4-1
そのとき、フィンは村長家の居間にいた。夕食を早めに済ませ、山陰に消えていく太陽と庭を窓越しに眺めながら家政婦に淹れてもらったお茶をすする。
昼間ずっとどこかへ行っていたドロルは食事ができたころに帰ってきたものの、「こいつらと一緒にいられるか!」と自分の分を持って自室に引っ込んでそれっきり。ジャールは庭で木を眺めている。青々とした葉や枝が風を受けて揺れていた。
「親父さん、この木はあれだよな」
庭に現れてジャールへ声をかけたのは、バルグだった。食事を終えるとすぐに「野暮用がある」と言って姿を消していたが、戻ってきたようだ。
(柵にした仕上げを見直してたのか? 他の村でこういう状況だったときは俺にさせたけど、さすがに故郷じゃ自分でやらないと気が済まなかったのかも)
フィンには真相がどのようなものか分からなかった。バルグはジャールと並んで木を眺める。
「昔はこれに登ってビワを盗んだっけな」
「お前はわしが何度叱っても聞かなかったな。随分困らされたものだ」
フィンは、バルグがアンリの父親について一つ年下と言っていたことを覚えていた。その人物が三十五歳だということもアンリから聞いた。
つまりバルグは三十六歳。悪ガキ時代は二十年以上前で、もはや昔話に過ぎないのだろう。二人は穏やかな口調で話している。
「ドロルは止めようとするが、俺は聞かねえ。親父さんはすぐに飛んできて、まるでドロルも一緒になって盗んだみてえに二人まとめて怒ったっけな」
「わしに断ることもなく取ろうとするからだ。まさか、その年になって登るつもりではないだろうな?」
「よく分かったな。魔法でも使えるのか?」
「顔に書いてあっただけだ」
のどかである。旅と戦いの中で暮らしているフィンには貴重なもの。空となったカップに家政婦が何杯目かのお茶を注いでくれた。
村人の何人かが思っているように
「大変だ!」
急いた足音がフィンの夢想を破った。庭に駆け込んできたのは、昨日〈命蝕〉のことを伝えてくれた青年だった。今日も慌て顔になっており、息を懸命に整えながら話し始める。
「崖の向こうを眺めてたやつが、見たんだ。変なやつらが、こっちに向かってるって」
「来たか」
バルグは早くも戦闘の高揚を感じたのか、にやついた。居間にいるフィンへ振り返る。
「落ち着いてる場合じゃねえぞ。準備しろ」
「分かってる!」
フィンはお茶を一気に飲み干した。まだ熱いが、旅の途中で水一滴すらなかったこともある身としては残したりできない。青ざめている家政婦を横目に、胃へ消えていく熱をごまかしながら席を立つ。頭の中では、何をしたらいいか既に考えをまとめていた。バルグも同じのようで、ジャールに指示を出す。
「親父さん、村のやつらは手はずどおり集会所に行かせてくれ。慌てなくていいから確実にな」
ジャールはうなずき、「集会所へ避難」という合図の鐘を鳴らすように青年へ言った。
「大丈夫なのかねえ……」
家政婦が不安そうにしていた。フィンはうなずいて勇気づける。
「大丈夫です。子どものころのバルグは悪ガキだったかもしれませんけど、今は本当に一流の
「ボンヌ姉ちゃん、俺が帰ったら打ち上げ用の酒を用意してくれ!」
バルグは軽く告げ、客間へ続く廊下へ駆けていった。自分の武器を身に付けるためだ。フィンもバルグを追って自分の武器へ急ぐ。
師の言動がおかしくても実力は確かだと、フィンが一番よく知っている。〈命砕く魔手〉が今まで追ってきた〈闇色の残滓〉の首領で更なる実力を持っているとしても、だ。
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