3-3

 フィンとバルグは村長家に泊めてもらうこととなり、翌朝早くから行動を開始した。

 昨日のうちに協力を仰いでいたので、村の入り口に村人が大勢集まってくれた。〈命蝕〉エネルゲイアが見つかったことは田舎ならではの情報伝達の速さで広がっており、危機感は皆抱いていたのだろう。「〈命蝕〉と戦え」と言われるのではないかとびくびくしていた村人たちへバルグが指示したのは――


「どうして、こんなものを集めなきゃならないんだ……」

 三十路前ほどの村人が、ぼろ布で包んで運んできたものを村の入り口へ放った。バルグが集めるように言ったもの――村の周囲に生えている、いばらの蔓だ。この辺りにはよくあるそうで、昼を随分と過ぎた今は山のごとく積まれている。

 それをバルグが「使えるもの」と「使えないもの」に分けていく。重要視される点は長さだ。足りなければ次の段階で使いにくい。

「これはちみっと短すぎるな。そっちのはいいぜ。どんどん使ってくれ」

 フィンは「使えるいばら」を何本も束にして抱えた。棘があるので布などで包まないとケガをしてしまう。蔓と言ってもそれほどしなやかではなく、長い枝のような印象がある。

「こんなことをしてどうするんだ……本当に〈命蝕〉なんて来るのか?」

 次にいばらを運んできた中年の村人は、ため息をついていた。

 フィンはバルグがいばらをとある用途で使うと理解しているし、他のいろいろな自然物を使うところも見たことがある。しかしそうでなければバルグの指示は意味不明な行動でしかなく、疑いを抱く者が現れても仕方ない。バルグはそんな村人の姿を見てにやりとする。

「トラバーよぉ、来ねえならいいじゃねえか。無駄な労働をさせられたって話になるだけで、村は安全なままだ。昔のお前は細けえことを気にしねえタイプだったが、家庭を持って守りに入ってる今は余計な仕事をしたくねえってか?」

「関係ないだろ!」

 トラバーという村人は、ぶちまけるようにしていばらをバルグの前に置いた。

「〈命蝕〉をいばらなんかで追い払えるのか? これじゃ狼も止められないぞ」

「最初にやってみせたろ。ああ、お前は遅れて来たんだっけな。じゃあ見てろ」

 バルグは羽ペン程の長さしかない蔓を拾い、人さし指と親指でつまんだ。

「今の状態じゃ、ただのいばらだ。でもな」

 いばらに稲妻のようなものがまとわりついた。バルグが軽く〈淵源〉デュナミスを込めたのだ。

 バルグがそれをダーツのように投げると、そばにあった木に半ばまで突き刺さった。トラバーは目を見開く。

「な……?」

「ほれ、引っこ抜いてみろ」

 バルグの言葉にトラバーは恐る恐る従い、蔓が刺さった木に近づいた。蔓を引っ張ったが、そのときはもう〈淵源〉が散っていた。木肌から露出している部分で千切れ、バルグはにやつく。

「呪いの影響は身体能力の強化だけじゃねえ。〈淵源〉……つまり〈命蝕狩り〉エネルディカの特殊な力を物体へ込められるようになるんだ。それで村の守りを固める」

 本来〈淵源〉は〈命蝕〉の力だが、そう言うと印象が悪い。だからバルグはあえて『〈命蝕狩り〉の特殊な力』と話したのだろう。

「〈命蝕狩り〉には、それぞれ特に強い〈淵源〉を込められる物体がある。俺ならそれがバラの類だから、お前らに集めてもらってるんだ」

 さまざまな〈淵源〉をバルグ自ら封じた呪符も、模様を描くときのインクにいばらの汁を混ぜている。

〈命蝕狩り〉や新たに作られた〈命蝕〉の能力は、呪いをかけられる前からあった性質が増幅されて能力になる場合と呪いをかけた側の〈命蝕〉に似る場合がある。無骨な大斧の使い手がバラの〈命蝕狩り〉と言われてもフィンはピンと来ないが、確かに〈闇色の残滓〉はバラの〈命蝕〉だ。その呪いを受けた者はバラの力を得る可能性がある。

 何にせよ、〈命蝕狩り〉の能力は一般人からすれば奇妙なものでしかない。目前にしたトラバーもうまく理解できないようで、まだ首をひねっていた。

「針みたいに硬くできるってことか? でも、そんなので……」

「心配するな!」

 バルグは、マイペースに大声で笑う。

「硬くするだけじゃなくて、もう一工夫あるんだ。それは俺のやるべきことで、お前のやるべきことは蔓を集めることだ。だからとにかく長いやつを探してきてくれ!」

「でもなあ……」

 それでもトラバーは不安そう。バルグはその背を強く叩いた。

「大丈夫だ。お前たちは俺が必ず守る」

 力のある口調だった。トラバーも押し切られ、しぶしぶうなずいて役割に戻る。フィンはそれを見定めてから、自分の役目に関する場所へ足を向けた。

 フィンの仕事は、いばら集めの次の段階。村をぐるりと囲む柵に、いばらを固定していくこと――その監督だ。器用そうな女や子どもが中心となって、柵への作業を進めている。

 いばらが柔軟ならそのまま巻きつけられるが、堅さがあるため紐で結びつけていく。蔓そのものをいじくり回していると棘でケガし放題だということも、紐を使う理由の一つ。柵をびっしりといばらで覆うのが理想だが、そこまでの量は集まらないだろう。

 アグロ村の柵は、木の棒を組み合わせた簡単なもの。都会なら城壁のごときもので町をぐるりと囲んでいることもあるが、技術力のない村ではそのようなものを作れない。野生の獣が迷い込むことは防げても山賊団などから村を守ることはできず、〈命蝕〉にも立ち向かえない。

(〈命蝕〉が出たことのある村なら、少しでも柵を強くしようとする。ここは本当に〈命蝕〉の事件が起きないんだな)

 フィンは村の状況を考えながら柵を調べていった。うまくできていない箇所があれば修整しなければならないが、今のところ作業は順調に進んでいるようだった。

「これでいい?」

 通り過ぎようとした場所の少年が尋ねてきたので、フィンは固定されたいばらを注意深く観察し――にこりと笑ってみせた。

「柵に固定するだけじゃなくて他の蔓と接してる必要があるんだけど、ちゃんと蔓同士が合わさってる」

「本当? よかった」

 少年は安心した様子で作業に戻った。

 疑いより〈命蝕〉への不安が強い村人はすがるものを必要としていて、年若い者は年上のバルグより年下で話しかけやすいフィンに分からないことを質問してくる。バルグは「女の仲間がいれば裸で仕事してもらうんだけどな! それなら村の男にもっと好感を持ってもらえるだろ!」と言っていたので、フィンは鉄拳で反論しておいた。

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