右肩のカバン
小学六年生の春。
私は2年間同じクラスの一人の男の子に恋をしていました。
いつもお昼休みになったらどこかへ消えていく彼。
背中を目線で追いかけて行く先は教室の外で、まだ私は彼がどこに行くのかを知らないままでした。
「わ、由実また見てる」
「えっ!?」
「由実って分かりやすいよね~」
「そ、そうかな?」
「いい加減、隆君も気づいてるでしょ」
こんな感じで、私は仲の良い友達にからかわれてる毎日です。
だって仕方ないじゃん。勝手に目が追ってるんだから。
そんなこと言い返せない私は顔を赤くしたままうつむくばかりでした。
放課後、読書クラブの私は希望した本が届いたということで、図書室に寄ることにしました。
「えっと、どこかな」
ずらりと並んである新刊コーナーの目線をずらしていくと、突然ブワッと風が吹きました。
ひらりと落ちる桜と、暖かい風が図書室を春で埋めました。
パラパラッとページがめくれる音がしました。
ん、ページ?
音がした先に目を向けると、ページがめくれて少し不機嫌そうな彼、隆君がそこに居ました。
「え!?なんで!?」
思わず声が出てしまい、慌ててそこら辺にあった本をバッと広げて誤魔化し…できませんでした。
「橘?」
「ひゃ、はい!」
怪しいものを見るような顔でこっちを見て彼は一言いいました。
「お前、読書クラブだっけ」
「あ、うん」
「その本、いいよな」
「え?あっうん!」
適当に広げた本を見ると、まさしく私が探してた本でした。
「橘、もう読んだの?」
「まだ読んでないよ」
「そっか」
隆君は優しく笑うと続けてこう言いました。
「俺もその作者の本好きなんだ。今度感想言い合おうぜ」
あまりに素敵な笑顔と提案に私もつい二つ返事してしまいました。
*
ということがあって!
ただいま私は一人布団の中でもだえていました。
この気持ち、どうしよう。
掃除をしても止まらない。長風呂しても止まらない。お母さんに熱を測られても止まらない。
なにより口角が下がらない……。
「どうしよう」
なんて言ってもまたニヤついちゃって、もうほんと、どうすればいいんでしょうかね。
……彼を独り占めしたい。
そんなこんなで私は彼に振り向いてもらうため、例の本を読むことにしました。
素敵な感想を言えるように。
本の題名は『右肩のカバン』
ある女の子が毎日大事に抱えているカバンの中身を、大事に大事に少しずつ好きな男の子に教えていくお話でした。
愛を与えたり、恋を受け取ったり。
私には少し難しかったみたいです。
でも。
カバンを、心と表現するこの本は、好きでした。
次の日、この感情を隆君に伝えました。
隆君は頷くと、俺はこう思ったと続けました。
「この主人公はさ、好きだって気持ちが自分の中で重かったんじゃないかな。
毎日抱えているカバンを伝えることで軽くなりたかったんじゃないかな。そう思うんだ。」
それがどちらに転ぼうとも。
二人の感想会は最終下校時刻まで続きました。
とってもとっても楽しい時間でした。
帰り道、隆君が言いました。
「俺忘れ物したみたい」
足は前に進んだままです。
「取りに行かなくてもいいの?」
「うん」
「ほんとに?」
「うん、カバン軽くなっただけだからね」
私はいつの日か見た夕焼けよりも顔を赤くして、私たちの影はその夕焼けでつながりました。
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