヤロ、つまんねぇ事言いやがって……

 まぁ、ほっときゃイイさ。別に藤山の所為じゃねぇから気にすんな」

「うん! 義也クンがそぉ言うなら!」


 亜希子は頬を赤らめ、一層のやる気を見せてミニタイルを貼る。

義也は あからさまに呆れ返った溜息をき、弓絵の頭をポンポンと撫でる。

デザインや設計を考量した弓絵には聞かせたくなかった話だ。


「お前も気にすんな、弓絵」

「うん、大丈夫よ。義也、ありがとう」


 表には出さないが『面倒臭い』と言われる度に弓絵も沈思させられているから、義也の気遣いは有り難い。


「僕は楽しんでるよ。だって、僕にでも出来る事を選んでくれたんだよね? 弓絵は」

「彗君……」


 卒業制作はあくまで思い出作り。

皆でトレッキングに行くだの、都会見学に行くだの、諸々の案は挙がっていたのだが、

体力を使ったり1日で済んでしまう事では、虚弱体質の彗が参加できない可能性もある。

だからこそ、弓絵はこうした地味な提案をしたのだ。

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