4-2
避難は迅速に完了。日がすっかり落ちて暗くなったが、武装したフィンとバルグは村の裏で立っていた。ずっと先には岩山があり、すぐそばには森があるが、この辺りは開けて小さな草原のようになっている。かがり火が辺りをぼんやりと照らしていた。
後ろには柵があり、その内側では体力に自信のある若者たちがおびえながらも棒切れなどあり合わせの武器を手にしている。フィンたちは、彼らに頼るつもりなどない。たった二人で平気なのかと村人たちがあまりに言うので、仕方なく置いておいただけに過ぎない。村の中では力自慢かもしれないが、
発見者によると、〈命蝕〉の数は三十前後。戦力の乏しい村を襲うにしては多い。〈踊る双鞭〉の死で
「そろそろ柵のやつを発動させるか」
バルグは一枚の呪符を弄び、もう片方の手で煙草の灰を落とした。
こちらがバルグと半人前のフィンで一・五人。相手が本当に三十だとすると、数の上では二十倍ということになる。それでもバルグはどっしりと構えていた。背負った大斧の重さを感じてもいないかのよう。
「バルグ、〈命砕く魔手〉本人は来ると思うか?」
フィンが〈熊の爪〉のグリップを握りしめながら問うと、バルグは煙を吐いてから肩をすくめた。
「さあな。俺に分かるのは〈命蝕〉の存在そのものと自分からどれだけ離れてるかだけだから、実際に見てみねえことには判断できねえ」
〈呪縛型〉の〈命蝕狩り〉が特別な訓練を行えば、〈命蝕〉の
「バルグ!」
声がして振り返ると、三十代半ばくらいの男が柵を乗り越えて駆けてくるところだった。
「隠れとけと言っただろうが」
バルグが威圧感のある声を発したのは、いつ〈命蝕〉が来るか分からない状況だからだろう。素人を戦闘に巻き込んではいけない。しかし男は圧されて引き返したりせず、息を切らせながら近づいてきた。咳をしているのは病気にでもかかっているからか。
「分かっています……でも、うちの子どもたちがいないんです!」
「クロード、本当か?」
バルグが告げた名に、フィンは聞き覚えがあった。昼間、蔓を柵に付けていたとき――
「アンリの父さんですか?」
フィンはクロードの顔をよく見てみた。確かにアンリを連想させられる。男にしては線が細いことも理由の一つかもしれない。
「君は、娘を助けてくれたフィン君ですね。話は聞いています。いなくなったのは、アンリとその弟のエリックです」
「どういうことだ」
バルグが叱責するように問いかけ、クロードは荒い呼吸を抑えながら説明する。
「エリックが村外れの洞穴に行くところを見た人がいます。きっとアンリは、それを探しに行ったんです」
フィンはこの周辺の地図を頭の中に入れていたので、村外れの洞穴が村から見て岩山の方向にあると分かった。つまり〈命蝕〉が来る方向だ。
「嫌なタイミングだな。どうしてそんなところに」
バルグは舌打ちしてからフィンの頭に手を乗せた。
「仕方ねえ、お前が探してこい」
それしかないだろうとフィンも考え、「分かった」と答えながらバルグの手をどけさせた。子ども扱いのようなことはやめてほしい。
「クロード、お前は柵の中にいろ。やっこさんらはもう来る」
バルグが親指で示した森の中は、闇に包まれていて何も見えない。それだけなら時間的に普通だが、森なら普通にあるべき虫の鳴き声が聞こえてくることもない。それが怪しげな存在の接近を示しているとフィンには思えた。〈命蝕〉は、間違いなくこの近くにいる。
「ここをバルグ一人で守るんですか?」
クロードは心配そうだった。我が子のことを案じているが、戦力が減ってしまうことにもためらいがあるのだろう。
「じゃあ、お前が一人で探しに行って〈命蝕〉に食われてくるか?」
バルグはクロードに挑発的な言葉をぶつけ、たじろがせた。
「フィンは〈命蝕狩り〉じゃねえが、お前よりよっぽど〈命蝕〉とのやり合い方を心得てる。俺も自分で村を守ると言ったからには必ず守る。だからお前は大人しく隠れてろ」
強い口調で言われたクロードは、しばし息を呑んでから「お願いします!」と告げて柵の内側へ走った。納得したように見えるが、心の中ではうろたえているのだろう。
そんな不安を解消させることが〈命蝕狩り〉の役目だと、フィンは心の中で唱えた。まだその力を得ていないが、仕事を割り当てられたのなら絶対にやり遂げねばならない。
「それじゃあ行くか!」
バルグはクロードが柵の中へ入ったことを見定めてから呪符を投げた。いばらを付けた柵へ。今は木の柵といばらだけではなく、仕上げとして呪符が何ヶ所かに貼られている。
投げられた呪符は風を切って飛び、バルグの意思に応じて空高く舞い上がった。村の中央上空まで行ったところで発光する。
何条もの稲妻が呪符から生じた。激しい音と共に柵の呪符へ到達し、移り込んだ電光はいばらを伝って村をぐるりと囲む。もう夜だというのに、村の周囲は昼のように明るくなった。
光が森の中に流れ込み、フィンたちの目と鼻の先にある木陰から顔だけ出していた者が驚いた様子で逃げていく。
隠れてこちらを観察していた〈命蝕〉だ。ここまで接近されていることにフィンは全く気づいていなかった。逃げた〈命蝕〉が足を止めた場所――本隊が息を潜めていたところもまた、十メートルと離れていない。
〈命蝕〉たちはこれ以上隠れていても仕方ないと判断したようで、ぞろぞろと森から出てきた。電光に照らされた
明かりを作ることが本来の用途ではない。バルグの〈淵源〉を帯びたいばらと稲妻は、鉄よりも強い強度を持つ。呪符は空に最後の一枚を付け足すだけで効果を発揮するように準備されていた。村を要塞のごとき強固な結界で守るために。
格の高い〈命蝕〉なら、強力な結界も壊せる。しかし結界の光に映し出された群れには鳥のような顔の者や獣のような体型の者などさまざまいるが、先日取り逃がした〈闇色の残滓〉や〈命蝕〉の手配書に描かれていた〈命砕く魔手〉の姿はない。
ただし、総数は聞いていたものの倍に近い。『三十』というのは発見者の希望的観測だったようだ。しかしバルグに慌てる様子はない。
「アンリたちがもう捕まってるってことはねえみてえだな」
バルグが発した言葉は実に不吉だったが、フィンも同じ心配をしていた。〈命蝕〉は自分たちが人間より高度な存在だと誇示したがるため、「一匹始末してやったぞ!」と生首を持ってきたりすることはお家芸のようなもの。目前にいる〈命蝕〉たちがそうする気配を見せないからには、アンリたちはまだ捕らえられたりしていない。
「大層な結界だ」
「だが、立ち向かうやつはたった二匹か? 一瞬で終わらせてやる!」
〈命蝕〉たちが馬鹿にした声を交わし、そのうちの数体は口を大きく開けた。人間の頭よりも大きな火球を、一斉にバルグへ吐き出す。
人間が受ければ消し炭も残らない。しかしバルグはかわす様子すら見せない。
「そんなもんが効くか!」
バルグが怒号を発するなり、命中しようとしていた火球は一つ残らず砕けて消えた。声に乗せた〈淵源〉で火球を構成する〈淵源〉に攻撃し、打ち消したのだ。〈命蝕〉たちが肝をつぶしているなか、バルグは大斧を構えた。
「楽勝かどうかは、てめえの身をもって試してみろ!」
大斧を力任せに一閃。衝撃波が地を割りながら走り、〈命蝕〉の群れへ飛び込んだ。何体もの〈命蝕〉が技の威力に吹き飛ばされる。柵の向こうでは、いきなり発動した結界と怪物の群れに驚いていた村の若者たちが感嘆の声を発していた。
「行くぜ!」
バルグは大斧を手に群れへ突進していった。先程の攻撃は派手だったが、〈命蝕〉はあの程度で死んだりしない。本当に不意を突かれて負傷した者もいるが、威力が複数に散る攻撃だったので耐えきった者もいる。自ら跳んでかわした者もいる。
「人間ごときが!」
〈命蝕〉たちはバルグへ爪や牙を向けた。バルグは重い武器を持っているくせにさらさらとかわし、攻撃の合間を見つけると〈命蝕〉のいずれかに大斧を振り下ろして真っ二つにする。
バルグを無視して村へ近づこうとする〈命蝕〉もいたが、それはバルグに背中を晒すことと同じ。バルグは背後を狙うのが卑怯だとかいちいち言わないので、隙を見せた〈命蝕〉に追いついていって大斧の一撃で絶命させる。そしてまた〈命蝕〉の群れへ突っ込んでいく。その繰り返しだ。
ある種のパターンが完成したころ、フィンは〈命蝕〉たちから死角となる木の向こうに滑り込んでいた。アンリたちを探しに行かねばならない。
(二人とも、無事でいろよ!)
昨日はバルグが助けに来てくれたが、今日はそのようなことを期待できない。のしかかってくる責任感に武者震いした。クロードを安心させるためとはいえ、師たるバルグの口から実力を認めるような話が出た――それに喜ぶこともできない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます