3-2
ジャールは初対面で年下のフィンにも丁寧だった。警戒心に包まれてしまう他の村人よりも余裕がある。フィンはようやくまともに話せる相手と会えたので気が軽くなった。
「フィン・ニアーです。一緒に旅をしていると言うか、元々は勝手についてきただけなんですが」
「化け物の仲間だ」
ドロルが冷たく言葉を挟んだ。フィンはカチンと来たが、バルグは「違えねえ!」と大笑い。フィンとドロルは調子を失い、ジャールはつられたように笑う。
「バルグがいると話がつきん。で、アンリはどうした。バルグは村のことを知っているのだから、案内が必要とは思えんが」
アンリは輪に入れず戸惑っていたが、思い切ったように開口する。
「あたし、
「そういうこった」
バルグは少しだけ真面目な顔になった。
「俺は妙な噂を聞いて戻ってきたんだ。この近くで〈命砕く魔手〉って〈命蝕〉が手下を集めてやがるとな。俺に呪いをかけたやつもその中にいて、目的はここを襲うことらしい。そいつらを倒して村も守るから、寝るとこと食い物の世話をしてくれ。ここの客間でも貸してもらってよ。あっちこっち壊れてたはずだが、俺の家はもうボロボロだろうしな。それよりずっとマシだろ。俺は
〈命蝕〉が村や町の近くに住みついた場合、住人たちは金を積んで〈命蝕狩り〉を雇う。強い〈命蝕〉であるほど強い〈命蝕狩り〉が必要となり、報酬も高額になる。
バルグが高い報酬に見合うだけの腕を持っていると、フィンは知っている。『安いもんだ』という話は偉そうだが本当だ。その割りに懐具合が悪いのは、いつもどこかで大量に使ってくるからに過ぎない。
フィンはバルグの実力と経済状態について考え、「いっそ金のことは俺が管理するか」と悩んだが、ドロルはそのようなことを知っているわけがない。嘲笑的な顔になり、鼻で笑う。
「見え透いた嘘をつきやがって。この辺りは昔から〈命蝕〉が出ないって忘れたか? 十六年も根なし草してたのが恥ずかしくなったから、帰る理由をでっち上げてるんだろ」
フィンはバルグへの嘘つき呼ばわりが気に入らなかったので反論したくなったが、当人が表情を変えないので堪えた。一方、アンリは違う。
「あたしが証人よ! 本当に見たんだから!」
「うまく仕込まれたもんだ。お前、バルグからいくらで買われたんだ?」
ドロルから下品な言葉でなじられたアンリは、うなりながら鋭い視線を返した。しかしジャールは一緒に熱くなったりしない。
「本当かどうかは、調べてみれば分かる」
「調べるまでもないさ。本当に〈命蝕〉が集まってるなら、もっと大勢のやつが襲われてるはずだ。そんなやついたか?」
軽く言い放ったドロルに、バルグは首を振る。
「俺たちが会った〈命蝕〉は、親玉に『村を襲うのは準備が整ってから』と言われてたらしい。だから被害がなかったんだろうな」
「は! 馬脚を現すとはこのことだな!」
ドロルは我勝てりと言わんばかりに胸を反らした。
「〈命蝕〉ってのは人を食うんだろ! それが人を襲わずにいるなんてあるか! そんなことも分かってないんじゃ、〈命蝕狩り〉だってこと自体怪しいな!」
それは違うとフィンは言いたかった。〈命蝕〉の全てが人を見境なく食らうわけではなく、集団の長となるほどの〈命蝕〉なら計算高く立ち回ることができる。準備ができるまで鳴りを潜めるくらい当たり前だ。そっちこそ知ったかぶりしているだけだとフィンが考えているうちに、ジャールが息子へ答えた。
「アンリ以外にも見た者がいるかもしれん。その確認が先だ」
まさにそのとき、フィンたちが通ったばかりの玄関から青年が一人転がり込んできた。体中泥まみれで、青ざめた顔にびっしりと汗をかいている。
「村長、岩山の向こうに化け物がいる!」
「いたな」
バルグが小さく笑い、フィンは地図で見たアグロ山の地形を思い返した。フィンたちが通ったのは、街道がある方向。その逆は険しい岩山ばかりで、足を運ぶ価値は少なそう。村人たちもあまり行かないため、そちらに隠れた〈命蝕〉と会わなかったのだろう。時間がたてば、フィンとアンリのごとく出くわす者もだんだん現れるはず。
「本当に〈命蝕〉だったのか?」
ドロルはまだ信じていないようだった。半眼で顔をのぞき込まれた青年は、必死の様子で何度もうなずく。
「僕はガケの上から見たんだ! 人でも動物でもない生き物が群れてるところを!」
「〈命蝕狩り〉は妖術みたいな力を使えるんだろ? 例えばこいつらがそれで幻覚を見せたとしたらどうだ。どんな嘘でも証人を作れるだろうが」
「さっきは〈命蝕狩り〉ってことも疑ったくせに」とフィンは考えたが、怒りが過ぎて声も出せなかった。いつも馬鹿なことをしているバルグも、人を頭ごなしに否定することはない。それに対してドロルは、子どものような理屈で他人を受け入れまいとするばかり。体は大人でも中身は大人ではない。
「やめろ」
ジャールがドロルに短く告げた。バルグと笑い合っていたときの人がいい老人の顔とは違い、威圧感を放っている。規模が小さくとも一つの村を治めているからこそか。
「こいつは、もう俺の村のやつじゃない。信用なんかできないだろ」
ドロルは食い下がったが、ジャールは息子のこういった様子に慣れているのか平坦な口調で言い聞かせる。
「証拠が出ているからには、バルグの話は本当だ。お前はバルグを家に泊めたくないので現実から目をそらしているだけだろう」
「息子の俺よりよそ者のバルグを信じるってのか?」
「バルグの方が正しいのなら、そうしなければならん」
「へえへえ、分かりましたよ! バルグは相変わらず頼りになるなぁ!」
ドロルは投げやりに言い、フィンとアンリを押しのけて――バルグを同じ行為でどけようとすれば自分が押し返されるからだ――玄関へ足を進める。
「勝手にしろ! どうなっても俺は知らないからな!」
そのまま出ていってしまった。自分の意見を聞いてもらえないと機嫌を損ねるところも子どもと同じだ。フィンはいらだって言いたくなったことを頭の中に並べたが、バルグは心の底から残念そうな顔をする。
「積もる話があるってのに」
「放っておけばいい」
ジャールが苦々しく言葉をこぼす。
「どうせ腹が減ったら帰ってくる……穀つぶしめ」
「でもなあ……」
なぜバルグがここまで落胆するのか、フィンには分からなかった。首を傾げすぎて痛めてしまいそうだ。アンリもドロルが消えた玄関をにらんでいる。村でドロルを見ている彼女は、フィンが知らないさまざまな不満を抱えているのだろう。
そうしていると、バルグはいつものように笑って冷えた空気を吹き飛ばした。
「フィン、あんまり気にしないでくれ。あいつはあれが普通なんだ」
旧知の仲だからいいところも知っているのかもしれないが、フィンには寛大すぎるとしか思えなかった。
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